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婚約破棄された元社畜令嬢は、終わったはずの領地で宝物を見つける  作者: 植早 凛
第3章 追放された元社畜令嬢、眠れる薬草で未来を拓く

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第27話 新たな可能性

翌朝、セレスの薬草畑には昨日と同じように朝の光が差し込んでいた。


「……本当に朝から来たのね」


畑の入口で、セレスが呆れたようにリアを見た。


「昨日、朝から続きをすると言ったでしょう?」


「まさか本当に朝一番で来るとは思わなかったわ」


「どうして?」


「普通は、もう少しゆっくりするものよ」


「そうなの?」


セレスは深いため息をついた。


「あなた、本当に変な代理領主ね」


「よく言われるわ」


「褒めてないわよ」


「知っているわ」


リアは笑いながら、畑へと足を踏み入れた。

その後ろから、アルも静かに続いている。


「アルも来たのね」


セレスが声をかけると、アルは微笑んだ。


「リア様のお供です」


「……大変ね」


「ええ」


「ちょっと、2人とも?」


リアが振り返る。

セレスとアルは顔を見合わせた。


「……何でもないわ」


「はい」


「絶対何か言っていたでしょう?」


リアは不満そうに2人を見た。

セレスはそんなリアを無視して、畑へと視線を戻す。


「それで、今日は何を調べるの?」


「昨日の記録をもとに、改めて畑を見たいの」


リアは周囲を見渡した。

同じ種類の薬草でも、植えられている場所が違う。


日当たりの良い場所。

少し日陰になる場所。

水の流れに近い場所。

土の乾燥した場所。


昨日も見た光景だった。

けれど、今日は昨日よりも細かく観察していく。


「この薬草は、昨日見たものと同じ種類よね?」


「ええ」


「でも、葉の大きさが違うわ」


「植えている場所が違うからよ」


セレスは迷いなく答えた。


「こっちは日当たりが良い場所。こっちは少し日陰になる場所」


「それだけで、こんなに違いが出るの?」


「薬草によってはね」


セレスは別の畝を指差した。


「こっちは水を多めに与えているけど、あっちは少なめ」


「同じ種類なのに?」


「だから比べているのよ」


セレスは当然のように言った。

リアは畑を見渡した。


畝の間隔。薬草ごとの配置。水やりの方法。日当たり。土の状態。

すべてが適当に決められているようには見えなかった。


「……セレス」


「何?」


「この畑の管理、全部あなたがやっているの?」


「そうよ」


「1人で?」


「手伝ってもらうこともあるけど、基本的には私が考えているわ」


リアは改めて畑を見渡した。


「あなたは、薬草ごとに育て方を変えているのね」


「当たり前でしょう?」


セレスは不思議そうに首を傾げた。


「薬草は全部同じじゃないもの」


「……」


「同じ種類でも、育てる場所や季節によって状態が変わるわ」


セレスは一つの薬草を手に取った。


「だから、よく観察するの」


「毎日?」


「できるだけね」


「そんなに?」


「少しでも変化があれば、育て方を変えなきゃいけないこともあるもの」


リアは黙ってセレスを見つめた。

市場で見た薬草。


葉の厚み。色艶。香り。

王都の薬師たちが注目しているという品質。

その品質は、偶然生まれたものではない。

セレスが長い時間をかけて、積み重ねてきたものだった。


「……」


「何よ?」


「いえ」


リアは小さく笑った。


「やっぱり、あなたはすごいわね」


「またその話?」


「ええ」


「もう十分聞いたわ」


「でも、本当にそう思うもの」


セレスは少しだけ困ったように顔をしかめた。


「私は、ただ良い薬草を育てたいだけよ」


「それが簡単ではないから、すごいのよ」


リアは畑を見渡した。


「良い薬草を育てたいと思う人は、きっと他にもいるわ」


「そうでしょうね」


「でも、あなたは何年も試して、記録して、失敗して、それでも続けてきた」


リアはセレスを見る。


「それは、誰にでもできることではないわ」


セレスは黙っていた。


「あなたの才能と努力は埋もれているわ」


「……」


「王都の薬師たちが注目している薬草を作っているのに、誰もあなたのことを知らない」


リアは、少しだけ悔しそうに言った。


「それは、もったいないと思うの」


セレスはしばらく黙っていた。


やがて、畑の向こうへ視線を向ける。


「……私の才能なんて、大げさよ」


「どうして?」


「だって、私は薬草を育てているだけだもの」


「でも、その『だけ』に何年も費やしているでしょう?」


リアの言葉に、セレスは答えなかった。

風が畑を吹き抜ける。薬草の葉が、かすかに揺れた。


「……ねえ、代理領主様」


「何かしら?」


「あなたは、私の知識を領地のために使いたいの?」


リアは少し驚いた。


「どうしてそう思うの?」


「あなたは領主でしょう?」


セレスはリアを見つめた。


「価値のあるものを見つけたなら、領地のために使おうとするものじゃないの?」


リアは少し考えた。


「……正直に言うわ」


「ええ」


「王都から手紙が届いたときはそう考えていたわ」


セレスの表情が少しだけ険しくなる。


リアはすぐに続けた。


「でも、今は違う」


「違う?」


「あなたが嫌だと言うなら、私はあなたの知識を勝手に使うつもりはないわ」


セレスは黙ってリアを見た。


「あなたが何年もかけて積み重ねてきたものだもの」


リアは畑を見渡した。


「それを、私が代理領主だからという理由だけで利用するのは違うと思ったの」


セレスの表情から、わずかに警戒が消えた。


「……本当に?」


「ええ」


リアは頷いた。


「あなたの知識をどうするかを決めるのは、あなた自身よ」


セレスはしばらく何も言わなかった。

やがて、ゆっくりと畑の奥を見つめる。


「私の知識をどうするか」


セレスは小さく呟いた。


「今まで、そんなこと考えたこともなかったわ」


セレスは、畑に並ぶ薬草を見た。


「私はただ、もっと良い薬草を育てたかっただけ」


「ええ」


「だから、試して、失敗して、また試して」


セレスは小さく笑った。


「気づいたら、こんなに記録が増えていたわ」


リアは黙って聞いていた。


「でも、今まで誰かに必要とされたことはなかった」


セレスは少しだけ視線を落とした。


「市場で売っても、高いと言われるだけ」


「……」


「王都の薬師たちが注目しているなんて、昨日まで知らなかった」


セレスは、自分の手を見つめた。


「私が何年も続けてきたことに、本当に価値があるのかしら」


「あるわ」


リアは即答した。

セレスが顔を上げる。


「あなたの薬草は、王都の薬師たちが注目している」


リアはまっすぐセレスを見つめた。


「それだけでも、価値がある証拠だと思うわ」


「さっきの領地のために薬草を使いたいと思ってたって……。具体的にこの薬草で何をしたかったの?」


「具体的には決めていないわ」


リアの答えにセレスは顔をしかめる。


「でも、薬を良質な状態で安定的に供給できるなら、領民の生活の質が絶対に良くなるはずよ。」


リアはセレスを見つめながら微笑んだ。


「あなたは変なことを言うわね」


「そう?」


「この国の貴族は、領民は自分たちのために働くものだと考えている人が多いじゃない」


「私は、領主だからこそ思うのよ」


リアは自分の手を見つめる。


「貴族がその恩恵を受けるのは、領民が働いてくれているからでしょう?ならば、領民を守り、暮らしを良くする責任があるはずよ」


セレスは驚いたようにリアを見つめる。


「領民が自分の知識や才能を使いたいと思うなら、その機会を作るのも、権利を守るのも領主の仕事だわ」


セレスは黙っていた。


「だから長年積み重ねてきた知識をどうするかは、セレスにだけ決める権限があるの。」


セレスはやがて、少しだけ笑う。


「……本当に変な領主ね」


「よく言われるわ」


「もうそれはいいわよ」


リアも笑った。

セレスは、ゆっくりと畑の奥へ視線を向けた。

そこには元黒狼団が整備している最中の街道があった。


「生活が短期間でこんなにも変わったのはあなたが変な領主だからだったのね。」


しばらく沈黙が続いた。


「私のこの知識がこの領地のためになるなら……。」


セレスはしばらく言葉を濁す。


「ううん。違うね。」


セレスはリアに視線を戻す。


「私のやっていることは間違いじゃないと証明したい。そのために、この薬草を広げたいの。」


リアはじっとセレスを見つめる。


「でも、ずっとどうしたらいいか分からなかったの。」


セレスはリアに頭を下げる。


「私一人では、どうすればいいのか分からないの。だから、あなたの力を貸してほしい」


「いいの?セレスの努力の結晶を使っても?」


「ええ。もちろんよ。あなたは変な人だからね。……これは褒め言葉だから。」


「ありがとう。」


そして、ふと思い出したように口を開く。


「……そういえば」


「何かしら?」


「もっと良質な薬草を育てられる場所なら、心当たりがあるわ」


リアの目が輝いた。


「本当?」


セレスはそんな2人を見て、少しだけ笑った。


「この領地から少し離れた場所に、山があるの」


「山?」


「ええ。昔は鉱山だった場所よ」


リアの表情が変わった。


「鉱山?」


「もう何年も前に閉鎖されたけどね」


セレスは山の方角を指差した。


「その山の中腹に、薬草がよく育つ場所があるの」


「薬草がよく育つ場所?」


「ええ」


「どうして?」


「分からないわ」


セレスは肩をすくめた。


「昔から、あの辺りの薬草はよく育つのよ」


「それなら、どうして今まで使っていなかったの?」


セレスの表情が少し曇った。


「危険だからよ」


「危険?」


「あの辺りは、昔の鉱山跡が残っているの」


セレスは山を見つめた。


「崩れかけた坑道もあるし、地形も複雑よ」


「なるほど……」


「それに、鉱山が閉鎖されてからは、あまり人が近づかなくなったわ」


「魔物は?」


「出ることもあるわね」


リアは山を見つめた。

薬草がよく育つ元鉱山。人が近づかなくなった山。

リアの頭の中で、いくつもの情報が繋がっていく。


「……」


アルはリアの横顔を見た。


「リア様」


「何かしら?」


「今、何か考えていらっしゃいますか?」


「ええ」


「何を?」


リアは山を見つめたまま答えた。


「その場所を見てみたいわ」


「やはり……」


「まだ何も決めていないわよ?」


「見に行くことは決めていらっしゃるのですね」


「それはそうでしょう?」


アルは深いため息をついた。


セレスはそんな2人を見ていた。


そして、しばらく考えた後、口を開いた。


「……私も行くわ」


リアが振り返る。


「え?」


「その場所へ行くなら、私も一緒に行く」


「いいの?」


「ええ」


セレスは山を見つめた。


「私も、あの場所の薬草がどうしてよく育つのか、ずっと気になっていたもの」


「そうだったの?」


「昔から知っていたけど、危険だから近づかなかっただけよ」


セレスは自分の手を見た。


「でも……」


「でも?」


「薬草のために、できることをしたいの。」


リアは少しだけ目を見開いた。

そして、2人は遠くに見える山を見つめた。


「それじゃあ、まずはその場所を見に行きましょう。危険な場所だから、準備は必要ね」


セレスは力強く頷く。


「護衛も必要だわ。騎士団に依頼しないと」


アルがすぐに口を挟んだ。


「リア様」


「何かしら?」


「くれぐれも、無茶はなさらないように」


「まだ何もしていないわよ?」


「ですが、今から始めるおつもりでしょう?」


「……」


リアは少しだけ考えた。


「準備をするだけよ」


アルは静かにリアを見つめた。


「……承知しました」


セレスは2人を見比べた。


「あなた、本当に苦労しているのね」


「ええ」


「ちょっと、アル?」


「何でもありません」


リアは不満そうに2人を見た。


こうしてその日、誰にも知られていなかった一人の女性の才能が、初めて新たな可能性と結びついた。


セレスが長年積み重ねてきた知識。

リアが見つけた、薬草の可能性。


そして――。

かつて鉱山だった、誰も近づかなくなった山。

その山には、まだ誰も知らない秘密が眠っていた。


そしてリアは、まだ知らなかった。

その山が、ベルフォード領の未来を大きく変えることになるとは――。

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