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婚約破棄された元社畜令嬢は、終わったはずの領地で宝物を見つける  作者: 植早 凛
第3章 追放された元社畜令嬢、眠れる薬草で未来を拓く

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第32話 初めての治療薬

翌日から、ベルフォード領では薬草の加工が始まった。


「まずは、傷薬から作りましょう」


セレスが、採取された薬草を並べながら言った。


「傷薬?」


リアは並べられた薬草を見つめた。


「ええ。騎士団が日常的に使うものだから、試験もしやすいわ」


「なるほど」


リアは頷いた。


「それなら、効果を確認するのも早そうね」


「ただし、簡単に完成するとは思わないことね」


セレスはリアを見た。


「薬草は、組み合わせや加工方法によって効果が変わるもの」


「分かっているわ」


リアは自信満々に頷いた。


「まずは、やってみましょう!」


「その前向きさは嫌いではないけれど……」


セレスは小さく息を吐いた。


「失敗することも覚悟しておいて」


「ええ」


リアは力強く頷いた。


「でも、失敗したら、改善すればいいもの」


セレスはどこか眩しそうにリアを見つめた。


こうして、ベルフォード領で初めての治療薬作りが始まった。

最初に試したのは、薬草を煎じ、その液体を傷口に塗る方法だった。


「これを煮出して……」


リアは鍋の中を覗き込みながら呟いた。


「セレス、あとどのくらい煮ればいいのかしら?」


「待って」


セレスが慌てて止める。


「それ以上煮ると、薬草の成分が変わるわ」


「そうなの?」


「薬草は、長く煮ればいいというものではないのよ」


「なるほど……」


リアは鍋を見つめた。


「じゃあ、これで完成?」


セレスは煎じた液体を少しだけ確認した。

そして、わずかに眉をひそめる。


「……匂いが強すぎるわね」


「匂い?」


リアも鍋を覗き込む。


「……確かに」


薬草特有の青臭さと、鼻を刺すような刺激臭が執務室に広がっていた。


「これでは、傷口に塗るのは難しいわね」


「でも、効果は?」


リアが尋ねる。

セレスは鍋の中の液体を見つめた。


「薬草の性質から考えれば、傷の治りを助ける可能性はあるわ」


「なら、匂いは我慢すれば――」


「いいえ、リア様」


アルが静かに口を挟んだ。


「薬は、効果があればそれでよいというものではありません」


「……」


リアはアルを見た。


「傷に塗るたびに、これほど強い匂いがするのでは、使う人が嫌がるかもしれません」


「……確かに」


リアは鍋の中を見つめた。


「良い薬を作るだけではなく、使いやすくする必要があるのね」


セレスは頷いた。


「その通りよ」


その後も、試行錯誤は続いた。


薬草の量を変える。

煎じる時間を変える。

別の薬草を組み合わせる。

さらに、傷口へ塗りやすい濃さを探る。


しかし、最初の試作品は、どれも満足のいくものではなかった。


「これは匂いが強すぎます」


「この配合は効果が弱くなっている可能性が高いわね」


机の上には、いくつもの試作品が並んでいた。

リアは、それらを1つずつ見つめた。


「……薬って、難しいのね」


「今さら気づいたの?」


セレスが呆れたように言った。


「薬草を薬にするのは、薬草を採るよりずっと難しいわ」


「でも、セレスは作れるのでしょう?」


「知識があるからといって、何でもすぐに作れるわけではないのよ」


セレスは試作品の1つを手に取った。


「薬草の状態も違う。採取した時期も違う。乾燥の具合も違う」


「……」


「同じ薬草でも、毎回同じものになるとは限らないわ」


リアは、セレスの言葉を聞きながら考えた。


「それなら、やっぱり基準が必要ね」


「基準?」


「ええ」


リアは机の上の薬草を指差した。


「採取する時期。乾燥方法。使う部分。量」


リアは次々に挙げていく。


「それを決めて、同じ条件の薬草を使うの」


セレスは少し考えた。


「……確かに、それなら品質を安定させられるかもしれないわ」


「でしょう?」


リアは嬉しそうに笑った。


「薬を作る前から、もう仕事があるのね」


アルが微笑んだ。


「薬草を採取する者、選別する者、乾燥させる者。そして、基準を確認する者」


リアが続ける。


「薬を作る者。包む者。管理する者。運ぶ者、売る者」


アルが付け加えた。

リアの目が輝いた。


「やっぱり、薬にする方が仕事が増えるわ!」


セレスは呆れたようにリアを見た。


「あなたは本当に、そこばかり考えるのね」


「だって、大事なことだもの」


リアは真剣な表情になった。


「良い薬を作ることも大切だけど、それを続けられる仕組みを作ることも大切でしょう?」


セレスはしばらくリアを見つめた。


そして、小さく笑った。


「そうね」


数日後、ついに、セレスが1つの試作品を完成させた。


「これなら、試してもいいと思うわ」


セレスが小さな容器を差し出した。


リアは、慎重にそれを受け取った。


「これが?」


「ええ」


「今までのものと何が違うの?」


「薬草の組み合わせを変えたの」


セレスは説明した。


「傷の治りを助ける薬草を中心にして、刺激を抑える薬草を加えたわ」


「なるほど……」


リアは容器を見つめた。


「使いやすさも考えたのね」


「薬は、使われなければ意味がないもの」


セレスは静かに答えた。


リアは、その言葉を聞いて頷いた。


「それじゃあ、早速、騎士団へ協力してもらい、試してみましょう」


数日後、訓練中に軽い傷を負った騎士が、治療のために呼ばれていた。


「これを使うのか?」


騎士が、手にした薬を見つめる。


「ええ」


セレスが頷いた。


「まだ試験段階だけど、傷の手当てに使ってみてほしいの」


「分かった」


騎士は薬を傷口に塗った。


「……」


しばらくして、騎士が傷を確認する。


「どう?」


リアが尋ねる。


「今のところ、問題はない」


騎士は腕を動かした。


「前に使っていたものより、塗りやすい気がするな」


「本当?」


リアの目が輝く。


「それに、匂いもそこまで強くない」


セレスが頷いた。


「効果については、もう少し時間を置いて確認する必要があるわ」


「分かっているわ」


リアは頷いた。


「でも、使いやすさは改善されたのね」


「ええ」


セレスは薬を見つめた。


「これなら、さらに調整できると思うわ」


リアは、完成した薬を見つめた。


まだ、完璧ではない。

劇的な効果があるわけでもない。


けれど――。


「……これなら、商品にできるかもしれないわ」


リアが呟いた。


「商品に?」


アルが尋ねる。


「ええ」


リアは薬を手に取った。


「薬草のままなら、他の薬草と比べられる」


「はい」


「でも、これはもう薬草ではないわ」


リアは小さな容器を見つめた。


「ベルフォード領で作った、傷薬よ」


「……」


「これなら、薬草の品質ではなく、薬としての価値を伝えられる」


アルは頷いた。


「では、次は販売ですね」


「ええ」


リアは力強く頷いた。


「王都で売るための方法を考えましょう」


「王都ですか?」


レオンが聞き返す。


「ええ」


リアは頷いた。


「ベルフォード領だけで売るのではなく、もっと多くの人に知ってもらいたいもの」


「王都で薬を販売するには、薬師ギルドへの登録をしていたほうがよろしいでしょう」


アルが言った。


「薬師ギルド……」


リアはその名前を聞いて、少しだけ考えた。


「なら、まずはそこへ持ち込みましょう」


「よろしいのですか?」


「ええ」


リアは完成したばかりの薬を見つめた。


「確かめてみましょう。私たちの薬が、どこまで通用するのか」


リアの目に、強い光が宿る。


こうして、ベルフォード領で作られた初めての治療薬は、王都へ向かうことになった。


まだ、完成したばかりの小さな薬。


けれど、リアは知らなかった。

王都で待っているのは、薬を求める人々だけではない。


ベルフォード領の薬を、最初から認めるつもりのない者たちがいることを。

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