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6.

 飛燕が本日2度目のか(・)く(・)か(・)く(・)し(・)か(・)じ(・)か(・)をしたところで。


「それは災難だった。芝麻球食べていいよ」


 タジはさほど同情していなさそうなコメントを返す。


 表情は読めない。

 途中から金魚にエサをやり始め、彼には背中が向いている。


 だがそもそも表情筋が乏しいのではないか。

 飛燕は短い時間の関わりで、そう結論付けている。


 何より、彼女が共感力に溢れていようがリアクション芸人に向いていようが。


 一切合切どうでもいい。

 昼間は『雑技団の道化』などと評したが。

 本当に役者であることは求めていない。


「それで小鳥。本当にこの人は頼りになるのか?」

「疑うの?」

「疑うっていうか、単純に信じられるポイントもないっていうか」

「お兄のくせに妹の紹介が信じられないのか」

「言い方の圧」


 そう言われては弱いが、正直13歳の子どもである。

 飛燕の、ふたりが知り合いであったことに対する過剰反応も


『守ってやらねば』

『正しく導かねば』


 という思いからくるもの。

 ひるがえってそれは、相手の判断力を低く見積もっていることにもなる。


「1回会ったんでしょ? で、


『近いうちトラブルがある』


 って言われたんでしょ?

 当たってるじゃん」


 小鳥の反論にも、飛燕は懐疑的に肩を竦める。


「それもアレだろ?


 人間生きてりゃ、大小あれどトラブルの連続だ。

 誰にでも当て嵌まる、聞き手が勝手に解釈を寄せやすいこと言ってさ。

 占い師とかがよくやるヤツ」


 飛燕がチラリとタジの方を見ると、


「うおっ」

「信じなくていいよ。信じないなら、私も協力しなくていい」


 いつの間にか彼女は盆を持って、すぐ側に立っていた。

 載っているのはティーセット。


「ただ、私は後娼として飛貴妃にお会いしたことも何度かある」

「姉さんが。知りたくなかった」

「だから顔をよく知っている。

 で、今朝君を見たとき、


『耳の形が似ている』


 と思った」

「耳」

「福耳かとか厚みとか。耳は血縁者で似た形をしている」


 タジは自身と小鳥の分の茶をカップに注ぐ。


「で、顔を近くで見れば、目元も似ていた」


 これには飛燕も口を挟めない。

 目元に関してはよく言われることだったから。

 自慢でもあったから。


「飛貴妃が転落死したというのは私も聞いていた。

 だから身内であれば必ず訃報が届くことになる。

 そしてそうなった」


 タジは飛燕の分の茶を注がす、ただポットを彼の前に置く。

 セルフで、ということらしい。


「さすがに死刑宣告を受けるとまでは思わなかったけど」

「むむむ」

「ね? 確かでしょ?」


 タジではなく小鳥がドヤ顔してくるのはさておき。


 飛燕には反論する材料がなかった。

『耳の形』とか言われては、もう着いていけない。

 その真偽も分からない時点で、と(・)や(・)か(・)く(・)言う土俵に立っていない。


「当たったのはま(・)ぐ(・)れ(・)かもしれないが。

 そこまで頭が回るなら本物だな」

「どうも」

「もー! まぐれじゃないってばー!」


 小鳥が飛燕の胸ぐらをつかみ、前後に揺さぶる。


「だいたい何を張り合ってるのよ!」

「張り合うっていうかさぁ」

「お兄がどう考えてんのか知らないけどさ!

 自分で解決できないんじゃ、タジさんしか頼る人いないんだからね!」

「おぅん」


 彼女にそこまでの腕力はないので、飛燕の側が揺られてやっているのだが。


 しかし彼が演技派なら妹もそうらしい。

 小鳥は素早く振り返り、両手を組んでアゴの高さへ。

 わざとらしくウルウルした目と声をタジに向ける。


「タジさぁん。

 そういうわけで、私たち困ってるの。

 もうタジさんだけなの。


 力を貸して。お願ぁい」


 たとえ『鷹の目』でなくとも見抜けるわ(・)ざ(・)と(・)ら(・)し(・)さ(・)。

 これにはタジも苦笑する。


「ほら! お兄も頭下げて!」

「ぐえっ」


 かと思えば飛燕の後頭部を力いっぱい抑え付ける小鳥。


「仲がいいな」


 苦笑から純粋な微笑みに変わったタジは、ズレてもいない帽子の位置をなおす。


「いいよ。受けよう。小鳥にも飛貴妃にも世話になったし」

「本当!? お兄!」

「ありがとうございま、痛い痛い!」


 さらに抑えられ、飛燕の首の角度が股覗きに近くなる。

 後頭部に届く声は、なるほど低さが知的な感じだが、


「それに、



 することないからね」



(本当に大丈夫か?)


 能力云々ではなく。

 話し方や発言内容に、どことなく根がい(・)い(・)加(・)減(・)そうな雰囲気を感じるのだった。











 そうと決まれば時間がない。

 一行は早速祥鳳閣へと向かった。


『武官と北方民族と少女』


 という、どれも後宮で見掛けない組み合わせ。

 ヒソヒソ声は止まなかったが、邪魔はされず無事到着した。



 本来なら、今一番の寵姫が住む祥鳳閣、その3階ともなれば。

 建物自体の設(しつら)えから内装や調度品、景色に至るまで。

 飛燕からすれば大興奮のスポットとなるはずなのだが。


「姉さん」

「お姉ちゃん」


 今その空間の真ん中には、棺が安置されている。


 誰が何を喜ぶことができるだろう。

 入ってくるなり呆然と立ち尽くす兄妹に、棺を守る侍女たちも悲痛な顔をする。


「姉さん」


 ようやく金縛りの解けた飛燕が棺に近付くも、蓋が閉ざされている。

 一歩遅れてやってきた小鳥が、強張った腕にしがみ付く。


「ねぇ、お姉ちゃんの顔見れないの?」


 普段の妹を思えば彼女のものとは思えない、小さくて掠れた声。


「転落死だとは聞いているが。開けても大丈夫だろうか」


 たまらず飛燕が尋ねると、侍女のひとりが首を縦に振る。

 彼も感謝の意味で頭を下げ、蓋を横に動かすと、


「おぉ」

「お姉ちゃん!!」


 寝ているような顔で、しかし生きていない色で横たわる雀の姿。


「お姉……!」


 泣き崩れた小鳥を、いつの間にか横にいたタジが抱き寄せてやっている。

 飛燕は妹が取り乱している分、いくらか冷静になる。

 兄として少しでも慰めになるよう、言葉を探す。


「全然、キレイなもんだ」


 意図を汲み取った侍女も、力なく明るい声を出す。


「はい。どうやら一度下の階の屋根に落ちたようで。

 直接地面まで行かなかった分、頭が砕けるほどの衝撃にはならなかったようです」

「そうですか」


 ちょっと侍女の言葉が生々しすぎたか。

 会話が一旦途切れたところで、


「少しお伺いしたいんですが」


 ずっと黙って死に顔を眺めていたタジが、ようやく口を開く。


「なんでしょう」


 侍女が返事をすると、彼女は小鳥を飛燕に預け、回廊へ向かう。

 そこはベランダのようになっている。


「飛貴妃がですね。転落していたのはどのあたりでしょう。ここから見えますか?」

「……」

「不躾(ぶしつけ)な質問でね、すいませんね」


 本当にそう思っているのか疑問に思えるほど淡白な付け足し。

 ヘラヘラしているよりはいいのかもしれないが。


 侍女も愉快な内容ではないが、撥ね付けるほどでもないと思ったのだろう。


「あの辺りですね」


 欄干まで来て、外の地面を指差す。


「ありがとうございます。となると。

 この部屋から飛び降りた場合、乗り出したのはあの辺り」


 今度はタジが欄干を指差す。


「そうなんじゃないですか」


 愉快な内容ではないのに。

 目的すら分からず深掘りされては、さすがに堪らない。


「どうかしたのか」


 飛燕は侍女の声のトーンが落ちたのを察した。

 一旦棺の蓋を閉めて、両者のあいだへ割り込みに行く。

 しかし侍女はともかく、タジも



「黒い」



「は?」


 おそらく彼の問いに返事をしていない。


「何か分かったのか」


 飛燕が耳元に寄ってもう一度尋ねると。

 タジはハッとしたように、ズレてもいない帽子の位置をなおす。


 そもそもす(・)っ(・)ぽ(・)り(・)被るタイプの帽子だ。

 ズレること自体そうないと思われるが。


 それはさておき。


 タジは欄干を見つめたまま、ポツリとつぶやく。


「『誰が遺書を偽造したのか』


 だっけ」


「おう」

「それはまだ分からないけど」

「けど?」



「『自殺ではない』



 っていうのは確からしいな」











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