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14.

「な、なぜ!?」


 こうなってはもう『肯定だ』『否定だ』などと言っていられない。


『アリバイを聞かれる』ということ。


「あぁ、アレかね。


『形式的なものです。関係者全員に聞くことになっていますので』


 とか言うヤツかね」


「どう思われようと話す内容は変わらないと思いますが、



 私としては真剣にお伺いさせていただいています」



 重ねてこの口ぶり。

 それはつまり、


『犯人だと思っているので、確認作業に入っている』


 という宣言に他ならない。


「なぜじゃ! なぜワシを疑う! なぜワシが殺したことになる!」

「おや、お認めになる?」

「そうは言っておらん! じゃが疑っておるのはあ(・)か(・)ら(・)さ(・)ま(・)じゃぞ!」


 タジがついに融崇甫の隣にまで来る。

 帽子の下の笑顔は崩れない。


『地獄の底まで問い詰める』

『なんとしてでも自白に追い込む』


 という気迫は感じさせない。

 が、


『予想外に勘違いされて驚いている』

『なんとしても誤解を解かねば』


 という雰囲気も一切ない。

 ここに来て彼女は、悪い意味で否定しない。


「やはりお金の関係は真っ先に問題になりやすい。そうは思いませんか?」

「韋氏とて多くの人間と会うじゃろうが!

 たまたまワシと会う日に買い物が近いからといって、それは飛躍しておる!


 そうじゃ! 田妃さまじゃ!

 ケチゆえか、ゆえにケチらねばならなんだのかは知らんが!

 韋氏とやらに弱みでも握られ、強請(ゆ す)られていたのかもしれんぞ!」


 本当に強請られていたのは自分自身なのだが。

 死人に口なしなので、なんとでも言える。


 なんなら実際にあったことだけに、リアリティある考察になるのだが。


「あなた、ひとつ勘違いしている」


 タジはため息ひとつ、首を左右へ振る。


「よろしいですか?

 なんなら


『韋氏に金銭を渡していたのではないか』


 とか


『韋氏と繋がりがあった』

『動機になりそうな動きがあった』


 とかは、せいぜいが補強的なものに過ぎないんです」


 彼女はズレてもいない帽子の位置をなおすと、融崇甫の顔を覗き込む。

 かたや座っていて、かたや立っているため、威圧感のある角度。

 目元が陰になるせいか、開ききった暗い瞳孔が少し広がったように見える。



「犯行に使われたのは、


『粛妃が陛下に賜った簪』


 だった。



 つまり、そもそもあの犯行は、


『粛妃の部屋から簪を持ち出せる人物』


 でないと不可能なんです」



「あ」


 粛妃に罪を被せんがため、わざわざ証拠を残したわけだが。


 全ては粛妃が犯人と思われていることが前提。


「粛妃は事件翌朝には簪がないことを知って困っておられた。

 先生もご覧になられましたよね?


 つまり彼女、毎朝簪を眺めているんです。

 陛下を偲んで、健気なことです。


 それはさておき。

 ということは、簪が盗み出されたのは


『韋氏が殺害された犯行当日』


 ということになる。

 まぁ日付を跨いだ深夜なら、厳密には前日となりますが」


 そこを覆しているタジの前には、ただ


「なので侍女の方にお聞きしました。

 その日粛妃の部屋に入った人物を、侍女さんも含めて一覧にしてみました。


 やはり『精神を病んで隔離された』とだけあって、訪ねる人も少ないのでしょうね。

 簡単に割り出せましたよ。



 当日に粛妃の元を訪れ、

 かつ韋氏の周辺にも位置する、面識があろう人物。


 それは融先生、あなたしかいないんです」



 ただ真っ直ぐ、犯人を指し示す矢印でしかない。


「い、いやしかし!

 粛妃の部屋の窓は外れておった!

 夜中に犯人が侵入し、盗み出したのかもしれんぞ!」


「簪は明らかに調達されたものです。

 ということは、


『韋氏と会って、何か喧嘩にでも発展して、弾みで殺害してしまった』


 ということはあり得ません。計画的犯行です。


 なのに凶器だけ道中で現地調達ですか?


 窓が開いている部屋がなかったらどうするんですか。

 窓を外しに掛かって、中の人が起きたらどうするんですか。


 そこだけ行(・)き(・)当(・)た(・)り(・)ば(・)っ(・)た(・)り(・)すぎませんか?

 そんな計画立てますか?」


「ぐぐっ」


 喉の奥で音が鳴った融崇甫だが。


 彼は咳払いひとつ。

 鉄瓶を取り、沸騰した湯を急須に注ぐ。


 コポコポと場違いなくらいに軽い音。

 立ち昇る湯気。

 すでに香り始める茶葉の青く豊かな匂い。


 心を落ち着かせなければならない。

 我を忘れてはいけない。


 なぜなら、


「で、『事件当日の夜、どこで何をしておったか』じゃったな」

「はい」


「その晩なら、友殿下の看病で太乙殿に宿直しておったぞ」


 こんなこともあろうかと用意しておいた、

 そもそもこれが最後のひと押しとなって犯行に及んだ、


 アリバイ工作があるのだから。


「殿下は流感に罹患しておられてな。

 退勤時間から日付が変わるまで、主治医の曹先生の代わりに診ておったのじゃ。

 で、交代後は部屋を借りて、朝まで寝ておった。


 確認してみるとよいぞ。すぐ裏が取れよう」


 さすがにタジの眉がピクリと動く。


「朝まで寝ていたことを証明できる方は?」

「知るわけないじゃろう。寝ておったんじゃから。

 だが普通は、寝ている人間をジロジロ見張ることはないと思うぞ?

 病気で寝込んでいる殿下ではないのじゃから」


 勝負をするなら、ここが最大にして最後のチャンスか。

 融崇甫もたたみ掛ける。


「『寝ているところを誰も見ていない』


 で犯人にされてしまってはな。

 逆にこの後宮、何人疑っても尽きることはあるまいぞ」


 これにはタジも


「ごもっともです」


 ようやく小癪な反論はないらしい。

 融崇甫の心にひと筋の光が差す。こんな感覚、いつ以来だろうか。


「そういうわけじゃから、犯人探しは他所を当たるのじゃな。

 でもなければ、アリバイ(不 在 証 明)が崩れたらまたおいで」


 あえてニッコリ笑い掛けると、


「そうします」


 タジも依然笑顔のままで頷き、ズレてもいない帽子の位置をなおした。

 余裕を崩さない態度ではあるが、


(もはや『反論がない』というだけで勝った気になるわい)


 彼にはどうでもいいことだった。


 隣から気配が消える。

 どうやらタジは引き上げるらしい。


 融崇甫は見送ることもせず、椀に茶を注ぐと、


「うまい」


 ここ数日灰色だった世界で、久しぶりに飲食物の味が分かる気がした。











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