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タジ 〜後宮娼婦の事件簿〜  作者: 辺理可付加
リビング・メッセージ
77/97

15.

 人間、滅多な病み方をしなければ腹は減る。

 殺人犯がいようとも、昼になれば食堂に人が集まる。


 食欲はなくても、気マズさや緊張であまり味が分からなくても。

 機械的に点心が口へ運ばれていく。


 逆に、一部露骨にソワソワしているメンバーもいる。



 小鳥、飛燕、郭妃、欧陽貴妃、喜二娘、


 そして于妃である。



 理由は単純。


(早く、早く、早く)


 于妃がチラリと視線を向けると、小鳥と合う。

 少女は先ほど、宣言したのだ。



『犯人が分かった』



 と。


 于妃の長いようで短い、しかし過酷で渾身のミスリードが身を結んだのである。


 が、実のところ、



(大丈夫だろうか)



 本当にそうとは限らない。



 小鳥は『犯人が分かった』とは言ったが、


『それが誰か』


 の答え合わせはしなかった。


『昼食のあと食堂で、全員揃った状況で発表する』


 とのアナウンスに留めたのだ。


(もし仮に全然的外れだったとて構わんが。


 もし、あそこから急に、私へたどり着いていたら……?)


 于妃が散りばめた数々のヒントに、彼女自身を示すものはない

 はず。

 見守っている過程でも、そちらへ流れる予兆は一切なかったが。


 ゆえに、


『早く発表されて、計画を完遂したい』


 焦れる思いと、


『ずっと答えが出ない状況が続いてほしい』


 逃げたい思いが混沌としている。


 それが表情に出ていたのか、



「揚げた焼麦(シャオマイ)はお嫌いですか?」



「えっ」


 不意に右隣から話し掛けられた。

 振り返ると、いつの間にか座っていたのは


「私も豚肉よりエビ入りで蒸したヤツの方が好きでしてね。

 いや、『肉かエビか』というより、『肉と言えば羊』でしてね」


 食の好みだけでなく、


「君、は」


 服装まで北方の騎馬民族の女。


「熱は、もういいのかい」

「食べて寝れば、大抵のことは回復するのが自慢でして」



 タジである。



「なるほど、大地を馳せる民の体なんだな」

「でしょうかね」


 適当な相槌を打つと、タジも適当に笑う。


 今の于妃にとって、羊肉とか体が丈夫とかはどうでもいい。

 というか。


 当初はタジを当て込んで計画を立てていた于妃である。

『熱発で寝込んだ』と聞いたときはショックですらあったが。


 今となってはむしろ、



(頼むから、余計なことはしないでくれよ)



 タジにまつわる諸々、全てにおいてもう興味がない。


 小鳥が答えを導き出したというのだ。

『今更』である。

 ただ邪魔にだけならなければ、それでいい。


 于妃は緊張で渇く喉を、茶で湿らせた。











 そんなこんなで、昼食もきっちりデザートまで終わり。


 何人かの妃嬪は足早に食堂を出ようとしたところで、


「皆さま、少々お時間をいただいてよろしいでしょうか」


(来た!)


 ついに欧陽貴妃が口火を切る。


「何かしら」

「午後の予定でも発表するのかな?」


 などとザワつく妃嬪たち。

 腰を浮かせたメンバーも、座りなおすまでは抜けた顔をしていたが、



「ついに、邱妃さま殺人事件の犯人が判明したそうでございます」



 特別大きいわけでもない声が、しんと部屋の隅々に染み渡ると。


「え……」

「そ」

「しっ!」


 態度が180度変化する。

 緊張と、集中。


 全員の視線が、欧陽貴妃に集中する。

 痛いくらいの視線、痛いくらいの静寂。


 しかしそれも、


「では、お願いします」

「はい」


「えぇ!?」

「あの子が!?」

「なんですって!?」

「正気!?」


 欧陽貴妃に請われて小鳥が立ち上がった瞬間、また180度空気が変わる。

 忙しいことである。


 しかし、普段だってただの後娼であるタジがやっているのだ。

 小鳥も自分が少女だからって頓着はしていられない。


「皆さまもご存知の、例の『ダイイング(死者か)・(ら)メッセージ(の伝言)』ですが。


 あの意味が判明しました」


 遺体を見ても怯まない程度には度胸の座った彼女である。

 胸を張りはしないが、堂々と切り出す。


 ここまで来るともう、小鳥のMCに疑義を呈する者もいない。

 誰しもただ、その先が気になるばかり。


「さて、その『伝言』の内容ですが。



『筆記用の墨を筆代わりに、血で “雀” と書く』



 というものでした」


 小鳥が虚空に指で同じ文字を書く。


「これにつきまして、重要な点は



『なぜ墨を使って、血で書いたのか』



『少なくとも頭に致命傷を負った被害者なら、指の方が書きやすかったはず』

『なのに墨を使ったこと』


『墨を選んでおきながら、それで字を書こうと試みた形跡もない』

『最初から血で書くつもりだったのに、これまたわざわざ墨を使ったこと』」



 小鳥は小さく咳払いを挟むと、


「これにつきまして私たちは、


『文字を書くものが、“墨(・)で(・)は(・)な(・)く(・)血”でなければならなかった』

『墨と血における、両者を使用した場合の違い』


 が鍵ではないかと考えました」


 チラリとタジの方を見た。


 対するタジは、何も言わず優しく目を細め、小さく頷くだけ。

 ズレてもいない帽子の位置をなおすだけ。


「その結論は?」


 誰かが問うと、小鳥もそれに頷き返す。


「はい。私たちの推理では、


『色』


 つまりは



『赤色で文字を書く』



 ことだったのではないかと」


「赤……」


 妃嬪たちはまだ要領を得ていない様子。

 ちょうど飛燕なんかと同じである。


「それがいったい?」


「『赤で書かれた雀』

『赤い雀』


 何か思い付く方はいらっしゃいませんか?」


 しかし当然、妃嬪は飛燕より賢い。



「『朱雀』……」


「そのとおりです」


 すぐに誰となく、正解を口にする。


「今お答えになられた方ならご存知と思いますが。

 朱雀は風水、『山川道澤』において


『南方の守護者』


 とされています」


 飛燕がずっと目を丸くしている。

 口の中で小さく出た声は、


「小鳥がこんな、丁寧に話せるなんて……」


 TPO問題はさておき。


「じゃあ、犯人は『南』が関わっているのね?」

「南方出身者? 名前に『南』が入っている方?」


 妃嬪たちも口々に、相乗りで推理をつぶやく。

 しかし小鳥はそれらを拾いつつ、首を左右へ振る。


「残念ながら。南方出身では個人を特定するには至りません。

 また『南氏』なる人物もこのなかには不在です」


 ザワめきの質が変わる。

 今までの推理をちゃぶ台返し、行き詰まったからだろう。


「ですが皆さま。『伝言』は伝わってこそです。であれば。


 先ほどの『朱雀』、風水に詳しくなければ通じない。

 我々へ向けられたものとして、やや不適切であるとは思いませんか?」


「確かに」

「そうよね」

「言われたら知っているけど、言われないと出てこないわ」


 口々に上がる賛同の声。小鳥は満足そうに頷く。


「ただ、一度『朱雀』を脇に置き、


『“雀” には二重の意味が込められている』


 としたら。



 我々だからこそ通じる『雀』があるとは思いませんか?」



「麻雀……」



 声は、朱雀のときより明らかに大きく、複数人が、いや、大勢が発したものだった。


「はい! この伝言には、麻雀が鍵として含まれている!



 ここで先ほど解き明かした『南』!


 こちらを麻雀に組み合わせると、何か見えてきませんか!?」



 小鳥と欧陽貴妃の目が合い、彼女は反射的に答える。



「風牌の、『南』」



「そのとおりです!


 そして麻雀には、『風牌と言えば』で代表的な、

 いや、麻雀のなかでも代表的な、88点役がある!」


 小鳥は懐から紙を取り出す。

 役の一覧表である。


 彼女が前方へ突き出したページ、指差す一番上の列に書かれているのは、



「『東』『南』『西』『北』、それぞれを刻子か槓子にする、



『大四喜(タースーシー)』です」



 小鳥は紙を懐へしまう。


「そう、麻雀において『南』は、



『大(・)四(・)喜(・)を構成する風牌の2(・)番(・)目(・)』



 なのです」


 それからゆっくり、ある人物へ視線を向ける。


「もうお分かりですね」


 その人物とは、


「『死者からの伝言』が指し示す人物。

 邱妃殺人事件の犯人は、



 喜二娘さん、あなたです」











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