疑惑
「アルトシオ。お前は間違いなくファシル・アルド・バードの王子だ」
枯木に布だけはりつけたようなテントの前で声をひそめてトーマが言った。
「へっ?」
言われたアルトシオはきょとんとして自分を指さした。
「僕が?でもさっはトーマだって違うって言ってたじゃないか。その気があるならヒズだって連れてくるよ」
「ばかっ!その名前をおおきな声で言うな。ルナ・ムーンの兵士にでもかぎ付けられたらやっかいなことになる」
「どうして?」
「いいかここには魔女がひとりだけ城にいる」
「そのまえにこれをお飲みふたりとも」
リタが縄文土器製のコップにあたたかなゆげがあがる紅い液体をさしだした。
甘いかんきつ類のするにおいだ。
「おいっ母ちゃん。これ紅茶じゃねーかっ。どうしたんだよ。このご時世に」
「サリアライン王女様から頂いていたのさ。あんたがお助けした時にね。けどこんなご時世だからうちだけ飲むのはどーかと思ってね。取っておいたんだ」
「・・・紅茶?」
恐る恐るアルトシオは目の前のドリンクをみつめた。
「僕、こんな色をしたお茶なんてしりませんでした」
「魔の森の妖精族に育てられれば当然だろうね。飲んでごらん。水はここの泥水を 蒸留したものだからあんのまり美味しくないかもしれないけれどね」
意味はよくわからなかったが目の前のものが飲料だとはわかった。
「美味しいから飲んでごらん」
リタの言葉に誘われて一口口にふくむ。甘ずっぱい匂いが口一杯にひろがった。
「美味しい。こんなに美味しい飲み物はじめてです」
満面にひろがる笑みが言葉の意味をそのままあらわしている。
素直な少年だとリタは思った。だからこそ心配になる。
「いいかい?アルトシオ。あんたは今夜中にお城に行かなくちゃならない」
神妙な面持ちでリタは言った。
「そうだな。はやい方がいい」
トーマも大きく頷いた。
そして改めてアルトシオを見る。
いまだ信じられない。
けれど信じるしかない。
決して口外してはならない事実をこのぽややんとした奴は知っていたのだから。
魔女ーヒズの名前を。
「トーマ仕度をおし。ファシル・アルド・バードの王子様を護衛するのは、同じ血をひくお前の役目さ」
「合点承知。あのくそアバイズ、ファシル・アルド・バードの王子をこけにしやがって。俺はグリフォスの民だけど父ちゃんの血を多く受け継いでるってのに」
「ま、待ってください」
たまらずアルトシオは口をはさんだ。
いくらなんでも話が急展開すぎる。
第一僕はー。
「なんで僕が王子だってわかるの?」
名前が同じ。
ただそれだけであんまりじゃないか。
そりゃあ、確かに自分の名前はアルトシオだ。でもそれだけなのだ。
初めてであったグリフォスの人々を自分の為に危険にさらすわけにはいかない。
だからこの難民キャンプを去ることになんの抵抗もない。
けれどいきなり王子扱いはないだろう。
「僕は黒髪で黒い瞳だし」
「ファシル・アルド・バードの王族はその身を護るために生まれたときから黒髪と黒い瞳なのさ。運命の相手に巡り会えたとき、その呪縛から解放される」
リタが説明した。
「これはね。ファシル・アルド・バードの民でも王族に近しい者たちしかしらないトップシークレットだよ。あたしの旦那はファシル・アルド・バードで騎士団それもファン・ファラシス王の近衛兵でね。だから知っているんだ」
「でも、それだけじゃ」
「お前が自分で言ってんだ。自分が王子だってな」
「僕はなにも言ってない」
「言っただろ」
俺だって信じたくはねーけどさ、と付け加えてトーマは憂鬱そうに言った。
「魔女ーヒズって」
「ヒズを知ってるの?」
アルトシオは驚いた。
魔女はあまり人間たちと関わりをもたない。妖精たちだってそうだ。
だから三年前なんで人間界なんかに用があるのかと不審に思いすらしたのに。
「お前、ほんとに育ての親ーネルフィスとかいう奴から何にも聞いてないんだな」
「言っただろ。至福の森で育った後遺症で記憶が曖昧なんだって。覚えてるのはたった一言だけだよ」
そこでおおきく息を吐き出すと言った。
「僕の剣を探しなさい」




