第二十話 自縛の檻、光の解徴
「その通りだ、ラグナよ。だが、それを知ってどうするのだ?お前がセイをこの世に、この輪廻に縛りつけた事には、変わりはないだろう?」
ランバードの言葉が洞窟に落ちた瞬間、空気そのものが沈黙した。湿った岩壁に影が広がり、黒い霧がゆっくりと天井を這い、まるで洞窟全体が呼吸を止めたかのようだ。
私の胸を締めつけるように漂うその闇は、触れれば皮膚が凍りつき、奥底から感情をえぐり出すような、古い憎悪の気配を含んでいた。
「私が……セイを縛り付けている……」
セイの灯火だけが、その圧に抗うように、私を導くように淡く揺れていた。白い光が岩肌に反射し、わずかな温もりを生んでいる。
しかし闇はそのたびに波打ち、まるで光を飲み込もうとするかのように足元へまとわりついてくるのだ。
洞窟の奥底から吹き抜ける風が、湿り気を帯びて頬をなでる。その風は、何百年も前に雪原で絶命した少年――かつてのセイの断末魔を運んできたかのように冷たく、私の鼓動を無理やり凍りつかせようとしていた。岩肌を伝う水の滴りさえも、今は静寂を鋭く穿つ秒針の音のように響き、私を追い詰めていく。
灯火と闇が触れ合うたび、微かな音が弾け、洞窟の空気がさらに張りつめていく。
セイが触れた指先に触れる場所だけが温かかった。灯火の光はかすかに震えながらも、闇に溶けず、私の鼓動と共鳴するように明滅する。その光が、かろうじて私をこの闇の底から繋ぎ止めていた。
(私が、セイの人生を奪っているのか?終わりのない円環の中に、私のエゴが彼を閉じ込めているというのか?)
青白い光苔が、語られる残酷な真実を嘲笑うかのように不気味に瞬く。ランバードの影が、洞窟の壁一面に巨大な怪物となって投影され、私を見下ろしていた。
「そんなことないよ、ラグナ!」
私の問に答えるように、苦し気な顔をしながらもセイは叫んだ。その声は、絶望の泥濘に沈みかけていた私の魂を、力強く地上へと引き戻す。
「ラグナは言ったでしょ。僕の人生は、僕だけのモノだって。だから、今僕がここにいるのは、僕の意志だよ。僕はラグナを愛していて、ラグナの側に居たいからここにいる」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが確かに音を立てて崩れた。
幾星霜もの間私の心臓を縛り、拍動のたびに肉を削いできた漆黒の鉄鎖が、火花を散らして砕け散っていく。
「セイ、私もお前を愛している。共に生きていく未来が欲しい。もうお前を手放すのはごめんだ」
セイが私を愛してくれた。私という怪物を、一人の男として選び、共に居たいと思ってくれた。その純然たる事実は、私の中に広がり、濁った闇を塗り潰す黄金の灯となって、呪いを根底から打ち消していく。
セイの灯火が、洞窟いっぱいに大輪の花が咲くように光り始める。その光は鋭く闇を切り裂くものではなく、すべてを慈しむように優しく、ただ静かに周りを満たしていく。空気の一粒一粒が、その聖なる輝きを吸い込んで、洞窟全体が宝石の内部のように変貌していった。
「馬鹿な、完全覚醒だと?!」
ランバードの驚愕に満ちた声が、光の奔流にかき消されていく。
灯火の完全覚醒。発動条件は灯火と守りの対象者がお互いに愛し合い、心を通わせ、お互いを守りたいと強く願う事──。
これまでの後悔も、血に塗れた過去も、すべてはこの一瞬の邂逅のためにあったのかもしれない。
灯火の光が私達を優しく包む。
セイの身体は震えていたが、その瞳にはもはや微塵の恐怖もなく、とても穏やかに微笑んでいる。その微笑みは聖母のようだと、私は思った。
「ラグナ、もう大丈夫。あなたは僕が救うから」
その瞬間、灯火は数千年の眠りから完全に目を覚ました。
聖なる光が洞窟全体を白銀の輝きで包み込んで、私の呪いが溶けていく。
身を焼くような激しい痛みと共に、──ついにその核を失ったのを感じたのだ。




