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婚約破棄された元社畜令嬢は、終わったはずの領地で宝物を見つける  作者: 植早 凛
第3章 追放された元社畜令嬢、眠れる薬草で未来を拓く

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第26話 埋もれた才能

セレスの薬草畑は、市場から少し離れた場所にあった。


「……本当に来たのね」


畑の前で、セレスが呆れたようにリアを見た。


「見せてくれると言ったでしょう?」


「社交辞令だったかもしれないでしょ」


「そうだったの?」


「……あなた、本当に変な人ね」


リアは笑いながら、畑へと足を踏み入れた。

そこには、いくつもの薬草が植えられていた。

同じ種類の薬草でも、植えられている場所が違う。


日当たりの良い場所。

少し日陰になる場所。

水の流れに近い場所。

土の乾燥した場所。


一見すると、ただ無秩序に植えられているようにも見える。

しかし、よく見ると違った。


「……同じ薬草なのに、植える場所が違うのね」


リアが尋ねると、セレスは頷いた。


「ええ。どこが一番育つか試しているの」


「試している?」


「土も、水も、日当たりも違うでしょう?」


セレスは畑を見渡した。


「同じ薬草でも、育つ場所によって成長の仕方が違うのよ」


「それを調べているの?」


「調べているというほど大したことじゃないわ」


セレスは平然と答えた。


「良い薬草を育てたいから、色々試しているだけ」


リアは畑を見渡した。

畝の間隔。薬草ごとの配置。水やりの方法。

すべてが適当に決められているようには見えなかった。


「……セレス」


「何?」


「この畑の配置、あなたが全部考えたの?」


「そうだけど?」


セレスは不思議そうに首を傾げた。


「何か変?」


「いえ……」


リアは改めて畑を見渡した。

前世で会計の仕事をしていたリアには分かる。

この畑には、試行錯誤の跡があった。


何かを変える。結果を見る。良ければ続ける。悪ければ別の方法を試す。

それを、何度も繰り返している。


「こちらへ来て」


セレスに案内され、リアは畑の隅にある小さな建物へ入った。

中には古びた机と大量の紙が積まれていた。


「これは?」


「記録よ」


セレスは一枚の紙を手に取った。


「植えた日。水をやった量。天気。収穫した日。収穫量」


次々と紙をめくっていく。


「葉の大きさや色も記録しているわ」


リアは思わず身を乗り出した。


「香りも?」


「ええ」


「どうして?」


「何が良かったのか分からなければ、次に同じものを作れないでしょう?」


セレスは当然のように言った。


「だから記録しているの」


リアは黙って紙を見つめた。


記録。比較。検証。改善。


リアは思わず、前世の仕事を思い出した。


数字を集める。

原因を探る。

違いを比較する。

より良い方法を見つける。


やっていることは違っても、考え方は同じだった。


「……」


「どうしたの?」


「セレス」


「何?」


リアは、目の前に広がる記録を見つめた。


「あなたは、自分が何をしているのか分かっている?」


セレスは眉をひそめた。


「薬草を育てているだけだけど?」


リアは首を横に振った。


「違うわ」


リアは記録の1枚を手に取った。


「あなたは、薬草を研究しているのよ」


セレスの目がわずかに見開かれた。


「研究……?」


「ええ」


リアは記録を指差した。


「どの土で育てたのか。どれだけ水を与えたのか。どの季節に収穫したのか。その結果、どんな薬草になったのか」


リアはセレスを見た。


「あなたは、何年もかけて、それを記録している」


セレスは黙っていた。


「失敗した記録もあるわね」


リアが別の紙を手に取った。

そこには、育成に失敗した薬草について書かれていた。


葉が小さくなった。

香りが弱かった。

乾燥させると色が悪くなった。


「……失敗したものまで記録しているの?」


「当たり前でしょう?」


セレスは不思議そうに答えた。


「失敗した理由が分からなければ、また同じことをするかもしれないもの」


リアは、しばらくセレスを見つめた。


「……」


「何よ?」


リアは、思わず笑った。


「あなた、自分がどれだけすごいことをしているのか分かっていないのね」


「すごいこと?」


「ええ」


リアは記録の束を手に取った。


「あなたは、何年も薬草を育てている」


「そうね」


「その間に、条件を変えて、結果を記録して、失敗を分析して、より良い方法を探している」


リアはセレスをまっすぐ見つめた。


「それを、誰かに教えられたわけでもなく?」


「……そうだけど」


「あなたは、自分の才能に気づいていないのね」


セレスは困ったように眉を寄せた。


「才能なんて、大げさよ」


「いいえ」


リアは即答した。


「大げさじゃないわ」


セレスは黙った。


「王都の薬師たちが注目している薬草」


リアは、セレスの薬草を思い出した。


「その薬草を生み出しているのは、あなたで間違いないわ」


セレスの表情がわずかに変わった。


「……私が?」


「ええ」


リアは頷いた。


「あなたが長年積み重ねてきた記録と努力が、今の薬草を作っているのよ」


セレスは何も言わなかった。

市場で薬草を売っても、誰もその価値を理解してくれなかった。


高いと言われた。

他の薬草と同じだと言われた。

けれど、セレスはそれでも薬草を育て続けてきた。


誰かに認められるためではない。

ただ、もっと良い薬草を育てたい。

その一心で。


「……私は、ただ薬草を育てていただけだよ」


セレスは小さく呟いた。


「それが才能なのよ」


リアは微笑んだ。

セレスは、しばらく何も言わなかった。

やがて、積み上げられた記録を見つめる。


「……私のやってきたことが?」


「ええ」


リアは頷いた。


「少なくとも、私はそう思うわ」


セレスは、困ったように笑った。


「変な人ね」


「よく言われるわ」


「褒めてないわよ」


「知ってるわ」


リアは笑った。

そして、改めて記録の束に目を向ける。


これだけの記録があるならセレスの薬草が、なぜこれほど高品質なのか。

その理由を見つけられるかもしれない。


どんな土で、どんな水で、どんな環境で、どんな育て方をすれば……。

これほどの薬草が育つのか。


「……」


「何を考えているの?」


セレスが尋ねた。

リアは少しだけ考えた。


「あなたの薬草が、なぜこれほど品質が良いのかを知りたいの」


「もう十分見たでしょう?」


「まだ分からないわ」


リアは記録を見つめた。


「王都の薬師たちが、何に注目したのかも知りたい」


セレスは少し警戒するようにリアを見た。


「……それを調べて、どうするつもり?」


「どうするって?」


「あなたは領主でしょう?」


セレスはリアを見つめた。


「私の薬草を、領地のために使うつもり?」


リアは少し驚いた。


「違うわ。そんなことは考えていないわ」


「本当に?」


「ええ」


リアは正直に答えた。


「今はただ、あなたの薬草について知りたいだけよ」


セレスはしばらくリアを見つめた。


やがて、少しだけ警戒を解く。


「……なら、ここで好きに調べればいいわ」


「いいの?」


「私だって、自分の薬草がどうして王都で話題になっているのか知りたいもの」


セレスは記録の束を見た。


「ただし、記録を持ち出すのは駄目よ」


「分かったわ」


「勝手に人に見せるのも駄目」


「ええ」


「私の研究を勝手に使うのも駄目だからね」


リアは一瞬、目を瞬かせた。


「分かってる」


セレスはリアをじっと見つめた。


「本当に?」


「本当よ」


リアは苦笑した。


「あなたの積み重ねたものだもの。勝手に使うつもりはないわ」


「……ならいいけど」


セレスは、少しだけ安心したように息を吐いた。

リアは、そんなセレスを見て微笑んだ。


セレスは、自分の才能に気づいていない。

けれど、自分が積み重ねてきたものの価値は、きちんと理解しているのだろう。


「……」


そして、その日の夜。


「リア様」


アルが執務室の扉を開ける。


部屋の中には、紙が山のように積まれていた。

机に向かっているリアは、何枚もの記録を並べている。


「まだ起きていらしたのですか」


「ええ。あと少しだけ」


「もう夜も遅いです」


「分かっているわ」


リアは記録から目を離さない。


「でも、明日はセレスの資料を読みに行きたいの。だからあと少しだけ」


「リア様」


アルは静かにため息をついた。

リアは机の上の書類を見つめている。


「本当にあと少しだけだから」


「……リア様」


アルの強い声掛けにはっと顔を上げる。


「今日は、ここまでにしてください」


「あと少しだけ」


「もう十分です」


「でも――」


「倒れてしまっては意味がありません」


アルの声は、いつもより少しだけ強かった。


「……」


「リア様が領地のために努力されていることは、皆が知っています」


アルは静かに続けた。


「ですが、リア様ご自身が倒れてしまえば、すべてが止まってしまいます」


リアは黙っていた。


「ですから、今日はここまでです」


アルは机の上の紙をまとめ始めた。


「ちょっと、アル」


「続きは明日です」


「でも……」


「明日も調べられます」


アルはリアを見た。


「明日もお供します」


リアは少しだけ目を見開いた。


「……アル」


「はい」


「あなた、最近ちょっと厳しくない?」


「リア様が無茶をされるからです」


「まだ何もしていないわ」


「徹夜は十分に無茶です」


「……」


リアは反論できなかった。

アルは静かに記録を片付ける。

その姿を見ながら、リアは小さく笑った。


「分かったわ。今日はここまでにする」


「ありがとうございます」


「でも、明日は朝から続きをするわよ」


「……ほどほどにお願いします」


リアは笑った。

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