第13話 商人が来ない理由
領主館は相変わらず慌ただしかったが、その中でもリアは一つのことを気にしていた。
――羊毛が、王都に届いていない。
帳簿の数字と現実が噛み合わない違和感。
それは日を追うごとに、静かに形を持ちはじめていた。
「机の上だけじゃ、分からないわね」
リアは資料を閉じると、静かに立ち上がった。
「アル。少し外に出るわ」
「どちらへ?」
「商人たちのところ」
アルは一瞬だけ目を瞬いたが、すぐに頷いた。
「では、レオン団長へ護衛を依頼しておきます。念のため、私も同行いたします」
「そんな、大袈裟よ」
「リア様の代わりはいませんので。大袈裟なくらいがちょうどいいです。」
◇◇◇
リア達はベルフォード領の市場へやって来た。
市場には人の姿はあった。
野菜を並べる老婆。
籠いっぱいの羊毛を運ぶ少年。
行き交う人々の声も聞こえる。
それでも、どこか静かだった。
空いた露店。
客を待ちながら座り込む商人。
「……前より人が少ないわね。」
「ええ。」
アルも静かに周囲を見回した。
リアは市場の一角にある商人宿を訪れていた。
領外から来る商人が滞在する場所。
ここなら何かしらの話が聞けそうだ。
「……リア様?」
宿の主人が驚いた声を上げる。
その声に宿屋にいた客もリアを見つめる。
「忙しいところにごめんなさい。少しお話を伺ってもいいかしら」
「そりゃもちろん……。ですが、こんな場所まで」
「大丈夫。仕事の一環よ」
リアは穏やかに微笑んだ。
その後ろでアルとレオンが静かに立っている。
◇◇◇
最初に話を聞いたのは、小麦を扱う商人だった。
「ベルフォード産の小麦は悪くないです。むしろ質はいい」
「それなのに、なぜ取引を?」
リアの問いに、商人は顔をしかめた。
「道ですよ」
「道?」
「街道がひどすぎるんですよ。車輪はすぐ壊れるし、スピードも出せないし、おまけに盗賊まで出る。商人にとっては悪夢ですわ。」
「街道が悪いだけで、そこまで変わるものなの?」
商人は肩をすくめる。
「例えば車輪一本壊れるだけでも修理代は馬鹿にならない。荷物が遅れれば信用を失う。盗賊に襲われれば全部終わりです。それが一度や二度じゃありません。」
その言葉に、リアは息を呑んだ。
だが、商人は構わず続ける。
「かといって、護衛を雇えば赤字になる。――利益が出ないんですよ。そして、商売は利益が出なきゃ続きません。」
リアは言葉に詰まる。
「それでも去年まではまだマシでした」
「去年までは?」
「例の盗賊が出るようになってからですよ」
リアの視線が鋭くなる。
「例の盗賊……?」
◇◇◇
別の商人達にも話を聞いた。
薬草を扱う行商人。 木材を運ぶ輸送商。
誰もが同じことを言った。
「街道が危険すぎる」
「護衛費が高すぎる」
「商売にならない」
そして、その中で必ず出てくる名前があった。
「黒い旗の連中が……、黒狼団が出るんですよ。」
リアの手が止まる。
「黒狼団?」
初めて聞く名前だった。
商人は顔をしかめる。
「この辺り一帯を荒らしている盗賊団ですよ。しかも、普通の盗賊とは違うんです。荷だけ奪い、無駄な殺しはしない。だから余計に厄介なんですよ。」
「殺さない盗賊団…?」
「商人同士じゃ有名ですよ。しかも、組織的で、護衛が対応しにくい場所を狙って襲ってくるんです」
アルが驚いたように息を吸い込む。
その横顔を見ながら、リアは小さく首を傾げた。
「……つまり偶然ではない、と」
商人は頷いた。
「ええ。狙われてるんですよ、この街道は」
◇◇◇
夜、宿に戻ったリアは、机にレオンと共に地図を広げていた。
街道の線が赤く引かれている。
そして、そのほとんどが“黒狼団の出没区域”と重なっていた。
「偶然じゃないわね……」
リアは呟きながら、指で線をなぞる。
「黒狼団……。何度か交戦したことがあります。」
レオンが腕を組んだ。
「ですが奴らは姿を見せてもすぐ森へ消える。騎士団でも何度か追いました。しかし、捕まえられませんでした。」
その言葉を聞いたアルが静かに言う。
「でも、これで商人が来ない理由は明確になりましたね」
「ええ」
リアは地図を見つめたまま答えた。
「でも、問題はそこじゃない」
「……はい?」
リアは顔を上げる。
その目はすでに次の問題を見ていた。
「誰が、この状況を作ったのか」
アルは驚いたようにリアを見つめる。
「黒狼団には……、裏に誰かいると?」
「……分からないわ。でも、普通の盗賊団とは思えない。」
リアは地図へ視線を落とした。
「商人が通る日も、護衛の薄い場所も知っている。まるで、最初から全部分かっているみたいに……。」
リアは視線を落とす。
◇◇◇
外では夜風が吹いていた。
市場の灯りはすでに消えかけている。
だがリアの頭の中だけは、静かに騒がしくなっていた。
羊毛が届かない理由。 商人が離れた理由。 街道が荒れた理由。 そして黒狼団。
疑問は次々に増えている。
だが――。
その裏に、まだ何かがある気がしてならなかった。
「まだ終わりじゃないわ」
リアは小さく呟いた。
その声は、夜に溶けて消えた。




