第十七話 再会の灯火と、自己を縛る黒き鎖
セイの光に守られ、ランバードの闇が退いたあとの洞窟は、嘘のように静かだった。
光苔が青白く揺れ、壁に映る影がゆらゆらと踊っている。風もない、音もない。湿った土の匂いと、先ほどまでの死闘が残した焦燥感だけが微かに漂い、まるで世界が息を潜め、私たちだけを残して遠ざかったようだった。
しかし、私の胸の奥では、別の戦いが始まっていた。
感じたことのないほど深く、これまで幾度試してもびくともしなかった黒い鎖が、ひび割れ、軋み、かすかに崩れようとしている。その微かな震動が、魂の深淵を揺さぶり、脳裏に鋭い刺痛を走らせた。
「大丈夫? ラグナ?」
腕の中で、セイが私を覗き込んだ。瞳にはまだ涙の膜が残ってはいたが、その瞳には強い光が宿っていた。儚く、弱いけれど、凍てついた心を溶かすほどに、確かに暖かい光だ。
「どこか痛む?」
「いや、平気だ」
「よかった」
セイが安心したようにそう言った次の瞬間、セイの胸が、内側からせり上がる衝動に焼かれるように、ぼうっと白く光った。
「……っ!」
「セイ⁉」
突如セイが身体を折り、胸を押さえる。その小さな指先が服を強く掴み、白く震える。セイは苦しげに息を吸い、震える声で私にしがみついた。
「胸が……、焼けるみたいで……!」
「セイ!」
苦しむセイを見て私は、セイの背を撫で抱き寄せることくらいしかできなかった。
苦しんでいるのはセイ一人。
だが不思議なことに、セイの苦痛が心臓を直接握り潰されるような重圧となって私にも感じるように響いてきた。その感覚に、私は嫌な予感がした。背筋を冷たい汗が伝い、視界が歪む。
「ラグナ僕、何か見える」
「見える?」
「黒い鎖がいっぱい……。ラグナの胸の奥が、縛られてるのが……」
セイの指が私の胸に触れる。
その瞬間、セイの身体がふっと力を失い、私に寄りかかった。
「セイ⁉」
呼びかけた瞬間、洞窟の空気が、重く粘つくような漆黒の圧力へと変わり、振り返るとランバードが立っていた。
消えたはずのその存在は、まるで初めからここにいたように、闇の霧が形を取り戻すように、輪郭がゆっくりと濃くなっていく。ただ立っているだけなのに、その影は底なしの沼のように広がり、洞窟の壁を侵食するように広がった。
「ラグナ。お前の呪いの正体を、そろそろ明かしてやろう」
ランバードが一歩近づくたび、影が洞窟の壁を侵食するように広がった。その足音が不気味なほど鮮明に洞窟内に反響する。
「お前を呪ったのは……、お前自身だ」
その言葉に、頭が真っ白になる。何を言っているんだランバードは。
(私自身?)
動揺する私に構わず、ランバードは淡々と続ける。その声は、残酷な宣告となって私の理性をなぎ倒していく。
「かつてのお前にも灯火がいた。そのお陰か、お前は一族で最強と言われていた。当たり前だよな、灯火が側に居るのだから」
記憶が脳裏にフラッシュのように走る。
幼い少年を抱く自分、真っ白な世界を鮮血で汚す、血に染まる雪。冷たくなっていく、あの指先の感触。
「俺は一族最強になり灯火を手に入れようと、今のようにお前に戦いを挑んだ。そしてその戦いでお前の代わりに灯火が死んだ。お前は灯火を守れなかった自分を許せず、自らに呪いをかけた」
──思い出した。
あの時の、全身を焼く絶望を。灯火の少年――セイが倒れ、息が途切れた瞬間に感じた感情を。
私は確かに、セイを深く愛していた。
あの時、セイ以外はもう愛したくないと願ってしまった。魂を千切られるような悲鳴の中で、セイがまた私の元へ帰ってくる事を願ってしまった。
もう二度と、愛する者が出来ない呪いを自分にと……。
失うことの恐怖に耐えきれず、私は確かに、自らを永遠の孤独という檻に閉じ込めるよう願ってしまったのだ。




