13.
詰め所の隣の診察室。
(くそっ!)
タジと融崇甫は、椅子に座って向かい合っている。
『患者だ』
と言われれば、医者として受けないわけにはいかない。
これが現代の病院であれば、
『時間外です』
のひと言で終わるのだが。
後宮医は基本、皇族や妃嬪が相手。
労働者の権利には、一部存在しない条項がある。
「ま、季節の変わり目とか、低気圧とかじゃろうな」
「そうですか」
「薬、より休んだらすぐ治る。
今日は捜査なんかしていないで、おとなしく寝ていなさい」
「あはぁ」
タジは何やら気の抜けた返事。
(それで頭が痛いフリのつもりか!)
どうせ嘘だと融崇甫は踏んでいる。
普段の彼女であれば、診察なら昼休憩が終わるまで待ってから来る。
そのあたりのルールは守るタイプだし、
何より医者嫌いのケがあって腰が重い。
妃嬪と触れ合う仕事のくせに。
「じゃ、そういうことで」
なので、彼が去ろうとすると、案の定
「あ、先生。ちょっと待ってください」
「……なんじゃい」
この調子。
タジは妃嬪ではないのだから、『昼休憩だ』と診察を断るべきだった。
融崇甫はそう後悔する。
もっとも、それでは1時間もしないうちに同じ結果となるのだが。
グジグジ考える融崇甫に対し、タジは
「ちょっと頭痛のタネがあるので、話を聞いていただけませんか?」
腹が立つほど屈託のない笑顔。
「……いいじゃろう。話してみなさい。
とても頭が痛そうには見えんがの」
こうなってはもう、彼も観念するしかない。
タジも気合いを入れるように、ズレてもいない帽子の位置をなおす。
そもそも滅多とズレないこの帽子は、頭にピッタリサイズということ。
医者に掛かるほどの頭痛で、被る気が起こるものだろうか。
「融先生。確かあなたは『田妃の主治医』であって、韋氏とは特別交誼がない。
そういう認識でよろしかったですよね?」
ほんの数センチ。とは言え椅子ごと迫ってくるタジに対し。
融崇甫は『はい』も『いいえ』も答えたくはなくて。
「やはり頭痛のタネとは悩みのタネか」
とだけ返す。
「いえ、悩みというほどではないのです」
「じゃろうな、頭痛というほどでもなさそうじゃからな。
で、何が聞きたい?」
タジはもう数センチ前へ出る。
テーブルがないので、膝が当たるまでは詰め放題である。
「であれば、田妃の方なら多少は人となりをご存知で?」
「知っていることしか知らんよ」
「例えば、
『定期検診の結果がよかったら、気をよくして太っ腹になる』
とか」
「!」
その前振りだけで、融崇甫はタジの言わんとしていることが分かった。
筋立てを理解したというより、直感的に、同じ匂いがしたのだ。
彼が消そうにも消せない、致命的な尻尾と同じ匂いが。
少しでも距離を取りたいところだが。
ここで妙な嘘をついたとて、田妃に聞けば全て分かること。
「さて、どうかの。少なくともワシは、そんな恩恵に与ったことはないでな」
肯定も否定もしないのが、唯一火傷のない答えか。
「実際ないそうです」
「知っとるのではないか」
どうやら『あとで分かる』どころか、即効性の罠だったらしい。
文句のひとつも言いたいところだが、精神を乱すのは得策ではない。
「それが何か?」
「はい。殺された韋氏なんですがね?」
「茶でも淹れよう。聞こえるからそのまま続けてくれ」
タジがまた数センチ進むので、融崇甫はさりげなく席を外す。
薬湯を煎じる用の火鉢は診察室の奥。距離が取れる。
「どうやら先生が田妃の定期検診に来た1週間以内。
必ず高級品の買い込みか、家族への仕送りをしているんです。
必ずですよ? 必ず」
融崇甫はタジへ背中を向けて、火鉢の隣の椅子に座る。
火鉢に置いた鉄瓶を見つめ、振り返らない。
「昨日の今日で、よく調べたもんじゃの」
「飛燕くんは衛尉官ですから。商人や配達物、出入りの記録は自由に閲覧できます」
「なるほど」
火鉢が熱を発し始め、融崇甫の体にも熱波が届く。
「別にその近辺に給料日があるわけでもないんです。
でも韋氏は毎回毎回、そのあたりでお金を使う。
まるで臨時収入が降って湧いたかのように」
そう、これこそが『致命的な尻尾』と同じ匂い。
『金』の話。
「個人の生活習慣として、『ご褒美期間』などでも設けておるんじゃろ。
ワシら医師団もそういうメリハリを付けるのは推奨しとるぞ。
特に、ずっと後宮に籠っておるような暮らしではな」
「うーん」
「おっ」
唐突に声が近くなった。
融崇甫が思わず振り返ると、いつの間にかタジは背後2、3歩の距離に立っていた。
「ですが、言ってはなんですが田妃、ややケチな方で。
固定給以外のお小遣いなどは一切くださらないんだそうです。
そこから考えますと、どうにも毎月豪遊する額を捻出できるとは、とても」
ここ数日は、タジに何を言っても否定で返される。
これが心理的に来るのは言うまでもない。
であれば、いっそ。
「つまり、タジくんはこう言いたいわけじゃな?
『ワシが田妃の元を訪れるのと、その侍女である韋氏の散財が一致する』
『韋氏に臨時収入を与えていたのはワシではないか』
『やはりワシと韋氏のあいだには、個人的な繋がりがあったのではないか』」
湯がボコボコと沸き立つ。
火鉢が発するより強い熱で、全身を炙られている錯覚に陥る。
「だから再度、韋氏の交友関係について聞きに来た、というところか」
しかし、ここまで言えば、少なくともまた『否定』されることはないだろう。
タジの態度や推理に迎合する意見であり、何より
向こうがつかんで切り札にしているであろう都合の悪い事実を、
自ら切り出しているくらいなのだから。
もうなんでもいい。
『肉を切らせて骨を断つ』でもないが。
とりあえずカウンターだけは喰らわない発言をしたい。
会話の主導権、までは取れずとも、
『一方的に攻められる』
状況から、せめて
『対等な土俵には立っている』
まで持ち直したい。
そんな融崇甫の思惑を知ってか知らずか。
「いえ」
タジからの返事は、
「私が聞きたいのは、
『事件当夜、どちらで何をしていらっしゃったか』
ということです」
「なっ」
さらに一歩先へ、もちろん悪い方向へ進んだ、アリバイ確認であった。




