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16.

「静かに。いたぞ」


 あれからタジたち3人による、お猫さま大追跡が始まったが。

 意外に早く、秋の早めな夕暮れが来るまえにはその姿を捉えた。


 場所は膝下くらいの高さがある草むら。

 なぜ宮中にそんな場所があるのかと言われれば、


 覚えている読者の方もいらっしゃるかもしれない。

 第一話の冒頭で書かれていたように、季節の鳴く虫を放すための場所である。


「いやしかし、本当にいるもんだな」


 そんな虫用の原っぱのど真ん中。

 例の灰色猫が、茂みを揺らしてゴロゴロしている。

 時折飛び跳ねて逃げるのはスズムシかコオロギか。


「人間のやることを推理して当てるのは見てきたけどよ。

 まさか猫の考えまで読めるのか」


 対する捕獲部隊3人は、まだ草むらには立ち入っていない。

 すぐ近くを通る渡り廊下にて、物陰からターゲットの様子を窺っている。


 飛燕は朱塗りの柱から顔を覗かせている。

 その、彼から見てひとつ左の柱にいるのは、


「そんなんじゃないよ」


 タジ。

 背中をピッタリ柱に付けて、肩越しに振り返る体勢で草むらを見ている。


「みんな猫好きでしょ?」

「はぁ?」

「私は後娼として、いろんな妃嬪とお会いする機会がある」

「だな」

「で、みんな猫好きだからさ。後戯のときに話してくれるんだよ。


『今日猫見た』

『どこで見た』

『いっぱい見た』

『眼福』


 って」

「なるほどね」


 相槌を打ったのは小鳥。

 彼女もタジと同じように、草むらへと背を向けているが。


 いるのはタジと飛燕の中間。

 渡り廊下の塀の陰で三角座りをしている。

 猫の様子は見ていない。


「後宮中の猫情報の、集積所になってるわけだ」

「だから猫の集会所は大体知っているし、なりそうな場所も分かる」

「教えて教えて」

「『適度に身を隠せて、風通しがよくて、人間が騒がしくしない場所』」


 などと。

 情報通なのはありがたいことだが。



「で、どの猫が麦? 米?」



 タジが言うとおり、ここは猫の集会所。


「なんかデカいヤツじゃなかった?」

「それって骨格か? デブ猫か? どっちもいるぞ」

「灰色のヤツだよ」

「それも何匹かいるぞ」

「鈴付けてるんじゃなかったっけ?」

「こっからじゃ見えん」


 他にも数匹いる。


「じゃあ作戦をお(・)さ(・)ら(・)い(・)しようか。


『気付かれないよう接近して捕まえる』


 すごく単純だね」

「その単純さは簡単なんじゃなくて


『綿密な計画を立てようもない』


 なのよ」

「ちなみに最初の1匹、違うヤツを捕まえたらみんな逃げちゃうから。

 1発で仕留めてね」

「見えねぇよ。どれがどれだか完全に運だよ」

「そういうわけで、先陣行こうか飛燕くん」

「なんでオレなんだよ」

「一番運動神経あるでしょ。男性なんだから」

「いやまぁ」

「お兄が行かないなら、私が行くよ?

 むしろ私こそ適任! 一番小さいからバレにくい!」

「君は気配がうるさいからダメ」

「はぁ!?」


 いろいろガバガバすぎて、『もう少し計画を練るべきでは』と思う飛燕だが。


「ほら早く」


 こんなところで時間を使っている場合ではないのだ。

 タジからすれば、さっさと戻って宿直室の検分を再開したい。


「あぁもう分かったよ!」


 観念した飛燕は塀を跨ぎ、しゃがみ歩きで草むらへ分け入る。


 なお、


『だったらそれこそ、1回で成功するよう計画を練るべきでは』


 というのは考慮しないものとする。











 融崇甫が午後の往診を終え、詰所へ向かって渡り廊下を歩いていると。


「む?」



「そっち行ったよーっ!!」

「えっ、オレ!?」

「腰を落として、正中線でぶつかりに行くんだ!」

「いや分からん!


 ど、どうにかなれーっ!」


「や、やった!」

「捕まえた!」


「あぎゃああああ!!」


「引っ掻かれた!」

「どうにかなってしまった!」



「何をしとるんじゃか……」


 庭から声がすると思ったら、何やら大騒ぎしている不審者たちがいる。


「ん? おぉ」


 しかしよく見ると、その不審者のひとりは、

 そう、見間違えるべくもない、北方の騎馬民族の格好をした……


「チッ」


 今一番会いたくない相手である。

 融崇甫は気持ち上体を屈め、早歩きで距離を取りに掛かる。


 そこへ、


「逃げたっ!」

「追えっ!」


「ニァアオ!」

「のわっ!」


 急に、灰色の大柄な猫が横切ってくる。


「おおお!」


 黒なら余人でも『不幸が訪れる』となるところだが。


「わわわわ!」


 融崇甫からすれば、色に関係なく猫は猫。

 危険の象徴どころか、物理的にそ(・)の(・)も(・)の(・)である。


 反射的に逃げようとして脚がもつれ、尻餅をつく。

 そこへ


「確保っ!」


 タジがパルクールのように塀を飛び越え、渡り廊下へ突入。

 そのまま着地からスライディングに移行し、猫を抱え込む。


「タジさん! やったぁ!」

「ミィィィ!!」

「よーしよしよし、いい子だ、暴れるな。

 オマエは最高にイカした猫だ。ハイカラに言えばハンサム・ボーイだ。

『美麦郎』と呼んでやるぞ。だから暴れるな」


 謎の、猫からすれば煮干しの1匹にも劣るご機嫌取りをするタジだが、


「おや、融先生」


 数秒経って、ようやく目の前の相手に気付いたらしい。


「今度こそは、正真正銘の奇遇ですね」

「そ、そのようじゃな」


 さらりと前々回が待ち伏せであったことを白状されたが、彼には構う余裕がない。


 猫とタジ。

 二大アレルゲンが目の前に現れ、逃げたいところだが


 腰が抜けてしまったらしい。


 手でノロノロあとずさるしかできない。


「どうかされましたか?」


 猫を抱えたタジが立ち上がり、融崇甫の方へ近付く。

 どうやら異常を察し、助け起こそうという善意らしいのだが、


「くっ、来るなっ!」


 融崇甫からすれば、まさに『地獄への道は善意で舗装されている』とかいうヤツ。


「そこまでおっしゃらなくても。私もさすがに傷付く神経はありますよ?

 特に『フラれる』ことは致命的な職業でして」


 言葉とは裏腹、なんとも思っていなさそうなタジはさておき。

 フォローするつもりも必要もないが、融崇甫もそれどころではない。


「違うっ! 猫っ! 猫はダメなんじゃ!

 ワシャあ猫がおると、咳がっ、クシャミがっ、肌の痒みがっ!」

「あー」


 タジも事情を理解し、ようやく歩みを止める。

 さすがにここで意地悪をしてくるほど極悪人ではないらしい。


 融崇甫もホッとひと安心した


 その瞬間、



「ナーオ」


「ぎええええええ!!??」



 横から別の猫が現れ、彼の地面についた右手を踏んだ。


 すると、一周回って火事場の馬鹿力が出たか。

 融崇甫は腰が抜けたことなどなかったかのように立ち上がり、


「わああああ!」


「おぉ、すげぇ」

「あの先生、今だけは地球上のあらゆる老人の中で、一番脚速そう」


 小鳥がよく分からないコメントするほどの勢いで、来た道をすっ飛んでいった。











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