第17話 領民の声
街道の応急修理という方針は決まった。
だが、新たな問題が浮かび上がる。
「橋を直す人手はどうしますか?」
執務室でアルが静かに尋ねた。
リアは言葉に詰まる。
木材は何とかなる。 羊毛を売る目処も立った。
だが、橋を直す職人や作業員が必要だった。
「どこかへ依頼する?」
アルが首を振る。
「他領から職人を呼べば、それだけ費用がかかります。」
さらにレオンも言葉を続ける。
「警備をしながら工事まで担うとなると、騎士団だけでは手が回りません。」
また、お金の問題だった。
考え込むリアへ、アルが静かに言った。
「……一度、街へ出てみませんか。」
「街?」
「気分転換は大事ですよ。それに意外な閃きもあるかもしれませんし。」
その言葉にリアは少しだけ笑う。
「そうね。数字ばかり見ていても答えは出ないわよね。」
数時間後、リアたちは身分を隠すことなく市場近くの酒場を訪れていた。
昼間ということもあり、酒を飲む者は少ない。
代わりに、仕事を探して集まった男たちが何人も座っていた。
しかし誰も仕事へ向かう様子はない。
重苦しい空気だけが流れていた。
リアは一人の年配の男性へ声を掛けた。
「こんにちは。」
男は驚いたように顔を上げる。
「だ、代理領主様……?」
周囲の視線も一斉に集まった。
「少し、お話を聞かせてもらえませんか。」
男は戸惑いながら頷いた。
「俺は昔、鉱山で働いていました。」
「閉山してからは?」
「日雇いですよ。」
男は苦く笑う。
「まあ、その日雇いも今はほとんどありませんが。」
別の青年も話に加わる。
「俺も鉱山です。」
「俺は農家だった。」
「親父の畑だけじゃ食えなくて。」
「仕事がないんです。」
誰も同じことを口にする。
仕事がない。働きたくても働けない。
リアは尋ねる。
「街の仕事は?」
男は苦笑した。
「朝早くから並びます。運が良ければ雇われる。運が悪ければ、そのまま帰る感じですね。」
青年も肩を落とす。
「10人募集に50人集まる日もあります。仕事の取り合いですよ。」
「そんなに……。」
リアは思わず息を呑む。
「仕事が足りていなかったの?」
リアは想像以上の現実に驚きを隠せない。
「ええ。鉱山が無くなってからは、鉱山関係者も流れてきましたからね。仕方ないんですよ。」
リアは言葉を失う。
「今は朝早くから並んで、仕事を待つだけです。昼まで待って声が掛からなければ帰る。そして翌日、また並ぶ。……その繰り返しですよ。」
酒場の中には若者も多い。
働き盛りの年代ばかりだった。
それでも皆、時間だけを持て余している。
◇◇◇
帰り道、リアは黙ったまま街を歩いていた。
市場、広場、街角。
昼間なのに、大勢の若者が座り込んでいる。
決して怠けているわけではない。
働く場所がないのだ。
アルが静かに言う。
「皆さん、仕事が欲しいのでしょうね。」
リアは立ち止まる。
その言葉が胸の中で繰り返される。
仕事が欲しい。働きたい。
橋を直したい。人手がない。
その四つが、頭の中でゆっくり繋がっていく。
「……そうか。」
リアは小さく呟いた。
アルが振り返る。
「どうされました?」
リアは街を見渡した。
「人手がないんじゃない。働く場所がないだけだったのね。」
アルはその言葉にハッとする。
「……!」
リアは静かに微笑んだ。
「働きたい人は、こんなにもいるのよ。」
リアの頭の中で、一つの計画が静かに形になり始めていた。
◇◇◇
酒場で領民たちの話を聞いた翌日、ベルフォード領主館の会議室には、重苦しい空気が流れていた。
机を囲むのは、リア、アル、レオン、ガレス、そして数名の文官たち。
部屋の一番奥では、領主である父が静かに会議を見守っていた。
今日は街道の修復の方法を話し合うための会議だった。
誰も口を開かない。
やがてリアは静かに立ち上がる。
「皆さんに提案があります。」
視線が一斉に集まった。
「失業した領民を雇いましょう。」
部屋の空気が止まる。
「……失業者を?」
一人の文官が思わず聞き返した。
リアは頷く。
「昨日、街で話を聞きました。
働きたい人はたくさんいます。
仕事がないだけなんです。」
リアは机の上へ地図を広げた。
「最初から大きな橋を造る必要はありません。まずは荷馬車一台が安全に通れる応急復旧を目指します。」
アルが静かに頷く。
「羊毛を運ぶためですね。」
「そうよ。」
リアは微笑む。
「羊毛が売れれば、お金が入る。その利益で本格的な橋の修復を進めればいいんです。」
文官たちも顔を見合わせた。
しかし、すぐに反対の声が上がる。
「お待ちください。」
年配の文官が口を開く。
「失業者に橋の工事など務まるのでしょうか。それに、事故でも起きれば責任は誰が負うのです。」
リアは静かに聞いていた。
別の文官も続ける。
「人件費も必要になります。今の財政では、とても余裕はありません。」
会議室の空気が再び重くなる。
今度はレオンが口を開いた。
「私も懸念があります。」
リアは頷く。
「聞かせて。」
「橋の工事は危険です。」
「経験のない者を現場へ入れれば、怪我人が出る可能性があります。」
騎士団長として当然の意見だった。
リアも否定しない。
「その通りね。」
さらにガレスも静かに言う。
「私も慎重に進めるべきかと。」
リアは少し驚いた。
ガレスは続ける。
「考え方は素晴らしいと思います。ですが、羊毛が売れるまでの運転資金も必要です。」
ガレスに続き、文官達からも厳しい言葉が続く。
「領民が本当に集まる保証はありませんよ。」
「途中で辞める者が出るかもしれません。」
「最悪の場合、橋が完成しないのでは?完成しなければ、羊毛も売れないでしょう。」
現実的な意見に会議室は静まり返る。
誰の言葉も正しい。
リアも、それは十分理解していた。
だからこそ、一人一人の顔を見渡してから口を開く。
「皆さんの心配はもっともです。だから職人を雇います。」
文官たちが顔を上げる。
「え?」
「橋の設計や危険な作業は職人に任せます。領民には土運びや木材の運搬、整地など、未経験でもできる仕事を担ってもらいます。」
アルが小さく頷く。
「なるほど……。それなら、全部を職人だけでやるより、人件費はずっと抑えられますね。今の財政でも何とかできるはずです。」
リアは続ける。
「ええ。これなら、領民には仕事が生まれる。橋も直る。そして羊毛も売れる。」
リアは一呼吸置いて言う。
「1つの仕事で、3つの問題を解決できるんです。」
再び静寂が訪れる。
誰も反論できなかった。
リアはゆっくりと皆を見回した。
「もちろん簡単じゃありません。失敗するかもしれない。」
リアは一瞬俯く。
だが、覚悟を決め前を向く。
「でも、何もしなければベルフォード領は何も変わりません。」
その言葉は静かだったが、強い意志が込められていた。
最初に口を開いたのはガレスだった。
「……承知いたしました。」
ゆっくりと頭を下げる。
「代理領主様がお決めになったことです。私は全力で支えます。」
アルも微笑む。
「私も協力いたします。」
レオンだけは腕を組んだままだった。
「私はまだ不安があります。ですが……。」
リアを見つめる。
「決定された以上、騎士団は工事の警備に当たりましょう。」
リアは静かに笑った。
「ありがとう。」
そして、最後にこの会議で初めて父が口を開いた。
「リアよ、何か起きた時の責任は私が取ろう。代理領主として、お前の思うがままにやってみなさい。」
――許可がおりた!
「ありがとうございます!」
リアは父に頭を下げる。
◇◇◇
会議が終わり、窓の外を見た。
街には今日も仕事を待つ人々がいる。
リアは小さく呟いた。
「今度は、私が仕事を作る。」
リアは広場で仕事を待つ人々を見つめた。
「必ず、この領地をもう一度動かしてみせる。」




