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婚約破棄された元社畜令嬢は、終わったはずの領地で宝物を見つける  作者: 植早 凛
第3章 追放された元社畜令嬢、眠れる薬草で未来を拓く

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第25話 市場視察

街道の再建が終わってから、しばらく経った。

ベルフォード領には、少しずつ活気が戻り始めていた。

しかし、リアの頭からは先日届いた一通の手紙が離れなかった。


『近頃、ベルフォード領産の薬草について、王都の薬師たちの間で話題になっております』


それだけが記された、短い手紙だった。

王都の薬師たちが、ベルフォード領の薬草に注目している。


一体、何があったのだろうか。

リアは手紙を見つめながら、首を傾げた。


ベルフォード領は、決して薬草の名産地として知られているわけではない。

むしろ、長年の財政難によって領地の管理は行き届いておらず、薬草に関しても特別な取り組みをしていた記憶はなかった。

それなのに、王都の薬師たちが注目している。


「もしかして……、何か価値のある薬草があるのかしら?」


リアはそう呟いた。


「まずは実際に流通している薬草を調べてみましょう」


そう考えたリアは、アルとともに市場へ調査にやって来た。


リアは市場の通りを見渡す。


街道を行き交う商人の数が増えていた。

荷馬車が行き交い、露店には以前より多くの商品が並ぶようになった。

まだ以前の賑わいを取り戻したわけではない。

それでも、確かに街は変わり始めていた。


「市場が戻ってきたわね」


市場の通りを歩きながら、リアは周囲を見渡した。


以前なら、閉じたままの店が目立っていた。

けれど今は、空いた店舗のいくつかに新しい看板が掲げられている。


客の姿も増えている。

商人たちの声が聞こえる。

以前よりも、ずっと明るい。


「はい。街道の再建によって、領外から訪れる商人も増えました」


隣を歩くアルが答えた。

手には市場の調査資料がある。


「ただし、まだ空き店舗は3割ほど残っています」


「3割……」


リアは足を止めた。


活気が戻ってきた。

しかし、それはまだ「復興した」と呼べる状態ではない。


市場の通りを見渡す。

賑わっている場所がある一方で、まだ人通りの少ない区画もあった。


「街道が戻ったからといって、市場がすぐに元通りになるわけじゃないのね」


「はい。商人にとっては、ここで商売をする理由が必要です」


アルの言葉に、リアは頷いた。

道を整え、人が来られるようにした。

けれど、それだけでは足りない。


人が来る理由。

買いたいと思う商品。

ここで商売をしたいと思える環境。

まだまだ課題は残っている。


そして、王都の薬師たちが注目しているという薬草も、どこかに存在しているはずだった。


「まずは、どんな商品が売れているのかを確認しましょう」


「承知しました」


二人は再び市場を歩き始めた。

野菜、肉、保存食、布、日用品。

さまざまな店を見て回る。


その途中だった。


「……あら?」


リアの視線が、ひとつの露店に止まった。


店先に並べられているのは、乾燥させた植物だった。


束ねられた葉。

小さな木箱に入った根。

いくつかの瓶に詰められた乾燥した花。


「薬草屋ですね」


アルが店を確認する。


「そうみたいね」


リアは露店に近づいた。

けれど、店の前に客はいない。

隣の露店には何人も客がいるというのに、そこだけが妙に静かだった。


「いらっしゃい……」


店主らしき女性が、控えめに声をかける。

年齢はリアとそう変わらないように見える。

長い髪を後ろでまとめ、服には土がついていた。

おそらく、自分で薬草を採取しているのだろう。


リアは並べられた薬草を見た。

そして、すぐに違和感を覚えた。


「……少し高いわね」


他の露店に並ぶ薬草と比べて、明らかに値段が高い。

同じ種類の薬草にもかかわらず、値段は倍近く違っていた。


リアは隣の露店の商品にも目を向ける。


「この薬草、どうしてこんなに高いの?」


リアが尋ねると、女性の表情が変わった。


「……安物と一緒にしないで」


先ほどまでの控えめな様子とは違う。


強い声だった。

リアは少し驚いた。

女性は並べられた薬草を指差す。


「こっちは、私が育てたものよ」


「育てた?」


「採取したものもあるけど、ほとんどは自分で管理している畑で育ててるの」


女性は隣の露店を見た。


「そこにある薬草は、誰でも採れる場所で採ったもの。私の薬草とは違う」


「でも、値段は倍近く違うわよ」


「品質が違うもの」


女性は迷いなく言い切った。


「土も、水も、育て方も違う。葉の状態を見れば分かるでしょう?」


リアは、改めて薬草を見た。

正直に言えば、薬草に詳しいわけではない。

しかし、葉の大きさや色が確かに違うように見えた。


王都の薬師たちが話題にしているという薬草。

もしかすると、こういうものなのだろうか。


「……それでも、売れていないのね」


リアが呟くと、女性の眉がぴくりと動いた。


「余計なお世話よ」


「ごめんなさい」


リアは素直に謝った。

だが、目は薬草から離れなかった。

商品が悪いとは思えない。

むしろ、価格に見合う価値がある可能性もある。


問題は――、その価値が客に伝わっていないことだ。


リアは露店の商品を見渡した。


アルが隣で小さく息を呑んだ。

リアがこういう顔をしている時は、何かを考え始めている時だ。


「もっと詳しく見せてもらってもいい?」


「……は? どうして?」


「気になるから」


リアは、まっすぐ女性を見た。

女性もしばらくリアを見つめた。

だが、やがて呆れたようにため息をつく。


「……変な人ね」


「よく言われるわ」


「褒めてないわよ」


「そうなの?」


「そうよ」


女性はそう言いながらも、薬草を一束手に取った。


「好きなだけ見てちょうだい」


リアは薬草を受け取った。


「ありがとう」


そして、じっと観察する。

葉の厚み、色艶、香り。


「……葉が肉厚ね」


女性の表情がわずかに変わった。


「香りも違う」


「……」


「乾燥させているのに、香りがしっかり残っているわ」


リアは薬草を指先で軽く撫でた。


「保存状態だけでは説明できない品質だわ」


女性が目を見開いた。


「……分かるの?」


「え?」


「薬草の違いが」


「素人目線だから詳しいことは分からないわ。でも、今までの露店で見せてもらった薬草とは全然違う気がするの」


リアは薬草を見つめた。


「でも、どうしてこんなに違うのかまでは分からない」


女性はしばらく黙っていた。


そして、初めてリアを真正面から見た。


「……セレス」


「え?」


「私の名前よ」


女性――セレスは、少しだけ目を細めた。


リアは微笑んだ。


「私はリア。ベルフォード領の代理領主よ」


「……」


セレスの顔が固まった。


市場の喧騒が、二人の間だけ遠くなったように感じられた。


「……代理領主?」


「ええ」


「あなたが?」


「そうよ」


セレスはリアを上から下まで見た。


「……ずいぶん変な領主ね」


「それもよく言われるわ」


リアは笑った。

そして、もう一度、セレスの薬草に目を向ける。


市場の片隅に、誰にも価値を理解されず、売れ残っている薬草。

けれど、リアはこれがただの売れ残りの薬草ではない気がした。


「そういえば、変な領主様みたいな変な人たちがこの間来たわね」


「変な人たち?どんな人たちなの?」


セレスの表情が変わった。


「王都から来たと言ってたよ。やたらと薬草について詳しかったわ。育て方も根掘り葉掘り聞かれたわね」


セレスは、少し不快そうに眉を寄せた。


「それなのに、薬草のことを聞くだけ聞いて、私には何も教えてくれなかった。どこで、誰が、何のために使うのかもね」


王都の薬師たちの間で話題になるほどの薬草。

もしかしたら、セレスの薬草かもしれない。


「実はね、我が領の薬草が王都の薬師の間で話題になっているらしいの。もしかしたら、あなたの薬草のことなのかもしれないわね」


セレスの表情が変わった。


「王都で、私の薬草が話題になっているの?」


「正確には、ベルフォード領産の薬草について、王都の薬師たちの間で話題になっているそうよ」


リアは、先日届いた手紙の内容を説明した。

セレスはしばらく黙っていた。


「……そんな話、初めて聞いたわ」


「そうなの?」


セレスは、少しだけ自嘲するように笑った。


「そもそも、私の薬草を知っている人自体、ほとんどいないわ」


リアは目を細めた。


「それは、おかしいわね」


「何が?」


「王都の薬師たちの間で話題になるほどの薬草があるのに、作っている本人は何も知らない」


リアはセレスを見つめた。


「それに、あなたの薬草は他のものとは明らかに品質が違う」


「……」


「あなたの薬草畑を見せてもらえないかしら?」


「……どうして?」


リアは少し考えてから答えた。


「あなたの薬草が、どうしてこんなに品質がいいのか知りたいの」


そして、リアは続けた。


「王都の薬師たちが、何に注目しているのかも知りたいわ」


セレスは呆れたようにリアを見た。


「普通、そこまで気にする?」


「気になるものは仕方ないわ」


リアはそう言って、楽しそうに笑った。


アルはその横顔を見つめた。

また始まった。

リア様が何かを見つけた時の顔だ。


そして、こうなったリア様は――。


「……リア様」


「何かしら?」


「くれぐれも、無茶はなさらないように」


リアはきょとんとした。


「まだ何もしていないわよ?」


アルは静かにため息をついた。

セレスは二人を見比べる。


「……あなた、苦労してるのね」


「ええ」


「ちょっと!」


リアの声が市場に響いた。


その日、ベルフォード領の市場で、ひとつの新しい出会いがあった。

誰にも見向きもされず売れ残っていた薬草と、誰にも知られていなかった才能。


そして――。

それを見つけてしまった、ひとりの小さな代理領主。


王都の薬師たちが注目していた薬草。

それを生み出していたのは、誰にも知られていなかったひとりの女性だった。


そして、その女性と出会ったのは、ひとりの小さな代理領主。


この出会いが、ベルフォード領に新たな産業を生み出すことになるとは、この時のリアは、まだ知らなかった。

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