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タジ 〜後宮娼婦の事件簿〜  作者: 辺理可付加
リビング・メッセージ
76/94

14.

 だが于妃の言うとおり、


『もう少し』


 である。これが結論ではない。


「で、その朱雀がなんなんだ? 朱雀妃とかでもいらっしゃるんか?」

「いや、いなかったと思うけど」


 飛燕の問いに小鳥は首を左右へ。


「じゃあ朱雀がなんのヒントになるんだ?」

「そだねぇ」


 小鳥は頬を膨らませ、人差し指で抑える。


「やっぱり


『水辺の街出身』


 とか、


『住んでる楼閣の近くに池がある』


 とか?」

「ほう」


(違う違う、そうじゃない! もうひと声!)


 于妃も手牌を見るフリをしながらチラチラ、見守っている。


(『蔵風聚水』を知っているなら、もうひとつ別のものも習ったはずだ!

 そうだろう! そうだと言ってくれ!)


 そんな于妃の心の声が通じた

 可能性は確実にゼロだが。


「あ、そうだ。



『山川道澤(さんせんどうたく)』っていうのもあってね?」



(ぃよしっっっ!!)


 なんとか想定どおりのルートへ。

 于妃が卓の下で小さくガッツポーズをすると、



「はっ!」

「……」



 郭妃が細められた目で彼女を見ている。



 手元は卓の下に隠したといっても、肩なんかは出ている。

 何やらモゾモゾ動いているのが丸分かりである。


 于妃は慌てて手牌に視線を落とす。

 さも


『私はいい役が組み上がりそうで喜んでいるだけですが何か?』


 という態度を繕う。


 だが何かイカサマを狙っていると思われたかもしれない。

 于妃は前科持ちである。


 そんな水面下ならぬ卓下の攻防(ひとり相撲?)がある一方。


「『蔵風聚水』の異説、ていうか発展系でね」


 小鳥の話も展開している。



「『北には山があって玄武が住む』

『東には川があって青龍が住む』

『西には大路があって白虎が住む』

『南には澤があって朱雀が住む』


『このような場所が、家を構えるのによい』



 っていうの」

「んー」


 飛燕は額に手を当て考える。

 話が引っ掛かったのか、手牌が悩ましいのか。


「青龍と朱雀、内容被ってね? どっちも水じゃん」

「『川』は『流れる水』、『澤』は『溜まる水』。全然違うよ」

「へー」

「東和国なんかじゃ、こっちの条件で都を造ったんだって」


 飛燕はようやく牌を河*へ流す。 *捨て牌置き場


(む!)


 于妃にとって欲しい牌だったが、


(いや、話の流れを切ってはいけない。ここは我慢だ)


 グッと堪える。


「あ、それ吃(チー)」

「うおっ」


(チッ!)


 なお郭妃に取られる模様。

 僅かに話の進行が危ぶまれたが、


「で、それだとなんなんだ?」


 吃をされて驚いた飛燕が、気持ちを落ち着けるべく話を戻す。

 小鳥もすかさず答える。


「そういうわけで、朱雀を


『南を司る象徴』


 って考える向きもあるわけ」



(よしよしよし! よぉーしよしよし! 天才! あとでギューッてしてやるぞ!)



 于妃のキャラが崩壊する。

 たまに漫画やドラマで


『一度でも殺人を犯してしまえば、もう元には戻れない』


 などと言うが、こういうことではない。


 それはさておき。



「でも、『南』、ねぇ」



 水を差す、でもないが。

 吃からもう1巡。手番の回ってきた郭妃が、冷静に牌を山から取る。


「え? なんか違うっぽい?」


 小鳥が心配そうに振り返ると、


「いやいや」


 牌を手持ちに並べることもなく捨てる。

 首を左右に振ったのは、否定かいらない牌へのリアクションか。


「まえもさ、


『一索は一部の地域では雀や孔雀を使う』

『だから犯人は朝中出身者だ!』


 ってなったことがあるじゃん?」

「あー」


 小鳥も察したのか、露骨に肩を落とす。


「でもそれは


『範囲が広すぎて個人を特定できない』

『犯人を示す鍵とは思えない』


 ってことでボツになったろ?


 だったら今回のもなぁ。


『南方出身』


 とかだと広すぎるぞ?

 そもそも朝中全体が大京から南だ。まったく範囲が絞れていない」


「うーん」


 于妃からしても、『余計なことを言うな!』と言いたいところだが。


 散々『もう一歩』などと言ってきて、まだ。

 しかし本当にあとひとつだけ。

 彼女が用意したゴールへたどり着くには。


『この人が犯人です』


 と個人を指差すには、ステップが足りていない。


(頼む、気付いてくれ……!)


 于妃は祈る。

 祈るしかない。



 なぜなら、その鍵はすでに小鳥へ手渡されているのだから。



 それは自然な流れで、さりげなく行われたもの。

 だから少女が気付かなければ、再度リードする自体は可能だが。


 正直、露骨なやり方になってしまう。

 ここまでやってきて最後に、怪しまれる危ない橋を渡ることになる。


 できればそれは避けたい。



(頼む! 気付け! いつでもたどり着けるはずだ! 秒読みなんだ!


 ほら、すぐにでもその……!)



 于妃の念が籠った視線にも、小鳥が気付く様子はない。

 気付かれても困るが。


 少女の目線が于妃と合うことはなく、


「んー」


 山から牌を引くと、役の一覧表を取り出し眺める。

 まだ全然覚えていないのだから、手放せないナビゲートである。


 何も覚えていないから、とりあえず88点役から確認して、


「あ」


 目の動きが止まる。


「お、どうした。いい手が入ったか」

「ちょっとお(・)ね(・)え(・)さ(・)ん(・)に教えてみ?」

「いやダメでしょ」


 飛燕と郭妃がごちゃごちゃヤジるも、小鳥はぽ(・)ー(・)っ(・)と無反応。

 何も聞こえていないかのようなまま、溢した言葉は



「分かった。犯人」











 一方その頃

 よりは少し遡るか。


 調度品はベッドに小さな丸テーブルと椅子、化粧台にタンス。

 あとは壁にサイドボードが所狭しと詰められ、上には壺やら謎の置き物やら。


 そういう意味では、他の客室と一切変わらないが。


 決定的に違うのは



 絨毯に広がる赤い染み。


 血。



 そう、ここは邱妃が殺害された部屋『清淵』。



 すでに死体はなく


 代わりに3人の女性が立っている。


「もうお加減は大丈夫なのでしょうか?」


 並んだ真ん中、おずおずと聞くのは欧陽貴妃。


「体調を崩されていらっしゃいますところ、申し訳ありません。

 しかし、どうしてもお力をお借りしたいのです」


 向かって左、頭を下げるのが喜二娘である。


 そして、残るひとり。


「大丈夫ですよ。今朝は割包(ガーバオ)を7つ食べました。快調です」

「えぇ……」

「食べ過ぎでは……」


 人の心配を一瞬でドン引きに切り替えてしまった女。


「それより血の広がり方的に、邱妃の頭の位置はここ、こんな感じで倒れていた」

「はい、そうです」


 指で虚空に死体の輪郭線を描く。


「で、ここに例の『雀』」

「ご覧のとおりですわ」


 それから視線はタンスの上へ。


「で、あれが凶器となった鹿人間の青銅像と」

「邱妃さまが握っていらっしゃった墨です」

「なるほど」


 女はさらに後ろへ振り返る。

 色味の派手な裾が翻る。

 さっきまで来ていた寝巻きでもなければ、朝夏人の漢服とも違う、


 北方の騎馬民族が着る民族衣装。


 彼女の視線の先には、2メートルはあるタンス上部の、ガラスキャビネット。


「壁際の骨董の列に目立った隙間がないのを見るに。

 鹿人間像が入っていたのはあちら?」

「そのはずですわ」

「ふむ」


 女はもう一度『雀』に視線を戻すと、


 俯いた拍子に気になったか、ズレてもいない帽子の位置をなおす。


 そう、お察しのとおり、彼女こそ、



「大体分かりました」



「「えぇ!?」」



 タジである。











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