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7.

「本当か!?」


 だとすれば、飛燕には願ってもいない話である。

 まだ先は長いが


『自分と姉は無実である』

『まずはそこが担保される』


 というのは、何にも勝る第一歩なのだから。

 真相まであと少しに迫るよりも。


 一方で小鳥は、喉に何か引っ掛かったような顔をしている。


 当然だろう。

『殺人』だとはっきりしてしまうからには、


『姉が望まぬかたちで命を奪われた』

『憎むべき相手が確実にいる』


 という負の連鎖が続くのだから。


 もちろん自死されてしまった方が辛い人だっている。

 なんとも言えない。


 ただ、ひとつ確かなのは、


「説明してもらえるか?」


 飛燕の命まで奪われないためには、殺人でなければならない。

 それだけである。


 だからタジも、横目で小鳥の表情を見ていたが、


「あそこ」


 階下を指差す。

 2階の屋根の角、反り返っているところ。


 そこで何かがは(・)た(・)め(・)い(・)て(・)いる。


 幟(のぼり)や吹き流しが飾ってあるわけではない。

 それは、


「女官の、帔帛か?」

「と思うんだけどね」


 細長い布が引っ掛かっているようだ。


「あんなのよく見えたな。『鷹の目』だけあって視力がいいんだな」

「左はね」

「左だけ?」


 言われた言葉を反芻(はんすう)しているうち、飛燕の脳内に記憶が蘇る。


「あぁ、そういえば片方は視力が悪いんだった、か」


 飛燕がタジの方を振り返ると、彼女も彼の方を向いていた。

 目が合う。


「オマエ」


 飛燕の目が少しだけ見開かれる。


 今朝会ったときは、他の要素のインパクトが強くて気付かなかった。

 さっきまでは暗い部屋だったり並んで移動だったり、まともに顔が見えなかった。


 しかし、日の当たる回廊に出て、ちゃんと顔を見て。

 彼は気付いた。


 朝、顔が間近になったとき抱(いだ)いた、彼女の顔への『違和感』の正体。



「虹彩異色(猫の目)だったのか」



 左は鷹というより明るい鳶(とび)色の目をしているが、

 右は暗い赤褐色に見える。


 しかし、


「違う」


 タジは即座に否定する。


「昔に右目を怪我した。それで瞳孔が開きっぱなし。

 だから右だけ視力は悪いし、眩しくてよく見えない。それだけ。

 そんなことより」


 彼女は部屋の方へ目を向ける。

 そこにあるものといえば、棺。


「確認し……なくてもいいけど。


 遺体は転落死じゃない。

 首に絞められた痕があった」


「なっ」


 飛燕は棺の方に一歩踏み出す。

 が、結局は行かなかった。

 やはり見たいものではない。


「転落死した遺体の首を絞める人はいない。


 おそらく先に飛貴妃の首を絞めて殺害し、あの帔帛を使って欄干から吊るした。

 首吊り自殺と見せかけるために」


「じゃあ転落していたのは?」

「偶然解けたんじゃないか?

 とにかくあの帔帛を回収してみれば分かる。

 何か皺やキツく引っ張ったことによる、生地の歪みがあるはずだから」

「でもさ」


 ずっと黙って立ち尽くしていた小鳥が会話に入ってくる。

 気を取り直したのか、


「でもそれは、


『お姉ちゃんがそういう首吊りをした』


 ってだけかもしれないでしょ?」


 あるいはまだ、他殺を認めたくないのか。


 タジは膝を折り、小鳥と目線の高さを合わせる。


「いいかい。

 もし首吊りをするなら」


 彼女は天井を指差す。

 そこには屋根を支える太い梁(はり)がいくつも交差し架け渡されている。


「普通はあっちを使う。

 首吊りをする人は首吊りで死にたい。

 折れるかもしれない、落ちるかもしれない欄干より、室内の太い梁を選ぶ」


 タジの視線がチラリと欄干の方を向く。


「欄干から飛ぶ勇気があるなら飛び降りでいい。そんな複雑な死に方を選ぶ必要はない。

 何より」


 それから少し右にズレて、飛燕の方へ。


「道中遺書を見せてもらったけど。


『罪と恥の意識から、ひっそり死ぬことにした』


 っていうようなことが書いてあった。

 そんな人は


『欄干に吊り下がった死体が外から見える』

『衆目に晒される』


 死に方は避けるはずだ」


 タジは曲げた膝を伸ばして立つと、また欄干の方へ。

 飛貴妃が吊るされていたであろう辺りを眺める。


「だからこの状況は、


『飛貴妃の首を絞めて殺した犯人が、首吊り自殺に見せかけようとした。


 でも重い死体を梁の高さまで持ち上げて吊るのは無理があった。

 なのでまだ胸の高さまで上げれば落とせる欄干を選んだ。


 ただ結び方が甘かったせいで、あとで解(ほど)けて遺体が落下した』


 と考えるのが、一番自然な流れではある」


「そっか」


 俯き加減で太もも辺りの服を握る小鳥に、タジは


『どうしたもんかな』


 という表情を浮かべる。

 立板に水の『鷹の目』も、どうしようもないことはあるらしい。


 視線を向けられるが、飛燕だって分からない。

 空気が沈みかけたところに、



「雀(チュエ)……?」



 ポツリと、別の女性の声が響く。


 3人が顔を向けると、ちょうど2階から上がってきたところに女性が立っている。


 豪奢な衣服は貴妃のそれである。

 もちろん飛燕には分からないが。


「雀」


 女性の方も3人には目もくれず、棺の方へとゆっくり歩み寄る。


「あぁ雀……どうしてこんな……」


 そのまま棺の蓋を開け、隣に腰を下ろし、遺体の頬を撫でている。


「あの人は?」


 飛燕が問うと、小鳥は相手が見てもいないのに頭を下げている。

 タジも同様だ。



「江貴妃さまだよ」



「おぉ、貴妃さま」


 飛燕も慌てて頭を下げると、小鳥の声が近くなる。


「お姉ちゃんがね。後宮に入りたてのころ、とてもお世話になったんだって。


『姉みたいな人』


 って言ってた」

「それはそれは」


 そういう人物が姉の死を悼みに来てくれている。

 それはありがたいことなのだが。


「……いつまでこうしてりゃあ」

「しっ」


 こういうとき、彼らの身分では


『いいよ』


 と言われるかお帰りになるまで、頭を下げ続けなければならない。

 さすがに気付いてほしいのも正直なところだったり。


(でも存在をスルーされてたしなぁ)


 飛燕は『長くなりそうだ』とため息を漏らした。






 だが実は。


(そろそろいいかしらね)


 江貴妃も3人には気付いていた。

 3階に上がってきたときからずっと。


 ではなぜ声を掛けなかったのか。



 演技である。



 そもそも彼女だって、祥鳳閣になど来たくはなかった。


 自身が人を殺した現場になど。


 だが、江貴妃と亡くなった飛貴妃の仲がよかったこと。

 それは後宮中の人間が知るところである。


 そんな彼女が、妹分の弔問に一切訪れなかったら。


 必ず邪推される。

 真相を、的を射ているかはさておき、必ず噂を立てられる。


 それも、多分に悪意が含まれる内容のものを。


 女の園では『雨が降ればカビが生える』くらい自然の摂理である。


 だからパフォーマンスに来たのだ。



 よって、3人を放置しているのもその一環。


『深い弔意と愛情を持ち、悲嘆に暮れている』


 姿を見せ付けているにすぎない。











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