5.
後宮には全てを見通す『鷹の目』がいると人はいう。
しかし賽の目だろうが鷹の爪だろうが。
そこになければ駒も料理も進まない。
というわけで小鳥の案内のもと、飛燕は再度後宮の旅へ放り出されたのだが。
やはり流れからいって、彼は運に見放されている期間らしい。
目的地は後宮でも奥の方。
唯一の安全地帯である妹の部屋を出た飛燕。
無防備なおのぼりは、道中たくさんの女性に遭遇し、
「オレ、この状態で『鷹の目』とかいうのに会うの?」
「確実に『バカ』か『バカにしてる』って思われるね」
「ダメじゃん!」
小鳥が先にいることで
『不審者』
から
『身内の身内』
にランクアップしたのか。
すれ違いざま、
髪に花を挿されるわ、
紅で顔に落書きされるわ、
袖ではたかれ香の匂いを付けられるわ。
イタズラされ放題。
成金の家のマルチーズみたいな、盛り盛りデザインになっている。
「やっぱり場違いだから迫害されているのか?」
「清蒸ばかりだと叉焼ほしくなるんでしょ」
「どういうこと?」
「男なんて宦官しかいないし」
例えの正確性はさておき。
耐え忍んだ飛燕にもついに、解放のときがやってくる。
「庭に降りるのか?」
「うん。この飛び石の道の先」
急に小鳥が廊下のルートから外れる。
細い道。
飾り気のない生垣はアーチ状でやや薄暗い。
地面に植えられたカノコユリだけが空気を彩る。
何より体格がいい飛燕には閉塞感がある。
やや息が詰まるも、幸い長くはないらしい。
広い空間へ抜けるとそこには、
「おお」
カノコユリ畑と化した一帯の真ん中。
赤や緑の色彩が多い大京城にあって、
青い屋根瓦の小さな楼閣が鎮座している。
「『雲鷹閣』。
ここに『鷹の目』がいるよ、お兄」
「お邪魔しまー、お、おぉ」
「どったの」
玄関に入るなり、飛燕は口と鼻を抑える。
「いや、香の匂いがキツくなったなって」
「屋内は籠るよね」
「あと、なんだ、この」
「水タバコじゃない? 最近流行ってるんだって」
「へぇ」
なんて会話をしていると、
「あら。小鳥ちゃん、また来たの?」
何やら受付のようなカウンターから、女官が声を掛けてくる。
「うん!」
小鳥もそちらへ駆けていき、いくらかやり取りがあったあと、
「じゃ、行こっかお兄」
「おう」
小鳥が手招きして、棒立ちだった飛燕も足が動く。
「あ、ちょっと。その人は?」
女官に呼び止められるも、
「大丈夫。そういうお客じゃないから」
小鳥のよく分からない説明でスルーされた。
というわけで、そのまま奥へと進んでいくのだが。
「……」
「どったのお兄」
「いや」
昼なのに薄暗い廊下。
両サイドに部屋が並んでいて、窓がないのだ。
それは仕方ないとして。
光源は天井からの釣り灯篭のみ。
構造上、頭上にあってもあまり明るくならない。
しかも何やら、側面が色付きガラスになっているらしい。
遮光されるだけなく、そこら中に
オレンジ
黄
ピンク
紫
青
さまざまな光の粒が散らばっている。
「言いにくい感じ?」
「あー、うーん」
「当てたげよっか。
『妓楼みたい』」
「んがっ」
「あっ、行ったことあるんだ! 不潔ーっ!」
「逆にオマエはなんで知ってるんだよ! 行ったことないだろ!」
「いや、だって」
小鳥は慣れた様子で廊下を進んでいく。
「実際ここは妓楼だから」
「はっ」
飛燕の体が固まる。
「待て、それってどういうことだ!?」
「どうって」
「なんでオマエ、そんなこと知ってるんだ!?
まさか男を取らされてるのか!?」
だとしたら大問題。
兄として後宮を火の海にしなければならない。
が、そんな心配など露知らず。
小鳥はジト目を向けてくる。
「何言ってんの? ここ後宮だよ?
陛下はお嫁さんたくさんいるし、他の男は宦官じゃん」
「いや、そもそもなんで後宮に妓楼があるんだよ!?」
「私は使ってないからいいでしょ」
「へあ!?」
一旦外に出て、1から10まで問いただしたい飛燕だが。
そのまえに小鳥の足が止まる。
「着いたよお兄」
「ちょっと待てって」
「急いでるんでしょ」
彼女はそのまま扉をノックする。
「タジさーん、いますかー」
『いるよ。どうぞ』
「入りまーす」
「待てって! まさか女性用風俗!」
もはや待ってもらったらなんになるのか、飛燕自身も分からないが。
それでも妓楼らしい建て物の個室に、13の妹が慣れた様子で入っていくのは。
(こうなったらもう、中にいるヤツをぶん殴るしかない!)
混乱し、斜め上の結論に至った兄。
両開きの扉の先、彼の視界に飛び込んできたのは、
ソファに仰向けで寝そべり、芝麻球を食べながら本を読む、
北方民族の服を着た女。
そう、
「お、オマエは、
今朝の不審な自称女官!」
「おや」
飛燕の叫びに、女はようやく本から目を離す。
それから上体を起こそうとして、
「君は確か、あぁ、衛尉官の」
相手が分かって満足したのか、本に視線を戻す。
「オマエ、娼婦だったのか!?」
「後宮女官、の『端くれ』ではあっただろう?」
「おいおいおいおい」
「タジさ~ん」
混乱している飛燕をよそに、小鳥は女へ近付いていく。
そのまま擦り寄るように、ソファへ腰を下ろす。
「手土産持ってきたよ~。クルミ入りの月餅」
「ほう、趣味がいいね」
「小鳥! 近寄るな! 危険だ! ソイツは娼婦……
女同士なら危険性はないのか?」
「私のお客はいつも女性だよ」
「じゃあ危ないじゃねぇか!
それに何が『鷹の目』だ!
コイツ今朝
『目が悪い』
って言ってたぞ!
小鳥! オマエ騙されてるぞ! やっぱり近寄るな!」
「もーお兄! 時間ないんでしょ!」
話が散らかり始めた。
小鳥が立ち上がって大袈裟に手を叩く。
妹を大事にするのはいいが、成人済みなのに13歳の方が冷静なのは問題である。
「タジさん、この人が兄の燕。衛尉官やってるの。
お兄ちゃん、この人が『後宮娼婦』のタジさん」
なんとも簡潔にして雑な紹介が行われたところで、
「初めまして、でもないけど。ま、そこに椅子があるから座るといいよ、お兄さん」
「あ、うん」
タジはようやく上半身を起こし、ズレていた特徴的な帽子の位置をなおす。
「それで、今日はお兄さんまで連れてどうしたのかな。
いつもの双六や失せ物探しではなさそうだ」
などと聞きつつも。
ソファに座りなおした彼女は、返事を待たずに飛燕の方を含み笑いを向ける。
「私の言ったとおり、トラブルになったみたいだし。
話くらいは聞こう」




