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15.

「融先生がお泊まりになられたお部屋ですか? ちょうど今から掃除するところですわ」


 結局頭痛薬も貰わず診察室を立ち去ったあと。

 タジは素直に太乙殿へ向かった。


 今は友殿下付きの侍女を捕まえ、宿直室を見せてもらうよう交渉したところ。


「よかったね! ギリギリ間に合った!」


 左隣には、道中合流した小鳥がいる。

 顔の両サイドで拳を握りガッツポーズ。


「融先生がお泊まりになってから、掃除はどの程度?」

「それは毎日しておりますわ。床の掃き掃除と調度品のホコリはたき、換気」

「じゃあもう全部綺麗になくなってんじゃねぇの? いた証拠もいなかった証拠も」


 右には飛燕。

 後頭部で両手を組む。


「あら、それはとんでもないことを」

「いえいえ。お互いお勤めなんですから、気にしないで」

「まぁ♡」


 曲がりなりにも顔はいいタジがフォローを入れると、侍女は目をパチパチさせる。


「寝具の方でしたら、当日からのままでしてよ?

 殿下のお熱が完全に下がるまでは、曹先生がずっと泊まっていらしたので」

「こまめにシーツ(褥)換えてるわけじゃないんだな」


 飛燕のつぶやきに他意はない。


 が、侍女はムッとした表情になる。


『手抜きをしている』


 と受け取ったらしい。


「殿下が汗をかかれますので、そちらの予備を優先したまでです」

「あ、はい」

「お兄謝りなよ」

「そんなにか!?」

「許してあげてください。彼は無識な衛尉官なんだ」

「仕方ありませんね♡」

「なんかあの人、タジへの態度変じゃないか?」

「侍女は妃嬪と違って後娼と遊べないの。

 だから憧れから拗らせたマニア(愛好家)とかいるのよ」

「怖」

「『少女』にもいるよ」

「それって『愛好家になる』って話? 『愛好家がいる』って話?」


 などという無駄話をしているうちに、


「その寝具も明朝干してしまう予定でしたので。本当にギリギリでしたわ。

 どうぞ」

「ありがとうございます」


 目的の部屋へと到着した。


「さぁて、探すぞ〜! 髪の毛1本に至るまで!」


 袖を捲り右腕をグルグル回す小鳥だが。


 言うなれば


『書斎から本棚を撤去してベッドを置いた』


 という風情。

 特別広くもなければ、物も多くない。

 何より彼女らに現代の鑑識のような技術はない。


「すぐに無駄足で終わりそうだな」


 飛燕の発言は、空気を読めていないことを除けば概ね正しいと思われる。






 で、実際そうなる。


 30分ほど部屋を漁った一行だが、


「そりゃさぁ。


『いた証拠』


 ってのは分かるぜ? いたら何かしら痕跡が残ったりするしな。

 でも


『いなかった痕跡』


 は無理があるって。何も残らねぇもん」


 窓枠に腰掛け、腕組みをした飛燕はかく語りき。


 特に融崇甫のアリバイを崩せるヒントはつかめなかったどころか、


「なんなら、いたのはハッキリしちゃったよ」


 ベッドに腰掛けた小鳥が枕をパンパン叩く。


「ほらここ、抜け毛すごいよ?」


 そこには、まばらにグレーの毛が落ちている。

 本当に髪の毛を見つけたらしい。


「この部屋に泊まったのは融先生と曹先生だよね?

 融先生は白髪で、曹先生は黒く染めてる。

 抜けた髪が残るくらいには、この部屋にいたんだよ」

「犯行を終えて部屋に戻ってきて、ひと寝入りしたらそのくらいなるよ。ご老齢だし」


 タジはデスクの上に腰掛けている。

 しかも胡座(あぐら)で、椅子があるのに足置きにもしていない。


 飛燕と同じく腕を組むタジに、小鳥は小さくため息をつく。


「今回ばかりは無理なんじゃない?

 タジさんの推理が間違っているとは思わないけどさ。

 さすがにこれ以上融先生を詰めても悪魔の証明だよ」


 タジがムキになっているとでも言いたげな態度である。


「うーん」


 実際タジからも、特に否定する言葉は返ってこない。


 行き詰まった空気が場に立ち込める、

 あるいはすでに行き詰まっていたのを、ようやく直視し始めたそのとき、



「ああーっ!! 麦(マイ)!!」



 手詰まりの3人には痛いほど、静かな太乙殿の空気を切り裂く悲鳴がする。



「なんだなんだ!」


 真っ先に振り向いたのは飛燕。

 さすがは宮中を警備する衛尉官、トラブルへの反応がいい。

 窓枠の上で器用にクルッと回り、庭へ飛び出す。


 続いてタジ。

 遊牧民で騎射をしていたということは、狼や他所の連中から羊を守る戦闘職。

 危険には敏感だが、考え込んでいた分飛燕には遅れたか。


 最後に小鳥は、


「ぶびゃっ」


 反応こそ速かったが、体格的に窓枠を飛び越えることができず壁に激突した。

 無理に大人の真似をするから。



「痛いよー(いはいほー)」


 小鳥が跳び箱を跳べない人みたいにノソノソ庭へ出ると、


「麦ちゃああああ!!」


 ちょうど絶叫する侍女を置き去りにして、


「にゃーん」


 大柄な灰色の猫が遠くへ走り去るところだった。


「えぇーっ!? 茶トラでもないのに『麦』!?」

「そこかよ」


「ああああああ!!」


 急に展開したカオス空間に、


「はぁ」


 タジは部屋へ戻ろうとする。

 しかし、


「あっ、そのお帽子はタジさま!?」


 四つん這いで右手を伸ばし、


『トレンディドラマで男に捨てられたシーン』


 みたいになっていた侍女が、目敏く声を掛ける。


「いえ、私はトジです」

「やっぱりタジさまだわ!」


 侍女は四つん這いのまま高速でシャカシャカ動き、タジの左足首をつかむ。

 人間離れしたスピードは怪異のそれ。恐怖した小鳥が飛燕の後ろに隠れる。

 先ほど案内してくれた侍女の名誉のために、彼女とは別人であることを明記しておく。


「放してください」

「タジさま! お話は聞いております!


 以前晁貴妃さまの飼い犬が脱走したとき、見事見つけ出したというタジさま!」


「あー」


 と声を漏らしたのは飛燕。


『今日(こんにち)の後宮殺人ブーム到来まえは、児童書ミステリみたいな事件を解決していた』


 という小鳥の話を思い出したのだろう。


 だからこそ本人も、何を言われるか予想が付いているらしい。


「私は今大変忙しゅうございますのでご縁がございましたらまたの機会に」


 早口で念仏のように、何か言われるまえからお断りを入れているが、


「あの猫は友親王殿下の飼い猫でして。

 ただ、脱走癖があるんですのよ。目を放すとすぐいなくなってしまうんです。

 このまえも夕飯の仕度中、誰も見ていないあいだにフラッと翌朝まで。」


 話は通じないし、タジの体をよじ登るようにして立ち上がる侍女。

 この怪異、信心なき暮らしをしているタジでは祓えない。


「殿下は今、風邪で寝込んでおられましてね? しきりに


『流感が治ったら麦と遊ぶんだ』


 とおっしゃっておられるんです」

「おかわいいこと」

「その殿下、明日の朝お熱がなければ、晴れて寛解となるのですわ」

「おめでとうございます」


 当たり障りのない返事で脱出を図るタジだったが。


 ついに両肩にガシッと手を置かれてしまう。


「ですので、明日の朝までに麦が戻らねば、殿下が悲しんでしまわれます!

 あぁ! 麦と遊ぶことを楽しみに、健気に風邪と闘った殿下が!」

「ご立派でございますぅ」


「……」

「……」



「探すの手伝って♡」

「はい……」











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