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婚約破棄された元社畜令嬢は、終わったはずの領地で宝物を見つける  作者: 植早 凛
第3章 追放された元社畜令嬢、眠れる薬草で未来を拓く

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第31話 治療薬の発想

「リア様」


執務室の扉の向こうから、声が響いた。


「どうしたの?」


「騎士団から、報告がございます」


リアはすぐに立ち上がった。


「今行くわ」


リアが向かった先には、レオンをはじめとした騎士たちが集まっていた。


「それで、薬草の試験結果は?」


リアが尋ねると、レオンが一歩前へ出た。


「採取した薬草を使って、いくつか試してみました」


「どうだったの?」


「傷の手当てに使ったところ、これまで使っていた薬草と比べて、傷の治りが早いように感じられました」


「感じられた?」


リアが聞き返す。


「はい」


レオンは頷いた。


「ただ、まだ一度の試験です。明確に効果が高いと断言するには、もう少し検証が必要でしょう」


「なるほど……」


リアは考え込んだ。


「保存状態については?」


「こちらは、かなり良い結果が出ています。乾燥させた後も、他の薬草より状態が崩れにくいようです」


「それは良いことね」


リアは薬草のことを考えた。

品質は良い。保存性も高い。効果にも期待できる。

それなのに――。

薬草のままなら、どうしても他の薬草と比較される。


こちらは一束いくら、あちらは一束いくら。

そんなふうに、同じ種類の薬草として扱われる。


「リア様?」


レオンが首を傾げる。


「ごめんなさい。少し考え事をしていたわ」


リアは腕を組んだ。


「薬草そのものの品質が良いことを、買う人に伝えなければならない。でも、薬草を見ただけでは、その違いは分かりにくいわ」


リアは机の上に置かれた薬草を見つめた。


「どうすればいいのかしら……」


「そんなの、薬草のまま売らなければいいだけよ」


セレスが静かに口を開いた。

リアが驚いたように振り返る。


「え?」


セレスは、乾燥させた薬草を手に取った。


「薬にしましょう」


「薬に?」


「ええ」


セレスは頷いた。


「薬草をそのまま売るのではなく、薬として加工するの」


リアは目を瞬かせた。


「完成品として売るのね」


「そういうことよ」


リアは、机の上の薬草を見つめた。


薬草のままなら、他の薬草と比較される。

けれど、薬に加工すれば、比較されるのは、薬草そのものではない。


その薬が、どんな効果を持つのか。

そこに価値をつけられる。


「それなら、普通の薬草と価格を比べられなくて済むわ」


「ただし」


セレスが口を挟んだ。


「簡単ではないわよ」


リアの動きが止まった。


「……やっぱり?」


「薬にするなら、どのような効果があるのかを確認しなければならないわ」


セレスは薬草を見つめた。


「どのくらいの量を使うのか。どのように加工するのか。保存できる期間はどれくらいか」


「副作用も調べる必要がありますね」


アルが付け加えた。


「そうね」


セレスは頷いた。


「薬草として使うのと、薬として加工するのでは、必要な知識が違うもの」


リアは黙って考えた。


「……でも、やる価値はあるわ」


「リア様」


「薬草のままでは、品質の違いが伝わりにくい」


リアは薬草を手に取った。


「でも、薬として効果が確認できれば、その価値を伝えられる」


「確かに、そうですね」


アルが頷きながら、口を開く。


「それに、薬として販売できれば、薬草の採取だけでなく、加工や製造にも仕事が生まれます」


「そうなのよ!」


リアは勢いよく顔を上げた。


「採取する人。選別する人。乾燥させる人。そして、薬を作る人」


リアは次々と指を折った。


「薬を包む人。管理する人。運ぶ人。売る人」


「……」


「薬草をそのまま売るよりも、たくさんの仕事を作れるかもしれないわ」


リアの言葉に、セレスは少しだけ目を細めた。


「リア様は、本当に領民の仕事のことばかり考えているのね」


「だって、せっかくなら多くの人が関われた方がいいでしょう?」


リアは当然のように答えた。


「1人で全部作るより、みんなで作った方が、きっと大きな事業になるもの」


セレスは、わずかに笑った。


「そうね」


「それに、薬として売るなら――。薬の名前も必要ね」


「薬の名前ですか?」


アルが聞き返す。


「ええ」


リアは薬草を見つめた。


「ただの薬草ではなく、ベルフォード領で作られた薬だと分かる名前をつけるの」


「なるほど。薬草の時と同じですね」


「そうよ」


リアは頷いた。


「傷薬の名前は何にされますか?」


アルはリアに尋ねる。

リアはしばらく無言になる。


「……ベルフォード傷薬はどうかしら?」


リアはようやく口を開いた。


「シンプルね。でも、分かりやすくていいと思うわよ」


セレスの賛成にリアはホッと頬が緩む。


「それから、薬にも品質の基準も作りましょう。採取する薬草の種類。採取時期。乾燥方法。加工方法」


リアは次々に挙げていく。


「決められた条件を満たしたものだけを使うの」


「そうすれば、毎回同じ品質の薬を作れますね」


アルが納得したかのように言った。


「ええ」


リアは笑った。


「それなら、買う人も安心して使えるわ。薬草を売るのではなく、安心して使える薬を売る」


リアは、手の中の薬草を見つめた。


「それが、私たちの目指すものよ」


セレスはしばらく黙っていた。

そして、静かに口を開いた。


「なら、まずは試さないと」


「ええ!」


リアは勢いよく頷いた。


「セレス、お願いできるかしら?」


「できる範囲でね」


「もちろんよ」


リアは笑った。


「まずは、どんな薬にできるのかを調べましょう」


セレスは薬草を見つめながら、次々と可能性を挙げていった。


「薬草の種類によって、向いている加工方法も違うはず。煎じ薬にするのか。塗り薬にするのか。それとも別の形にするのか。」


セレスは腕を組みながら、さらに考える。


「薬草によって考える必要があるわね」


「ええ」


リアは頷いた。


「それから、騎士団にも協力してもらいたいの」


セレスの言葉にレオンが顔を上げる。


「俺たちですか?」


「ええ。実際に使ったときの効果を確認したいの」


「分かりました」


レオンは頷いた。


「できる限り協力します」


「セレス、レオン。2人ともありがとう」


リアは満足そうに笑った。


「これで、薬草事業は次の段階に進めそうね」


「まだ試験段階ですが」


リアの言葉にアルは静かに言った。


「分かっているわ」


リアは答えた。


「でも、何もしなければ何も始まらないもの」


その後、リアたちは薬草の加工方法について、遅くまで話し合った。


どの薬草を使うのか。

どのように加工するのか。

どのくらいの量を使うのか。

保存方法はどうするのか。

そして、どのような名前で販売するのか。


「……これは、こちらの薬草と組み合わせた方がいいかもしれないわ」


セレスが資料を見ながら呟く。


「それなら、配合を変えたものも試しましょう」


リアが答える。


「保存性を確認するなら、こちらの方法も――」


アルが資料をめくる。


気づけば、窓の外はすっかり暗くなっていた。

セレスを始めほとんどの人が退出し、部屋にはリアとアル、レオンの3人だけが残っていた。


「リア様」


アルが声をかける。


「何かしら?」


「そろそろお休みになられてはいかがですか?」


「まだ大丈夫よ」


リアは資料から目を離さなかった。


「この薬草を使った場合の効果を整理してから――」


「では、そこまでですよ」


アルの言葉にリアは微笑みながら頷く。


その数分後、執務室は静まり返っていた。

机の上には、薬草に関する資料や記録が広がっている。


そして、その中央で、リアは机に突っ伏して眠っていた。


「……」


レオンは、静かにリアへ近づいた。


「寝てしまいましたね」


リアの寝顔を確認すると、レオンは自分の上着を脱いだ。

そして、リアの肩へ掛けようとした。


そのとき――。


「レオン様」


背後から声がした。


レオンが振り返るとアルが毛布を手に立っていた。


2人の視線が交わる。


「何か?」


レオンが尋ねた。


「いえ」


アルは穏やかに微笑んだ。


「私が毛布をお持ちしましたので」


レオンは手にしていた上着へ視線を落とした。


「これで充分だろ」


アルの笑顔が、ほんの少しだけ深くなった。


「毛布の方が、暖かいかと」


「上着でも十分だ」


レオンも静かに返した。

リアは2人のやり取りに気づくことなく眠っている。


「……リア様は、よく眠っておられますね」


アルの言葉にレオンは頷く。


「そうだな」


「では、起こさないようにしましょう」


「ああ」


2人は同時にリアへ視線を向けた。

そして、ほぼ同時に動く。

レオンの上着がリアの肩に掛けられた。

その上から、アルが毛布を掛ける。


「……」


二人の視線が、再び交わった。


「上着だけで十分だろ?」


レオンが言う。


「少々心許ないかと」


アルは笑顔で返した。


「……そうか」


「ええ」


互いに笑顔を浮かべたまま、2人とも一歩も引かなかった。


その頃、リアは夢の中でも薬草のことを考えていた。

薬草を加工して、効果を確かめて、名前をつける。

そして――。


「……薬……」


リアが寝言を呟いた。

アルとレオンが、同時にリアを見る。


リアは何事もなかったかのように、再び静かな寝息を立て始めた。


「……お休みになられたようですね」


アルが呟く。


「ああ」


レオンも頷いた。

2人はそれ以上、何も言わなかった。


ただ、リアのそばに立ったまま、それぞれが、彼女の眠りを静かに見守っていた。


こうして、薬草事業は新たな段階へと進むことになった。


薬草を採取するだけではない。

薬草の価値を、別の形に変える。


それは、ベルフォード領にとって新たな挑戦だった。

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