12.
翌朝。
「大丈夫か小鳥!」
夜明けと競り合って欧陽家別邸に現れたのは、やはりこの男。
「お兄!」
「オマエが行った集まりで殺人があったって聞いて! もう居ても立ってもだったぞ!」
ロビーで待っていた小鳥を見つけ、一目散に駆け寄る。
「今回も捜査官なの?」
「そりゃもう志願したさ」
飛燕は床に膝をついて目線の高さを合わせると、小鳥の両肩に手を置く。
これまでは皇帝の指名で嫌々動いていたが。
妹が巻き込まれたとあれば話は違うらしい。
「で、オマエはケガとかないんだな!?」
「うん、死体見たくらい」
「おぉ! かわいそうな妹よ!」
「なんかちょっと今日のお兄キモい」
抱き締められた小鳥が助けを求めて振り返る。
右斜め後ろには郭妃が立っていたが、
「諦めな。
『離れた場所で妹が殺人鬼とひとつ屋根の下』
心配で、そりゃいつもの精神状態じゃないのさ」
肩をすくめ、両手のひらを天井へ向けて首を左右へ。
「いつも後宮と外とで別れて暮らしてるけど」
「そうじゃなくて、うーん、物理じゃなくて、概念的な?」
しかし、いくら兄妹であり仲もいいとはいえ。
成人済みの兄が思春期13歳の妹の胸に取り縋るのはよろしくない。
通りすがった妃嬪たちがザワ付いている。
なかには
『顔を知らないので、あれが小鳥の兄の飛燕だとは分からない』
『そもそも小鳥に兄がいることを知らない』
人もいるだろうし。
珍しく小鳥が兄の名誉を守ろうと、押して剥がしに掛かったところ、
「ようこそいらっしゃいました。中央からの捜査官の方でございますね?」
「あ、はい」
「私、館と今集会のお世話を取り仕切らせていただいております、喜二娘と申します」
できる従者はナイスタイミングを見計らう。
さすがに数メートルの距離で、知らない人から丁寧なあいさつをされれば、
「衛尉官の飛燕です。よろしく」
飛燕も我に返ったらしい。
小鳥を解放して立ち上がる。
「捜査に必要な協力がございましたら、なんなりとお申し付けください」
「ありがとうございます」
「では、お部屋へご案内いたします」
喜二娘のあとに着いていきながら、
「なんか宿みてぇだな」
小鳥に笑い掛ける飛燕だが、
彼が案内されたのは、客室ではなく
「こちらで寝泊まりしていただきます」
「えぇ……」
離れの物置き小屋だった。
妃嬪とひとつ屋根の下で泊めるわけにはいかないから仕方ない。
「おおぉ」
その後、朝食を終えた飛燕は『清淵』、殺害現場に来ていた。
「やっぱエグいよな。大量の血って」
「死体があったときはもっとエグかったよ」
当然のような顔で同伴している小鳥は、ぽっかり空いたスペースを見ている。
「まぁ正直、切腹死体よりはマシだったけど」
「妹が死体評論家になって兄ちゃん悲しいよ」
「ふふん、ソムリエと呼んでくれたまえ」
「ま、横文字なんか使っちゃって!」
「むしろ悪趣味になった気がするな」
ふたりの1歩後ろにいる郭妃が腰に手を当て、呆れたように息をつく。
その微笑ましい(要審議)光景を、
(話脱線してないで、さっさと進めてほしいんだが!?)
顔には出さねど、イライラ見守っているのが于妃である。
と同時に彼女は思う。
(どうせコイツら、見守っていたら脱線する一方なんだろう?)
どんな捜査官が来るのか。冴えたヤツが来て子守りから解放してくれるのか。
于妃の期待は裏切られたわけだが、言い換えれば今までどおり。
プラマイはゼロでしかない。
であれば、引き続きリードしていくのみ。
「身内との再会で盛り上がっているところ悪いが。
飛燕くん、見てくれ。そこにあるのがほら」
彼女の人差し指の先にあるのは、
「これが例の『雀』か」
「うん」
「姉さんのことか?」
「アンタら本当に兄妹だねぇ」
(確信した! やはりコイツも期待できない!)
アホが増えればストレスも増える。やっぱりマイナスかもしれない。
「で、タンスの上に置いてあるのが墨ね」
「はいはい、『筆代わりに使った』ってヤツ」
于妃がワナワナしているあいだに、小鳥が説明を引き継ぐ。
死体回収の際に移動された墨は、布を敷いた上に安置されている。
「ふーん。指でチャッと書きゃいいもんを、わざわざ墨でねぇ」
「だから私たちは
『どうしても組み込まなきゃいけないほど、墨が犯人に関連している』
って思ってるし、タジさんは逆に
『墨を手に取ったのに、そのままではなく血を使って書いた』
『墨ではダメだった理由、血でなければならなかった理由』
『血で書いた場合に生じる、墨との違いが鍵なんじゃないか』
って」
(うむ)
于妃は頷きたい気持ちを抑える。
(私の見込んだとおりだ。私の用意した答えを適確に導き出している。
というか、風邪を引いていてこれなんだろう?
さすがと言うべきか、恐ろしいと言うか)
彼女はキッと飛燕へ視線を向ける。
その鋭さには、期待が含まれているようにも見えたが、
「えー? 硯で磨ったならともかく、塊の墨だろ? そもそも書けるか?
推理はすごいか知らんが、アイツの言うことはたまに着いていけん」
(コイツはカスだがな)
秒で光は消える。
そんなことは露知らず。
飛燕は首を捻りつつ、『あ、そうだ』という顔をする。
「で、そのタジはどこにいるんだよ」
ある種、于妃とシンクロはしている。
「来てるんだろ? そう聞いてる。
陛下からも
『現地にタジがいるから、協力して事件を解決しろ』
って言われてるんだよ」
「あー」
飛燕は部屋を見渡したり、一度廊下へ顔を出したり。
わざとらしいくらいの探し方をする。
「部屋か? まぁいっつもメンドくさそうにはしてたしな。言われなきゃやらんか。
でも正式に陛下からご命令が出たからな。やってもらわにゃあ」
小鳥が『どうしよう』という顔をするので、郭妃が告げる。
「タジなら熱で寝込んでるよ」
「えっ」
飛燕はピタリと止まると、
「じゃあもう無理じゃないですか。他に誰が推理できるっていうんです」
(早いな! 期待はしていなかったけど!)
思考も停止。
なお于妃の怒りは最高到達点を更新中。
「はいはいはいはい! 私! 私がやります! やってます!」
「いや、オマエにゃ無理だろ」
小鳥とは真反対のリアクション。
『雀』に対するコメントこそピッタリだったが、根本的に性格は似ていない。
「なんでよ!」
「こんなガキにバレる程度の犯人が、殺人なんかできるわけないだろ!」
(黙れよ! 殺すぞ!)
「でも『死者からの伝言』が残してあるもん!」
(そうだぞ! 私が丹精込めて考えた、完璧な暗号だぞ!)
まずもって
『雀と墨を掛け合わせて暗号が完成する』
か
『わざわざ血で書いたことに意味を持たせたい』
か解釈が分かれる時点で完璧ではない。
だが案外、
「人にそこまで言うなら、お兄には分かるわけ!?
『わざわざ雀を血で書く意味』!
『墨で書いた場合と血で書いた場合の違い』!」
「分からねぇから言ってんだろ!
知らねぇよ!
色とかじゃねぇの!」
「!」




