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8.

 だが、かれこれ10分くらいは悲しんでみせた。

 じゅうぶんだろう。

 演技も面倒だし、ボロが出ても困る。


 江貴妃はゆっくり立ち上がり、


「あら、小鳥ちゃん」

「江貴妃さま。ご無沙汰しております」


『今気付いた』という態度を装う。


「小鳥ちゃん」


 それから、相手をギュッと抱き締める。

 これもまた演出であり、


「江貴妃さま」

「雀が


『楼上から落ちて亡くなった』


 って」

「それは」

「とんだことになってしまって、なんと言ったらいいか」

「いえ、本日は来てくださりまして、誠にありがとうございます」

「しっかりしているのね。ごめんなさいね、あなたの方が悲しいはずなのに」


 贖罪の気持ちでもある。

 い(・)た(・)い(・)け(・)な少女から、大切な姉を奪ってしまったこと。


 特にこの年齢で親元を離され、後宮に入れられているのだ。

 姉がいることがどれだけ支えだったか。


 そのことへの深い罪の意識であるし、

 勝手に哀れんで勝手に許されとうとしている、とまで言ったら意地が悪いか。


 しかし、妹ばかり相手にしていても感じが悪い。

 確かあとふたりいたはずである。


 江貴妃は顔を上げる。


「そちらの方は、確か後娼の娘と」

「タジさんと兄の燕です」

「あら」

「お目に掛かれまして光栄です。雀には弟に当たります」

「これは、お兄さんも大変なことで。お悔やみ申し上げるわ」

「もったいないお言葉です」


 頭を下げる相手は、明らかに宦官ではない。

 後宮で人が死んでも、遺族とて入れないのが慣例なのに。

 特権階級以外。


「雀からは武官であると聞いていたのだけれど。

 本日はどうしてここに?」


 なのでちょっと疑問に思ったくらい。聞いてみただけなのだが。


「えぇ、実は、



 姉の死について調査することになりまして」



「!」


 それはあまりにも江貴妃の心胆を寒からしめる返事であった。


「そ、そう。調べることがおありなのね」


(そんな!)


 江貴妃の背筋を冷たいものが滑り落ちる。


 そう。忘れていたが、飛貴妃の弟といえば彼女自身が


『密通して子を成した』


 と書いた相手である。


 正直軽い気持ちだった。

 飛貴妃にカッとなりすぎて、嫌がらせをしてやろうと思ったのだ。


『大切で大好きな弟にも累が及ぶぞ。ザマァ見ろ』


 くらいのノリだったのだ。


 あとになって『さすがにやりすぎだ』と後悔したくらいだ。

 殺人の時点でやりすぎなのだが。


『これでもし死罪になったら』


 そう思っていたところに、



(まさか下手に巻き込んだせいで、捜査する成り行きになったんじゃないでしょうね!?)



 この因果応報。


「がんばってちょうだいね。

 後宮はし(・)き(・)た(・)り(・)とか不便でしょうから。

 私に協力できることがあったら、なんでも言ってちょうだい」

「ありがとうございます」

「じゃあ、私、ちょっと具合が悪くなってきたから。これで失礼するわね」


 嘘ではない。

 本当に気分が悪くなってきた。悪い汗が止まらない。

 理由が妹分の死ではないというだけ。


 江貴妃は自然を装い逃げ出そうとして、



「もし、江貴妃さま」



 背中に、明確に自分へ向けられた声が届く。


「……何かしら」


 振り返ると。


 一歩前に出たのは、ずっと黙っていたタジだった。


 そもそもなぜ後宮娼婦がこの場にいるのか。

 飛燕以上に降って湧いた相手だというのに、


「ご協力してくださる、ということでしたら。



 お疲れのところ申し訳ありませんが、二、三お聞きしても?」



 致命的なことを質問をしてくる。

 いや、まだ具体的なことは何も聞かれていないのだが。


「おい! 遠慮しろ! 『具合が悪い』っておっしゃってるだろ!」

「わざわざ来てくれたんだし、また今度でさぁ」

「でも時間ないんだろう? 困るのは私じゃない」


 兄妹が庇ってくれているようだが、込み入っている。

 黙っていた方が長くなるかもしれない。


「よろしくてよ。お尋ねになって?」


 飛貴妃は自殺なのである。

 自分がそうした。

 普通にしていれば普通に終わる。


 こんなもの、『受けて立つ』ほどのレベルでもない。


「ありがとうございます。では手短かに済ませましょう」


 タジも丁寧に頭を下げているので、悪いことにはならないだろう。


 いや、飛燕と小鳥は目を丸くしている。

 慇懃な態度が似合わない性根をしているのかもしれない。


「えー、ひとつ。


 何か飛貴妃が自死を選ばれる、心当たりはありませんか?」


「心当たりねぇ」

「悩みを打ち明けられたりはしていませんか?」

「……いえ」

「そうですか」


 なんの変哲もない質問である。

 自殺のことを調べているなら、確実に出る質問と言える。

 むしろ聞かれない方が


『すでに情報を把握しているのか』


 と勘繰ってしまう。

 だからこの質問はなんでもない、普通に


『自殺という偽装がうまく行った』


 証拠であって、むしろプラス。


 なのだが。


(吐きそう)


 それでも至近弾を喰らったような気分になる。

 表情に出ないよう堪えるのがまたキツい。


「『飛貴妃にとって姉のような存在』


 とお聞きしていたので。

 何か知っていらっしゃるかと思ったんですが」

「そう。ごめんなさいね、期待外れで」

「いえいえ。ではもうひとつ」


 まだ続くのか、と舌打ちしたくなる江貴妃だが。

 最初に『二、三質問』と言われているので仕方ない。


「あなたの他に、誰か相談相手になっていそうな方。ご存知ありませんか」

「それもちょっと。交友関係にまで踏み込んだりはしなかったから。

 侍女に聞いた方がよっぽど詳しいと思うわ」

「そうですか。ありがとうございます」

「以上かしら」

「はいはい」


 質問は済んだらしい。

 時間にすれば全然長くもない。

 終わってみれば、である。


 が、江貴妃にとっては地獄のような苦痛だった。

 どっと来る疲労、逆に染み入る解放感。


「じゃあこれで失礼させてもらうわね」


 具合の悪さが口実レベルではなくなってきた。

 一刻も早く部屋に帰って、座るか横になりたい。


 江貴妃が下への階段に足を掛けたその瞬間、



「あぁそうだ、ついでにもうひとつ」



 つい先ほど『聞きたくないナンバーワン』となった声で、


 今一番言われたくない言葉が続く。



「逆に、飛貴妃を恨んでいる相手などは?」



「なっ!」


 江貴妃はもはや心臓が止まるかと思った。

 階段から落ちずに踏みとどまった自分を褒めたい。


「なぜそんなことを?」

「いえ、後宮に限らず、人の悩みは多くが人間関係ですし」

「ごめんなさいね。それこそ一切知らないわ」


 江貴妃は短く答えると、


 返事を待たず、あいさつもなく、


 今度こそ足早に階段を降りていく。


(ただの質問ですら、こんな苦痛になるなんて!)


 江貴妃は強く袖を握り込みながら、


『2度と殺人などしない』


 と心に刻むのであった。


『次』があったらの話だが。











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