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婚約破棄された元社畜令嬢は、終わったはずの領地で宝物を見つける  作者: 植早 凛
第2章 追放された元社畜令嬢、街道を再建する

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第19話 捕らえた盗賊

黒狼団の襲撃から一夜明けた。

捕らえられた盗賊たちは、領主館の地下牢へ収容されていた。

石造りの牢の中には6人。

皆、縄で拘束されたまま俯いている。


リアはレオン、アル、ガレスと共に牢の前へ立った。


「尋問を始めます。」


レオンが静かに告げる。


重い鉄格子が開いた。

盗賊たちは睨み返すこともなく、ただ床を見つめている。


リアは1人の男の前まで歩み寄る。

年齢は40代ほど。日に焼けた肌。

荒れた手には長年働いてきた跡が残っていた。


「名前を教えてください。」


男はしばらく黙っていたが、やがて諦めたように口を開く。


「……ロイド。」


「以前は何をしていましたか。」


男は少しだけ苦笑する。


「鉱夫だ。」


リアの表情が固まる。


「あの鉱山で?」


「ああ。あの鉱山で20年以上働いていた。」


リアは思わずアルを見る。

酒場で話を聞いた男たちと、同じだった。


リアは次の男へ視線を向けた。


「あなたは?」


「……農家だ。」


男は力なく答える。


「畑だけじゃ家族を食わせられなくなった。」


リアは胸が締め付けられる思いで、さらに隣の男を見る。


「あなたは?」


「俺も元鉱夫だ。」


「俺は荷運びをしていた。」


「俺は木こりだった。」


返ってくる答えは違っても、その声には同じ諦めが滲んでいた。

誰もが、この領地で真面目に働いてきた者たちだった。


リアは言葉を失う。


「皆……、ベルフォード領の人なの?」


牢の中は静まり返る。

やがて年配の男が小さく頷いた。


「そうだ。生まれも育ちも、この領地だ。」


その一言が、リアの胸へ重く突き刺さる。


「そんな……。」


リアは黒狼団を、外から来た盗賊集団だと思っていた。

だが違った。

目の前にいる男たちは、この領地で生まれ、この領地で暮らしてきた人々だったのだ。


アルも驚きを隠せない。


「まさか……全員がですか?」


男は乾いた笑みを浮かべる。


「俺たちは昔から知り合いだ。」


「鉱山があった頃は、一緒に働いていた。」


レオンは腕を組んだまま静かに尋ねる。


「黒狼団は、いつ結成した?」


男は少しだけ目を閉じる。


「……3年前だ。鉱山が閉まってからは、日雇いで食いつないでいた。だが、その仕事も次第になくなっていった。」


男はそれ以上語ろうとはしなかった。


リアは言葉を失う。

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


目の前にいるのは、生まれながらの悪人ではなかった。

この領地で懸命に生きてきた領民だった。


牢の中には重苦しい沈黙だけが流れていた。


リアは鉄格子越しに男たちを見つめる。


盗賊だから悪なのではない。

悪にならざるを得なかった理由があるのではないか。


リアは静かに拳を握る。


――本当に変えるべきものは、盗賊だけなのだろうか。



地下牢を後にしても、リアの胸には重苦しい思いが残っていた。


元鉱夫。 元農民。 元荷運び。 元木こり。

誰もがベルフォード領で真面目に働いてきた人たちだった。


「……信じられない。」


思わず漏れた言葉に、アルが静かに頷く。


「私も同じ気持ちです。」


リアは立ち止まり、小さく息を吐いた。


◇◇◇


翌日、リアは再び地下牢を訪れた。

鉄格子の前に立つと、ロイドがゆっくり顔を上げる。


「また来たのか。」


リアは真っ直ぐ男を見つめた。


「……何があったんですか。どうして、盗賊にならなければならなかったんですか。」


ロイドは苦く笑った。


「そんなに難しい話じゃねぇ。食えなくなった。それだけだ。」


リアは黙って耳を傾ける。


「鉱山が閉まってからは日雇いで食いつないでた。だが、その仕事も少しずつ減っていった。」


隣の男も口を開く。


「街道が荒れて、段々と商人が来なくなった。」


ロイドは目を伏せる。


「荷運びも護衛の仕事もなくなる。商隊がたまに来ても、俺たちには稼ぐ仕事が残ってなかった。金が稼げないから、明日食べるものも買えなかったんだよ。」


ロイドは苦しそうに話を続ける。


「商隊が来る日くらいは、領民なら自然と耳に入る。市場じゃ『明日は王都の商隊が来るらしい』なんて話はすぐ広まるからな。」


ロイドは苦く笑う。


「騎士団がどこを巡回してるかも同じだ。それで、ふと思ったんだ。この情報を組み合わせたら商隊から盗めるってな。」


「……誰かが情報を流していたわけじゃ、なかったのね。」


リアは黒狼団の後ろに黒幕がいると考えていた。

だが違った。

彼らは領民だったからこそ知っていた。

商隊のことも、騎士団のことも、この土地のことも。


「……そうだよ。」


リアは呆然とする。

だが、そんなリアに構わず、他の男たちもぽつりぽつりと言葉を重ねていく。


「畑で作っても商人が来ないなら売れない。」


「子どもにちゃんと毎日食わせてやりたいんだ」


「俺の子は病気なんだ。なのに、鉱山が閉鎖してから、今まで買えてた薬が買えなくなった。」


ロイドは拳を握り締める。


「こんなこと本当はやりたくなかった。だが、家に帰れば腹を空かせた子どもが待ってる。何日も何も食わせられない日もあった。……親なら、何でもする。」


牢の中は静まり返る。


「頼む。家族は何も知らないんだ。罰するのは俺だけにしてくれ。家族は見逃してくれ。」


領主代理として情だけで罪を許すことはできない。

それでも、目の前の男たちをただの悪人とも思えなかった。


リアは一つだけ、どうしても確認したかったことを口にした。


「……あの橋は、どうして壊したの?」


ロイドは少しだけ目を閉じ、やがて静かに答えた。


「俺たちも馬鹿じゃない。橋が完成したら、騎士団も商隊も今までより早く動ける。もう今までみたいな襲撃はできなくなるって分かってた。」


ロイドは自嘲気味に笑う。


「……だから、直される前に壊そうとした。」


リアは黙って続きを待つ。


「分かってたさ。橋を壊せば、この領地はもっと苦しくなるってことくらい。」


ロイドは拳を強く握る。


「……でも、その頃の俺たちは明日の飯もなかった。半年後、1年後のことなんか考えられなかったんだ。」


リアは言葉を失う。


「今日、子どもに食わせるためなら、明日がどうなろうと構わない……。そんなところまで追い詰められてた。」


ロイドは力なく笑った。


「馬鹿だったよ。」


リアはしばらく返事ができなかった。


「……話してくれてありがとう。」


リアは絞り出すように伝えると地下牢を出た。

歩きながらも考え続けていた。


街道が壊れる。

商人が来なくなる。

仕事が減る。

生活が苦しくなる。

そして盗賊が生まれる。

盗賊が出るから、さらに商人が来なくなる。

そして、その悪循環の中で、また新たな盗賊が生まれる。


「……悪循環だ。」


リアは小さく呟いた。

アルも頷く。


「はい。盗賊が原因なのではありません。盗賊もまた、この悪循環の中で生まれた被害者なのかもしれません。」


リアは空を見上げる。


「橋を直すだけじゃ足りない。領地そのものを立て直さないと、この問題は終わらない。」


静かだった瞳に、再び強い光が宿る。


「本当に変えるべきなのは、盗賊じゃない。この領地を苦しめ続けている仕組み、そのものなんだ。」


リアはゆっくりと歩き出した。


まずは、この悪循環を断ち切る。

そう心に誓いながら。

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