6.
以前にも書いたことだが。
雲鷹殿へ行くには、ひっそりとした小径を抜けなければならない。
さすがに妓楼だけあって、隠す必要を認められたのだろう。
その小径は植物のトンネル。
先にトトロでもいそうな感じで、美しく飾られてはいるが。
それも生垣でやや迷路化した中に隠す、言わば迷彩仕様である。
しかし、そんなところに入り口を置いたら。
せっかく隠しても、庭を見に来た人が間違えて入る可能性もある。
例えば小鳥みたいな、お花を見に来たいたいけな少女が入ったら大問題!(小鳥以外)
見るべき百合が別物になってしまう。
というわけで。
小径付近の生垣迷路は、特別複雑になっているのだ。
教えられていない少女では滅多と見付けられないように。
知っている大人だけが、目指して来たときだけ、たどり着くように。
また、なんたって妃嬪たち。
やんごとなき、それも女性、
しかも本来なら陛下だけを相手にし、
陛下に相手してもらえるはずの方々。
妓楼に通う姿を見られたくはない。
というわけで自分で行かず、デリヘルスタイルで注文する場合も多いが。
ここは噂なら鍋底までさらう後宮。
特に他人を貶める話なんてのは、鍋底でも特においしいおじやのお焦げ。
そのきっかけになる、
『あの顔は誰某の侍女』
などは思った以上に把握されているし、
『誰の侍女が後娼を呼びに行った』
なんて見られた日には、月曜日でもFRIDAY。
そういった視線をシャットアウトする目的も、入り口付近の迷路にはある。
となれば……
「お」
「きゃ」
その小径で、雲ひとつない秋晴れの朝っぱらから、
これから入ろうとする人物同士が鉢合わせ、
それが近付くべくもない『少女』と、まず後宮に入るべくもない下級役人の男で、
「オマエ、何しに来てんの」
「お兄の方は聞くまでないね。だとしたら一緒だと思うよ」
しかも兄妹だとしたら。
天文学的確率かもしれない。
「相変わらず耳が早ぇな」
「後宮の外にまで話が行ってるんだよ?」
「それもそうか」
飛燕は軽く頷くと、小鳥をひょいと右肩に担ぎ上げる。
「わあっ、なに!」
「よい子はおうちに帰りましょうねぇ〜」
「また子ども扱いして!」
「実年齢に対する妥当な対応だろ」
そのまま遠くへ運ぼうとする飛燕に対し、
「降ろせぇ〜!」
「降ろすわけ……ぐえっ!?」
もがいて逃れるのではなく、逆に首へ4の字。
飛燕の右腕も取って極める。
「ぎゃああああ!」
体勢は逆さまで宙吊り、セミの羽化のワンシーンが如し。
いかに小鳥が少女とは言え、全体重を掛けられては飛燕も膝をつくしかない。
負けたと言うより、妹を乱暴には振り落とせない。
「分かった分かった分かった!」
「えへへ〜、やった!」
「なんてヤツだ」
「まぁまぁ。私、役に立つから」
「ホントかよ」
「むしろいないと困るかもよ?」
「んなわけあるかい」
飛燕の懐疑的態度を意に介さず、小鳥はすでに小径の先を行っている。
その背中へ、飛燕は負け惜しみのようにつぶやく。
「そもそも、なんだって子どもがこんな場所知ってんだよ。
隠しとおせよ。大人はどうなってるんだ大人は」
すると小鳥が振り返る。
「大体の『少女』は場所知ってるよ?
他ならぬ大人のせいによって」
「なにっ!?」
「やっぱりみんな、自分が後娼買ってるなんて知られたくないからね。
だから雲鷹殿まで注文に行くのを、『少女』に頼む人も多いの。
侍女と違って誰との繋がりか分からないし。
『少女』側も自分で後娼買うわけないから、失う名誉とかないし」
「なんと……」
ピュアな飛燕には受け入れられない話だったらしい。
呆然とした顔である。
一方小鳥はトンネルの影で表情が不鮮明。
笑ってはいると思われる。
「でも、子どもなんて口軽いからペラペラ話すだろ」
「ちゃんとやればお小遣いやお菓子もらえるし。
『口が硬い』って評判が付けば稼ぎも増えるよ?
私がタジさんと初めて会ったのも『おつかい』だったし」
「おお、もう……」
なんだか将来闇バイトでもしていそうな小鳥である。
ただ、さっきのサブミッションによる攻撃性を見るに。
美人局よりハンマーで人殴ってそうな感じもするが。
ちなみにだが、ここまでやっても結局
『後娼が部屋に入っていくのを見た』
とかでバレるので、たいした意味はない。
強いて言うなら、みんなでスパイごっこを楽しんでいるだけ。
妃嬪は暇なのだ。
小径を抜けて、雲鷹殿の玄関前。
「よし」
話が大きく逸れたが。
そもそもなぜ飛燕はここに来たのか。
もちろん後娼を買いに来たのではない。
後娼はその場で金銭を支払うシステムではないため、『買う』は正確ではない。
そういう話ではない。
「ヤツを御用に引っ張り出すか」
「タジさんが犯人なの?」
「いや、そうじゃないけど」
早速飛燕が受付へ向かおうとすると、
「あっ、ちょっと待って」
小鳥が袖を捕まえる。
「どうした」
「そのまま行っても捕まらないかも」
「はぁ?」
飛燕が首を右へ傾けると、小鳥は左へ傾ける。鏡合わせ。
「やり出したらノリノリで推理するけど、始めるまですごいメンドくさそうにするし」
「あー」
飛燕にも思い当たるフシがある。
「でも皇帝の命令だぞ?」
「後娼は『9時5時』とか勤務時間とかいう概念がないから。
必殺『寝てた』で居留守が使える」
「マジかよ最低だな」
不誠実な大学生じみたやり口に呆れる飛燕だが、
「真夜中に叩き起こされて
『寝れないから話し相手になってほしい』
『他に起きてる人いたけど、あなたじゃないと嫌なの♡』
とか普通にあるらしいし」
「Oh……」
むしろ救急外来のようなスタイルだったのには、さすがに同情した。
その後、なぜか小鳥はふた手に分かれることを提案。
庭を駆けていき、
数分後、飛燕が目撃したのは
「ホチャアアアア!!」
「いででででで!!」
庭にて、居留守どころか窓からの逃亡を図ったタジと、
タジの右腕で、二度目の羽化を試みる小鳥だった。




