天馬
随分と雑草が増えてしまった花園に白く輝く天馬の姿があった。
天馬ーシリウス。
さびしげにはひっそりと花の間に身をよせるその姿をじっと見つめる小さな後ろ姿があった。
数人の兵士たちに囲まれるその影にサリアラインは呼びかける。
「カイル、リオン」
彼女の幼い弟たちだった。
カイルが今年ようやく十歳。そしてリオンに至ってはまだ二歳という幼さだ。
「姉上」
「ねーちゃ」
サリアラインの姿にリオンは愛らしい笑顔を浮かべて彼女にだっこをせがむ。
「ダメだよリオン。お姉様はお疲れなんだから」
カイルが優しくたしなめた。
サリアラインと同じ黒髪に黒い瞳。
大人びたその風貌がトーマの姿を認めると不審そうに言った。
「姉上、この者は・・・」
「カイル。この者なんて言い方は失礼でしょう」
やんわりとたしなめる。
王子だからといって民を見下してはいけないと。トーマが肩をすぼめた。
「べつにこの者でもどんなものでも呼び方なんかどーだっていいよ」
「姉上になんて口の聞き方をするんだっ」
にらみつけるカイルにトーマは笑った。
「お前、いい弟だな」
手をのばし王子の髪をくしゃと撫でる。
「し、失礼だぞおまえっ!」
カイルは真っ赤な顔でその手を払いのけた。
王子の僕にこんな無礼な事をするなんて。
こんな奴が姉上のそばにいるなんて。
「姉上こいつはなんなんですか?」
「彼はトーマ。アルトシオ王子様の友人よ」
「アルトシオ王子の?」
つぶやく少年の表情にトーマは苦笑した。
「随分と嫌われてるなアイツ」
「べつに嫌ってなんかいません」
嫌う以前の問題だ。
カイルにとって何もせずにただ落ち込んでいるだけのアルトシオは弱き者以外なにものでもない。
(あんな奴がフィオラシア姉様のお相手のわけない)
どんなことがあったにしろ王子なら王子らしく民をひっぱっていくべきだ。
だって目の前にいるサリアライン姉様は三年前に悲しみをこらえて国民を勇気づけた。
姉上が受けた心の痛みはアルトシオよりもずっと大きいとカイルは思う。
「あんな奴に頼らなくたって、僕が大きくなったらフィオラシア姉様もミルディーア姉様も助けてみせる」
「ミルディーア?」
「三年前ヴァリシオンにさらわれた私の妹の名前なの」
サリアラインがさみしそうに言った。
「フィーの身代わりになってヴァリシオンにさらわれたまま・・・。生きてるのか死んでるのかさえわからないわ」
「そんだけの価値があるのかね、あの眠り姫に」
「フィー姉様を愚弄するなっ」
「やめなさいカイル」
弟の肩をひきとめるサリアラインにトーマは大きくため息をつく。
「あんまりいい子すぎるとホントの自分がわからなくなるぜ」
「ーえっ?」
「怒りたい時は怒れって事。じゃないと笑いたいときにも笑えなくなっちまうぜ。まあもっともあそこにいるバカは泣くことすらできないみたいだけどな」
そう言うとトーマはひとり花園の中に足を踏み入れた。
シリウスはトーマの姿に威嚇するように足元の土を踏み鳴らす。
彼はいま誰にもあいたくなかった。
ただ自分がみじめになるだけだから。
けれど彼の大好きな少年と同じ髪をもつ少年はひるむことなく手を差し伸べてきた。
手にあるのは一本のニンジン。
トーマがサリアラインに頼んで貰ったものだ。
「あのな、腹減ると人間ーまあ馬も一緒だろーけどなんか惨めな気持ちになっちまう。けど腹さえいっぱいなら楽しい気持ちにだってなれるはずだぜ」
さあ食えとニンジンを目の前にだす。
天馬は別に食べなくてもきれいな空気さえあれば生きていける。
けれどー。
ーぱくっ。
ニンジンを噛んだ一瞬後、
ー§☆◎◇◆?
口の中にひろがった強烈な味に天馬は激しいクシャミをくりかえす。
「ざまーみろ」
勝ち誇ったように少年が言った。
「・・・姉上・・・天馬がくしゃみしてる」
目の前の出来事が信じられない。
その横でサリアラインは思わず吹き出していた。
「姉上?」
その姿もカイルには驚く光景だ。
姉がこんなふうに笑顔を見せることなどここ数年見たことがない。
「これサンキュー王女様」
小さな小瓶を天馬を笑わせた男が姉に放る。
人間には香辛料のそれは嗅覚の鋭い動物にとって刺激を与えるもの・・・。
「まさか天馬相手にこんな悪戯が成功するとは思わなかったわ」
サリアラインの言葉にトーマは肩をすぼめる。
「ふつうなら失敗してるさ。あいつソータたちが作った落とし穴にもひっかからなかったんだぜ」
それだけ天馬は弱っていた。
「あなた、まさかそれでー?」
それでわざと天馬に悪戯をしたのだろうか?
少なくてもこれで天馬が彼に怒りをぶつけてくるように・・・。
元気になるように・・・。
(なんて人なの・・・)
「あなたってすごい人ね」
感心したサリアラインにトーマにっと唇の端をつりあげると言った。
「俺に惚れるなよ」




