第十六話 灯火の覚醒と愛の証明
「ふん、死に損ないの戯れ言だな」
ランバードは冷笑を浮かべ、闇の衣を翻した。
「ならば、その結末を早めてやろう。私はお前を殺して、今度こそ『灯の血』の真なる力を私のものにするのだ。この世を統べる絶対的な力をな」
「……断る。灯の血は……対象を自ら選ぶものだ。貴様のように、力で奪い、手に入れようと思って手に入れられるものではない」
自分でも驚くほど、力強く、そして透徹した声が出た。
ランバードは一瞬だけ言葉を失い、沈黙した。そして、獣が喉を鳴らすような低く、陰惨な笑い声を漏らした。
「ハッ……選ぶだと?ならば無理やり奪い、従わせれば良いだけだ。私の闇に染まれば、その光も私の色に染まるのだからな」
(無理やり奪う……。そんなこと、魂が許すはずがない。私が許すはずがない!)
「ラグナ……」
セイの呼気が乱れるたび、私の胸に押し当てられた彼の胸の奥で、淡い真珠のような光が脈打つのが見えた。
最初は気のせいかと思った。あるいは、私の意識が見せている幻覚かと。
だが次第に、その光は鮮明な輪郭を持ち始め、セイの心臓の鼓動に合わせて、まるで呼吸するかのように穏やかに、けれど力強く揺れ始める。
まるでセイ自身の、私を想う感情そのものが形となり、溢れ出しているかのようだった。
ランバードの放つ闇の触手が、私たちの隙間を抉ろうと触れようとするたび、その光はかすかに輝きを増した。まるで、大切な主を守ろうとする忠実な盾のように、セイの細い身体を優しく、厳かに庇っている。
セイはまだ、自分自身に起きている変化に気づいていないのだろう。激痛と恐怖に耐え、胸を押さえながらもただ必死に、潤んだ瞳で私を見つめ続けていた。
──灯火。
その伝説の名が脳裏をよぎり、喉の奥が熱くなる。
まさか、この、消え入りそうだった小さな少年が……私の暗闇を照らす、唯一無二の太陽だったというのか。
セイが、震える私の胸にそっと掌を置いた。
その指先が、白く、透き通るような光を放ち始めていた。
「……僕、ラグナがいなくなるのが、怖いよ。また一人になるより……ラグナがいない世界に残されるのが、何よりも怖いんだ」
その切実な、魂からの告白を聞いた瞬間、私の胸の奥で何かが決定的に変わる。
魂が歓喜に震え、心臓を締め付けていた呪いの鎖に、雷に打たれたような巨大なひびが走った。
世界が、セイの光の色に染まっていく気がする。
彼の掌から溢れ出した眩い光が、一気に洞窟いっぱいに広がり、猛威を振るっていた闇の奔流を、まるで汚泥を洗い流す清流のごとく押し返していく。
「セイ、お前……」
「ラグナ……。僕、分かったよ。僕が何のために生まれたのかなんて、もうどうでもいい。……ラグナ、僕……ラグナを愛してる。あなたを助けたい!」
その言葉は、純粋な光の礫となって、私の枯れ果てた心を満たしていった。
空虚だった私の存在理由が、彼のその一言だけで満たされるのだ。
「おのれ……ふざけるな!そんな小癪な光など、認めん! 認めんぞ!!」
ランバードが激昂し、闇をさらに巨大な渦へと増幅させると、洞窟全体が彼の怒りに共鳴して崩落せんばかりに震える。
黒い刃のような影が幾重にも、幾重にも生まれ、一斉に牙を剥いてこちらへ襲いかかってくる。
「ラグナぁぁっ!!」
セイの叫びと同時に、私は今度こそ彼を完璧に守ろうと、全身の力を振り絞って抱き寄せた。
だが──、守られたのは、私の方だった。
(これが……これが、『灯火』の、真の力……?)
背後から私を包み込んだのは、暴力的なまでの慈愛の光だった。
セイの強く、清らかな意志が、物理的な障壁となって私たちを包み込んでいる。
その力は、汚れたものを全て浄化し、無に還す神聖な息吹。
洞窟内に充満していたランバードの闇が、その光に触れた端から、雪が陽光に溶けるように霧散していく。
その圧倒的な力の前に、あの傲慢だったランバードが、生まれて初めて恐怖に顔を歪め、後退していくのが見えた。
「馬鹿な……あり得ん! 覚醒だと!?まさか、たかが人間一人の想いだけで、これほどの力が……!!」
ランバードの漆黒の姿が光に焼かれ、激しく揺らぎ始める。霧のように、あるいは影のように、その輪郭が崩壊していく。
「くそっ……!ラグナ、これで勝ったと思うなよ!次こそは……ぐあぁぁぁっ!!」
断末魔のような叫びを残し、ランバードは闇の塊となって森の奥へと逃げ去っていった。
洞窟を支配していた重圧が消え、再び元の、静かな青い光が戻ってくる。
「……はぁ、はぁ……ラグナ……」
セイが、力を使い果たしたように、私の胸にぐったりと顔を埋めた。
彼の身体はまだ熱く、私を想う鼓動が服を通じて伝わってくる。
「ラグナ……ごめんね、僕のせいで……」
「何を言うんだ、セイ。お前のせいなどではない」
「でも……僕が、『灯の血』なんていう特別な存在じゃなければ……ラグナは、こんなに傷つかなくて済んだのに……狙われなかったのに」
確かに、そうかもしれない。
彼がただの人間であったなら、ランバードに追われることも、私が死の淵に立つこともなかっただろう。
だが、同時に私は理解していた。
「セイ。私は、お前の光がなければ……きっと、とっくに魂まで死んでいたよ。本当に、ありがとう。……それから、これだけは誤解がないように言っておく」
私は彼の手を落ち着かせるように、優しく、けれど力強く握りしめた。
「私が、お前をここまで守ろうとしたのは、お前が『灯の血』だったからではない。お前が、セイ……お前だったからだ。お前だから、私は守りたかった。お前だから、愛おしいと思ったんだ」
その言葉を聞いたセイの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。彼は声を上げて泣きながら、私の胸にさらに深く顔を埋めた。
「……っ、ありがとう。そう言ってくれて、嬉しい……。ラグナが無事で……本当によかった……」
彼が泣くたびに、私の胸の痛みは少しずつ引いていった。
伝説は真実だったのだ。『灯火』は、愛に呼応してその真の目を覚ます。
セイが私を「愛している」と言った瞬間、私の心臓を縛っていた呪いの鎖に走ったひびは、今や無視できないほど大きく広がっている。
(あと少しだ。……あと一歩、私たちが共に歩めば、この呪いは……)
私は、愛おしさに胸を震わせながら、セイの柔らかい髪にそっと触れた。
「セイ、ありがとう。お前こそが、私の絶望を終わらせる光だ」
その瞬間、セイの胸が再び呼応するように淡い光を放った。
それは、言葉を超えた、魂の肯定。
暗い洞窟の奥で、私たちは互いの存在を唯一の拠り所として、静かに、けれど強く抱き合い続けた。




