第14話 現地視察
翌朝、ベルフォード領の空は薄い雲に覆われていた。
領主館を出た一行は、街道へと向かっていた。
リア、レオン、アル、そしてガレス。
レオンはリア達に話しかける。
「今日は北街道をご案内します。一番被害が多い場所です。」
リアは静かに頷く。
「ええ。ちゃんと自分の目で見ておきたいの。」
本来であれば、代理領主が自ら街道へ出ることは少ない。
だが今回は違った。
帳簿だけでは見えないものがある。
それを確かめるための視察だった。
「思ったより寒いですね」
アルが呟く。
「山沿いだからね」
リアは前を見据えたまま答えた。
その隣を歩くレオンは、周囲を警戒するように視線を動かしている。
騎士団長としての癖だろう。
そしてその後ろを歩くガレスは、終始言葉少なだった。
◇◇◇
しばらく進むと、道の様子が明らかに変わった。
道の脇には伸び放題の草。
荷車なら避けられないほど生い茂っている。
所々には古い車輪の破片も落ちていた。
さらに、舗装は崩れ、馬車の轍が深く刻まれている。
「これは……ひどいわね」
リアが足を止める。
レオンが静かに頷いた。
「ここは特に酷い場所です」
彼は地面を指差す。
「本来であれば、騎士団が定期的に補修と巡回を行っているはずでした」
「はず?」
リアが問い返す。
レオンは一瞬だけ言葉を選ぶように間を置いた。
「予算申請は、ずっと出していました」
その言葉に、リアは横目でガレスを見る。
ガレスは何も言わなかった。
ただ、視線を落としたまま、静かに歩いている。
「通らなかったのね」
リアの声は静かだった。
「……はい」
ガレスは短く答えた。
その声には、いつもの落ち着きはなかった。
さらに進むと、前方に大きな橋が見えた。
しかしそれは“橋”とは呼べない状態だった。
木材は腐り、一部は崩落している。
川の流れの上に、かろうじて残骸が架かっているだけだった。
その姿はまるで時間に見捨てられたようなものだった。
リアは恐る恐る橋へ足を乗せる。
ギシ…。木材が嫌な音を立てる。
レオンがすぐ腕を伸ばす。
「これ以上は危険です」
レオンは慌ててリアを止める。
リアはその場に立ち尽くした。
「これで商人が来いっていう方が無理よ」
思わず本音が漏れる。
「昔は違いました。この橋は子どもたちが走り回り、荷馬車が何台通っても揺るがないほど丈夫だったんです。」
ガレスの言葉に驚く。
「そんなに丈夫だったの?」
「ええ。修復の予算は何度も申請されました。ですが……私には、どうすることもできませんでした。」
ガレスは言葉を濁す。
「…後悔よりも、これからのことを考えましょう。」
リアは自分に言い聞かせるように呟く。
◇◇◇
橋の周辺を調べていると、レオンがしゃがみ込んだ。
「これは……」
彼は地面に残る跡を指差す。
足跡。 そして馬車の轍のようなもの。
だが、それだけではない。
刃物で削られた木材の痕跡。
意図的に壊された形跡があった。
「誰かが壊している?」
リアが呟く。
レオンの表情が険しくなる。
「ええ。自然劣化ではありません。人為的です」
その言葉に、空気が一気に重くなる。
◇◇◇
その時、ガレスが初めて口を開いた。
「……黒狼団の仕業でしょう」
リアは振り返る。
「やっぱり、あなたもそう思うのね」
ガレスは小さく頷いた。
「奴らはここをよく使っていました」
「商人の荷を襲うために」
レオンが鋭い視線を向ける。
「つまり……自然に壊れたのではない。何者かが通れなくした、ということか。」
ガレスは答えない。
ただ、それは否定ではなかった。
◇◇◇
その後も一行は街道を進んだ。
壊れた柵。 崩れた道。 ところどころに残る不自然な焼け跡。
そして時折、レオンが立ち止まり、警戒する場面が増えた。
「ここは最近も使われています」
彼の声は低かった。
「盗賊の痕跡です」
リアの胸が強く締め付けられる。
◇◇◇
夕方近く、一行は街道の途中で足を止めた。
風が強くなっていた。
リアは遠くを見つめる。
「これが現実なのね」
呟くような声。
誰もすぐには答えなかった。
やがてガレスが小さく口を開く。
「……申し訳ございません」
その言葉は、これまでよりもずっと重かった。
リアはすぐには返せなかった。
怒りではない。
責める気持ちでもない。
ただ――理解してしまった。
この崩れた街道の現実を。
そして、それを見えない場所で放置していた自分たちのことを。
◇◇◇
帰路につく頃には、空は橙色に染まっていた。
リアは一歩遅れて歩いていた。
前を行くレオンとアル。
そして、そのさらに後ろを歩くガレス。
三人の背中を見ながら、リアは静かに思う。
帳簿だけでは、この領地は救えない。
歩いて、見て、聞いて。
そうして初めて、本当のベルフォード領が見えてくる。
「全部、この目で確かめる。」
夕日に染まる街道をまっすぐ見つめながら、リアは静かに誓った。




