第18話 黒狼団
領主館での会議から数日後。
ベルフォード領では、街道の応急復旧工事が始まろうとしていた。
朝早くから、崩れた橋の前には多くの領民が集まっていた。
元鉱夫や元農民、日雇い仕事を探していた若者たちだ。
その表情には緊張と期待が入り混じっていた。
リアは集まった領民たちの前へ立つ。
「今日は集まっていただき、ありがとうございます。」
静まり返る現場。
リアは一人ひとりの顔を見渡した。
「最初から難しい仕事をお願いするつもりはありません。」
近くに立つ職人へ視線を向ける。
「危険な作業や橋の組み立ては職人さんたちが担当します。皆さんには、木材の運搬や整地など、橋づくりを支える仕事をお願いしたいんです。」
領民たちは顔を見合わせた。
「もちろん、働いた分のお給金はお支払いします。」
その一言で空気が変わる。
ざわり、と人々がざわめいた。
「本当に……給金が出るのか?」
1人の若者が、信じられないというように呟いた。
リアはその若者を見つめながら、はっきりと頷いた。
「ええ。」
リアは力強く頷く。
「働いてくださった分は、必ずお支払いします。」
その言葉に、年配の男性が帽子を握り締めた。
「……ありがとうございます。」
その声は震えていた。
◇◇◇
工事が始まる。
職人の指示の下、領民たちは慣れないながらも懸命に働いていた。
「そっちの丸太を運んでくれ!」
「土はこっちだ!」
「気を付けろ! 足元が崩れるぞ!」
現場には、ベルフォード領では久しく失われていた活気が戻っていた。
リアも現場を歩き回る。
汗を流しながら働く若者。
笑顔で木材を運ぶ親子。
休憩中に談笑する元鉱夫たち。
ほんの数日前まで酒場で肩を落としていた人々とは思えなかった。
アルもその様子を見つめながら微笑む。
「皆さん、生き生きしていますね。」
リアも嬉しそうに頷いた。
「やっぱり働きたかったのよ。」
昼過ぎ、作業はいったん休憩となった。
ガレスが小さな袋を持って現れる。
「本日分の賃金です。」
働いた者たちへ、銅貨が一人ずつ手渡されていく。
受け取った若者は、しばらく銅貨を見つめていた。
「……俺、自分で稼いだ金を貰うの、何か月ぶりだろう。」
隣の男が笑う。
「俺は半月ぶりだ。」
「今日は子どもに肉を買って帰れる。」
そんな会話があちこちから聞こえてくる。
リアは少し離れた場所から、その様子を見つめていた。
胸の奥が温かくなる。
これでいい。
これが、私のやりたかったことだ。
ベルフォード領は、確かに変わり始めていた。
そう思った、その時だった。
――ヒュンッ!
風を切る鋭い音と共に、一本の矢が、橋の木材へ深々と突き刺さった。
「……!」
現場が凍り付く。
続いて、森の奥から怒号が響いた。
「襲撃だ!!」
誰かの悲鳴にも似た叫びが響いた。
黒い外套をまとった男たちが、一斉に橋へ向かって駆け下りてくる。
剣を抜く者。
斧を振り上げる者。
弓を構える者。
それぞれ武器を手にし、作業員たちへ襲い掛かった。
「きゃあああ!」
「逃げろ!」
「盗賊だ!」
一瞬で工事現場は大混乱となる。
木材が倒れ、人々が逃げ惑う。
逃げ遅れた若者が棍棒で殴られ、その場へ倒れ込んだ。
「ぐあっ!」
リアは目を見開く。
「負傷者がいるわ!」
アルが叫ぶ。
「リア様! 下がってください!」
しかしリアは逃げなかった。
倒れた青年へ駆け寄ろうとした、その時――。
森の奥から、低く響く男の声が聞こえた。
「橋を作らせるな。」
「全部壊せ。」
男たちの胸元には、黒い狼を模した紋章が刻まれていた。
――ベルフォード領最大の盗賊団、《黒狼団》。
彼らが、一斉に襲い掛かった。
領民たちは逃げ惑い、悲鳴が工事現場に響き渡った。
「た、助けてくれ!」
「逃げろ!」
木材が倒れ、工具が散乱する。
リアは倒れた青年へ駆け寄った。
「しっかりして!」
青年の額から血が流れていた。
「アル! 止血を!」
「はい!」
アルはすぐに布を取り出し、傷口を押さえる。
リアは周囲を見渡した。
「歩ける人は橋から離れて!怪我人はこっちへ運んで!」
突然の指示に領民たちは一瞬戸惑う。
だが、リアの真剣な表情に押されるように動き始めた。
「こっちだ!」
「この人も運べ!」
混乱の中でも、少しずつ避難が始まった。
だが、黒狼団の勢いは凄まじかった。
次々と領民が襲われ、現場には悲鳴が響く。
「やめろっ!」
「誰か……、助けてくれ!」
盗賊が剣を振り上げた、その瞬間――。
キィン!!
「騎士団だ!」
誰かが叫ぶ。
「レオン…!」
先頭を駆けるのはレオンだった。
その後ろには騎士団が続き、馬の蹄が大地を揺らす。
ドドドドドッ――!
砂煙を上げながら、一団の騎馬が街道を駆け抜けてくる。
「全隊、突撃!盗賊どもを橋へ近付けるな!」
「はっ!」
騎士たちが一斉に散開する。
黒狼団も武器を構えた。
「騎士団だ!」
「構うな! 押し切れ!」
次の瞬間。
キィン!!
鋭い金属音が鳴り響く。
レオンの剣が、一人目の盗賊の剣を弾き飛ばした。
「ぐっ!」
怯んだ隙を逃さず、返す刃で腹を打ち据える。
盗賊は悲鳴を上げる間もなく地面へ崩れ落ちた。
間髪入れず二人目。
横薙ぎの斧を紙一重でかわし、柄を踏み付ける。
体勢を崩した盗賊の喉元へ剣先を突き付けた。
「武器を捨てろ。」
盗賊は青ざめ、武器を落とす。
リアは思わず息を呑んだ。
速い……。
無駄が一切ない。
まるで剣術の教本を見るような戦いだった。
レオンの号令に合わせ、騎士団も無駄なく陣形を組み替える。
「逃がすな!左を囲め!」
黒狼団は次第に押され始めた。
「ちっ!引け!」
盗賊の一人が叫ぶ。
しかし、その退路へレオンが立ちはだかる。
「逃がさない。」
一閃。鋼が風を裂いた。
盗賊の剣が宙を舞う。
「まだ続けるか?」
静かな声。
だが、その迫力だけで盗賊は膝をついた。
「ま、参った……。」
次々と縄で拘束されていく黒狼団。
それでも数人は森へ逃げ込んでいった。
「深追いはするな!」
レオンが騎士団へ命じる。
「負傷者を優先しろ! 逃走した者は後で追う!」
「はっ!」
戦闘は終わった。
静けさが戻る。
リアは安堵しながら負傷者のもとへ駆け寄った。
「こちらへ!」
「傷の深い人から運んで!」
騎士たちも救護を手伝い始める。
レオンは拘束された盗賊たちを見つめた。
「人数を確認しろ。」
部下が報告する。
「捕縛6名。逃走4名です。」
レオンは静かに頷いた。
「尋問の準備を。」
縄で縛られた盗賊たちは、悔しそうに俯いていた。
リアはその姿を見つめながら、胸を撫で下ろした。
間に合った……。
もしレオンたちが来るのが少しでも遅れていたら、もっと多くの領民が傷付いていたかもしれない。
リアは改めて思う。
騎士団長レオン。
彼は、この領地を守る剣なのだ。
そして、自分は領地を未来へ導く者でありたい。
黒狼団――。
どうして橋を壊そうとしたの……。
その答えは、まだ誰も知らない。




