第十八話 選ばれざる者の独白
「私が、セイをこの輪廻に引き寄せた?」
声が震えて喉が焼ける。胸の奥で何かが割れるように痛み、その亀裂から冷たい後悔が溢れ出し、指先まで凍りつかせていくようだった。
「その通りだ、ラグナよ」
洞窟の天井から滴り落ちる水の音が、静寂を鋭く穿つ。
闇だけが満ちていく沈黙の中で、ランバードはゆっくりと私の方へ顔を向けた。その表情は、いつもの嘲りとは少しだけ違っていた。光苔の青白い残光に照らされたその貌は、哀れみとも、憎しみとも、どちらとも言えない、──奇妙に歪んだ表情だった。
「……ラグナ。お前は何百年も前から変わらない」
声のトーンが低く、静かになる。感情を押し殺したその平坦さが、かえって不気味だった。
「私が?」
「お前は灯火に選ばれた。それだけのことだ」
突き放すような言葉の端に何か引っかかるものがあって、ランバードの目を見てみると、暗闇と同化したその瞳の奥に、猛り狂う怒りとは違う、もっと古い澱んだ何かが揺れているように見えた。
「ランバード……、お前は」
「黙れ」
何かが引っかかって問いかけた言葉は、鋭い一言にかき消される。空気を切り裂いたその声は震えていた。ほんのわずかだが打ち震えていた。
私は記憶を手繰り寄せ、あの夜の事を思い出してみる。
視界を遮る吹雪と、血に染まった雪の上で、セイが息絶えた夜だ。
私とランバードが死力を尽くして戦い、セイは私を庇って息絶えた。
そうだ──。あの夜、ランバードは私を殺そうとしていた。だが……
(あの夜のランバードの目は、私への怒りだけではなかった)
それが今になって、ようやく残酷な意味を持つのに気がつく。
「ランバード。お前も……、かつて灯火に出会ったことがあるのか?」
洞窟の空気が、音もなく張りつめた。張り詰めた糸が今にも弾けそうな、痛々しい緊張感か洞窟を支配する。
ランバードはしばらく沈黙した。まるで、その問いに答えることを何百年もかけて避けてきたかのような、重く、苦い沈黙だ。
「……余計なことを掘り返すな」
「余計じゃない。お前が執拗にセイを狙う理由が、今ようやく分かってきた」
ランバードの影が、私の言葉に呼応するように大きく揺れた。それだけで答えは出たも同然だ。
「お前にも、灯火がいた。だが、選ばれなかった」
「…………」
「そして灯火が、セイが私を選んだ。違うか?」
長い沈黙の後、ランバードは低く笑いだす。おかしそうに笑っているが、その笑みは狂気じみていた。
「さすが、何百年も生きれば勘も鋭くなるか」
吐き捨てるようなその言葉は、肯定だった。
灯の血を持つ者は、感情の深さに呼応する。魂の形に共鳴する。だから灯火は選ぶ者を間違えない。ランバードがどれほど力を持っていても、灯火が彼を選ばなかったのには理由がある。
(ランバードは、力を求めた。灯火を、己を強くするための道具として欲した)
灯火は愛に応える。支配には応えない。
だからこそ、ランバードは選ばれなかった。そしてその瞬間から、彼の中の何かが修復不能なほどに腐っていったのだろう。
「灯の血に選ばれなかった者は……、闇に侵食されると聞いた事がある」
私が静かに言うと、ランバードは一瞬だけ、時が止まったかのように動きを止めた。
「古い話だ」
「お前の纏う闇は、もともとお前のものではないだろう。選ばれなかった絶望が、外側からお前を食い潰している」
「……うるさいぞ、黙れ」
「ランバード。お前は最初から、こんな救いようのない存在ではなかったはずだ」
「黙れと言っている!」
ランバードの声が初めて激しい感情の色を帯びて、私に感情を向けてくる。剥き出しにされた自尊心と、その奥にある、癒えることのない古い傷の悲鳴を叫びながら。
灯火に選ばれなかった吸血鬼は、やがて内から侵食される。愛を受け取れなかった器に、代わりにドロドロとした闇が満ちていくのだ。長い年月をかけて、少しずつ。
ランバードは何百年もの間、その侵食に耐えながら生きてきた。そして憎しみだけを燃料にして。
(哀れだ)
私はそう思った。だがそれは、蔑みではないのだ。
私も、あのまま一人で生きていたら、別の形で同じ場所へ辿り着いていたかもしれない。彼と私は、紙一重の鏡合わせだったのだ。
「だから私を憎んだ。灯火を奪おうとした」
「…………」
「それが、お前の全てだったのか、ランバード」
ランバードは答えなかった。
ただ、その瞳の奥の光がほんのわずかだけ、風前の灯火のように揺れている。だがその揺れはすぐに消え、代わりにこれまでよりもさらに深い闇が戻ってくる。
「……お前に同情される筋合いはない」
「同情などしていない」
「ならば黙れ。私はお前を殺しに来た。いや、ラグナよ。殺す前に、お前の呪いの正体を、全て話してやろう」




