覚醒
身体が裂けるように熱い・・・。
この感じには見覚えがある。
この世に生をうけたばかりの時、彼はこの 炎にすべてをなくした。
ー愛しい彼私の王子。
そうささやいてくれた優しい手が炎に包まれる寸前、彼ののった揺り籠は水の女神の加護をうけ清きせせらぎに身をよせた。
ー古き理にのっとり、愛しいお前に名を授けよう。
最後の力をふりしぼり大きな手が揺り籠をつかむ。
ーアルトシオ。我がファシル・アルド・バードの光の王子。
懇親の力をこめて送り出した腕が炎に消え行くのを覚えてる。
そしてー。
(僕はネルフィスに拾われた)
そうー僕は・・・・。
目をあけるとそこは辺り一面の火の海だった。
あの日と同じに、けれど決して同じではなくいま彼を包むのは癒しの炎だ。
病んだ土地はこれで浄化され、春になればここには生命であふれかえるだろう。
身を起こすと天馬が心配そうに彼の頬をなめる。
「大丈夫だよシリュー。思い出したんだ。君の親友のこと」
にこっと笑うと哀しげに天馬が鼻をすりよせてくる。
シリウスはもともとファシル・アルド・バードの国王ファン・ファラシスの友だった。
だから王が死んだときに自分についてきたのだ。
そうー
「僕はファシル・アルド・バードの王子だ」
思い出した。
全部。
炎にかけられた暗示はきっと成人を迎えた彼が道に迷わぬようにと父が天馬に託したものー。
いまなら理解できる。
ーふぁさ。
炎になびく髪の色が見慣れたものから金色に変わっていた。
天馬の瞳に映るのは銀緑光を宿した瞳。
大地の祝福を受けた証。
そして本来ならこの手に持たなければいけないものがどこにあるのかを少年は既に理解していた。
ー探しなさい月の乙女を。
ネルフィスの言葉には続きがあった。
ーサァァァッ。
少年の目覚めを待っていたかのように大粒の雨が大地をたたく。
一カ月ぶりの雨は、瞬く間に炎を消していく。
その蒸気ごしに彼は自分にゆっくりと近づいてくる人影を認めた。
ーサァァァッ。
大雨に視界がにじむ中猫ほどの大きさのー、
彼の代わりにずっと少女と剣を守ってくれてた者ー。
「待たせちゃってごめんねヒズ」
「愛し子よ。よくもどった」
しわだらけの腕が少年の背中を抱きとめる。
魔女のヒズはネルフィスの妻で三年前にフィオラシア姫の頼みに応じて、聖剣を探す旅にでた、アルトシオの養母だ。
身をはなした老婆に微笑むとアルトシオは自分を呆然ととりかこむ人々を見渡した。
その中にはあんぐりと口をあけたままのトーマの姿がある。
「トーマ」
呼びかけると少年は駆けよってきた。
「無事かっ?無事なんだなっ?」
ぽすぽすとアルトシオの薄い身体をたたいてその存在を確認すると力がぬけたようにその場にしゃがみこんだ。
「ト、トーマ?」
「ったく、心配させんなよな。おまえも馬もさあ。だいたい馬、お前天馬ならアルトシオかついで逃げろよ空飛んでーおわっ、怒ったのかっ?」
うなり声をあげたシリウスに慌ててアルトシオの背後にまわりこむ。
「あの、トーマ?」
「この馬ほんと可愛くねーな。おまえもっとちゃんと調教しろよ」
いや・・・調教しろとかそういう問題じゃなくて・・・・。
唖然とするアルトシオの隣でヒィッヒッヒッと笑い声が聞こえた。
「変わった人間もおるもんだ」
「婆さんちっこいなあ。ちゃんとメシ食って育ったか?ってて」
とんがった足先で足を踏まれてトーマが悲鳴をあげる。
(あれってすごく痛いんだよな)
いたずらをしてよくヒズにされたことを思いだし、なんとなく足が痛くなる。
「我は森の魔女長ヒズだ」
「魔女長ー?天馬に魔女に妖精にって忙しいなおまえ」
ふうふうと赤くなった足に息を吹きかけながらトーマは顔をしかめてアルトシオを見た。
そしてにっと笑う。
「悪かったな悪魔の子なんて言って」
「トーマ僕は・・・」
「いいって、お前が王子でも頼りないのは一緒だからな。俺がちゃんと守ってやるから安心な。やっぱこの馬じゃ頼りないし」
ぽんぽんとアルトシオの頭をたたく。
そんなトーマの態度に目のまわりがじわっと熱くなる。
くしゃっと歪んだ少年の顔にトーマが慌てた。
「お、おい男がそんな簡単に泣くなよ」
「ごめん・・・」
涙をぬぐった少年の目にこちらにやってくる人影が映る。
何人もの兵士に守られるようにして歩いてくるのは、黒髪の大人びた顔立ちの少女だった。
少女がアルトシオの前でひざまづくと兵士たちがあとに続く。
「ルナ・ムーンの第一王女のサリアラインと申します。古き光の王国、ファシル・アルド・バードの王子様」
立ち上がった彼女の目は潤んでいた。
「ずっとお待ちしていました」
そうずっと彼を待っていた。
ー光の王子。
その名のとおりに太陽と大地の恵みを一身にうけたような少年。
アルトシオは頷いた。
「遅くなってすみません。月の乙女にお会いしたいのですけど」
「ご案内いたします」
立ち上がったサリアラインの行方を遮る者がいた。
彼女の腰半分の大きさの黒いマントで全身をおおったもの。
「ヒズ?」
訝しげにサリアラインは魔女を見る。
マントの奥の赤い瞳がまるでにらむように空を見つめている。
そしてー、
「来る」
魔女が呟いた瞬間、辺りは一面の炎と化した。




