第十九話 愛の檻、宿命の解徴
洞窟の空気が、ぴりりと張り詰めた。岩肌を伝う地下水の滴りさえも、凍りついた静寂を打ち破る鋭い礫のように響く。青白い光苔が、語られる真実の重みに耐えかねるように激しく明滅し、壁面に映る私たちの影を異形のものへと歪めていた。
「お前がかけた呪いは、単に愛する者ができない呪いではない」
その言葉に答えるように、私の胸が鋭く脈打つ。肋骨の裏側で、長年私を縛り続けてきた黒い鎖が、毒を孕んだ蛇のように鎌首をもたげ始める。
「正確にはこうだ。お前は死んだ灯火に向けて願った。セイ以外を愛せない……とな」
その言葉が洞窟の石壁に染み込むように広がり、地を這うようなランバードの声が、暗闇の奥底から無数の触手となって私の理性を搦め取っていく。
(セイ、以外を……?)
「お前の呪いの核は、憎しみでも絶望でもない。愛だ。お前は灯火への愛を、そのまま呪いの核にした。だから他の人間の血は毒になる。お前の身体が、セイ以外を拒絶するように出来ているんだよ」
胸の奥で、ばきりと何かが割れる音がした。
そうだ──。
私は呪いをかけた時、ただ苦しみたかったわけではない。
降り積もる雪の中、温もりを失っていく小さな指先。セイを失った痛みが大きすぎて、いつか時がこの傷を癒やし、他の誰かをセイの代わりにしてしまうことが怖かったのだ。セイをセイのまま、愛し続けたかった。だから私は自分を縛り、他の誰も愛せないようにした。他の誰かの血も受け付けないようにしたのだ。そして、呪いが進行し、そのことを忘れていた。
(呪いは最初から、セイへの愛そのものだったのだのか……)
洞窟の奥から吹き抜ける冷たい風が、私の頬を切り裂く。私にとって、その真実は残酷で……、あまりに愛おしい真実だった。
「セイの血だけが平気な理由が分かるか?ラグナ。それは呪いの例外などではない。お前の呪いがセイへの愛を核としているから、セイだけがその呪いに触れても毒にならない。むしろ、セイの存在こそが呪いの中心にあるのだ」
私は、何も言えなかった。セイへの想いを自覚する度に、喉が焼けるほど何かが込み上げてくる。
(私は……、ずっとセイを想っていたのか。あの夜から、ずっと)
どれほど孤独な夜を過ごしても、心の奥でずっとセイを求めていたのだ。呪いという形、苦しみという形をして。それが、私の愛の在り方だったのだ。
「だから私は言う、ラグナ。お前の呪いは、セイが死ねば完全に砕ける。セイが生き続ける限り、呪いは永遠にお前を縛り続けるだろう」
その言葉にセイが小さく呟いて、息を呑んだ。
「……そんな」
「面白い話だろう?ラグナはセイに救われているようでいて、実はセイが存在するかぎり、呪いの核は消えない。セイさえいなければ、ラグナは自由になれるのだ」
「ラグナ、そんなことない!絶対に!」
セイが反抗するように叫んだ。その声は震えていたが、闇を切り裂くようにまっすぐランバードへ突き進む。
「ランバード、お前の言い方は間違ってる。僕が死ねばいいなら、なんでラグナを殺そうとしたの?!僕を庇ったから?それだけじゃないよね?」
私はセイの声に胸を突かれ、凍りついた思考の表層が剥がれ落ち、ランバードの言葉の歪みに気づく。
(確かに、そうだな。ランバードは、俺も狙っていた……)
「ランバード。お前は嘘をついているだろう?」
「……何?」
「呪いの解呪条件を、わざと歪めて言っている」
その沈黙が、答えだった。洞窟の闇が、彼の動揺を隠すようにさらに深く渦巻く。
「灯火が覚醒する条件は、愛の成就だ。呪いがセイへの愛を核としているなら……、セイが死んで呪いが消えるのではなく、その愛が正しく完成した時に呪いは解ける。違うか?」
ランバードは答えなかった。だがその表情が、かすかに歪んだのが答えだった。




