11.
「ていうことがあってね?」
その晩、風呂と夕食を終えて。
小鳥と郭妃は
「へぇ、それはそれは」
寝込んでいるタジの見舞いに来ていた。
「麻雀ってとってもおもしろいのね!」
「そっちかい」
『殺人事件があった』とか『どうしよう、怖い』より、遊びへのコメントが優先。
相変わらずどこか倫理観が無重力な13歳。
郭妃は
『笑っていいのか叱った方がいいのか分からない』
という表情で、中間択のツッコミを入れる。
しかしタジが首を振る。
「いやいや、郭妃さま。むしろ頭に凄惨な事件が染み付いているより、忘れた方がいい」
上半身も起こせず、枕に沈んだ首を左右へ。
らしくもないしっとりした声で、らしくもない懐の広さ。
この擁護には郭妃も、
「こりゃダメだな。病が脳までまわっている」
「死ぬんだね」
「感染ってしまえ」
この態度である。
「でもこの子、
『タジさんがダメなら、私が推理するしかない!』
って言って、メチャクチャ首突っ込んでたぞ?」
「君も寝込んだ方がいいよ。寝る子は育つ」
「起きてても歳は取るよ」
「悪い大人へと向かってね」
まぁ全員この調子なので仕方ない。
「そんなこと言うなら、タジさんがやってくれたらいいじゃん!」
「熱ね」
今度は小鳥が病人のベッドサイドに手をつき、無茶振りをする。
何か順番に人間性の最低値を更新するルールでもあるのだろうか。
「治ったらでいいから!」
「たぶんまだまだ先だよ。お粥2杯しか食べられなかった」
「じゅうぶんじゃないのさ」
「いや、上湯の風味豊かな高級粥だった。
4杯は食べるつもりだった」
「後宮務めのくせに、なんか発想が卑しいな」
「重病人にしてはめちゃしゃべるじゃん」
小鳥の指摘が真っ当すぎたのだろう。
ぐうの音も出なかったタジは、
「それにしても、『雀』、ね」
代わりに別の話題を切り出す。
「そうそう! 敷きものに血で大っきく『雀』!」
「手紙書く用の墨を筆代わりにして、な」
「ふーん」
タジは後頭部で両手を組み、天井を眺める。
「被害者の邱妃は脳天を、こんくらいの青銅像で一撃」
「鹿人間!」
郭妃が『これっくらいのっ お弁当箱にっ』みたいなジェスチャーでサイズを、
小鳥がまったく必要ではない情報を付け加える。
「で、現場じゃ机が倒れてて、そこにあるのと同じヤツ。
床には硯、筆、紙が散乱していた」
「たぶん手紙を書こうとしてて、そこを襲われたんだと思う」
「ふんふん」
「握ってた墨も、そんとき一緒に落ちたのを手に取ったんだろうな」
「なるほどね」
タジの返事は軽い。
聞きながら思考しているのか、上の空で天井の木目を眺めているのか。
ただ、相手の言葉のみに集中していないことは確か。
昼間の麻雀講座を思い出せば、小鳥と似ているのかもしれない。
「何か分かる?」
小鳥は期待に満ちた目で顔に顔を寄せる。
しかし、
「いや、見てみないことには分からないな」
当然と言えば当然。
タジは寝返りを打って小鳥に背中を向ける。
「えー!? なんかないのぉ?
『雀の炭焼きが大好物の人』
とか、
『雀が燃え尽きた炭の中から復活する神話』
とか!」
「知らない知らない。
そもそもその『墨』と『雀』が関連あるかも分かりゃしないのに」
「あるに決まってるじゃん!
わざわざ墨に血を付けて『雀』って書いたんだよ?
指で書くこともできたし、届く範囲にあったか忘れたけど筆も落ちてたのに!
明らかに
『雀』に『墨』の要素を『足す』ことが目的だよ!
ちゃんと考えて!」
小鳥が不満げに声をあげる。
そこまで推理できるなら自分でやればいいのに。
昼まえは
『私が解決せねば!』
などと鼻息を荒くしていたのだし。
そんな気分屋少女を、郭妃がベッドから引き剥がす。
「まぁまぁまぁ。相手は病人なんだ。そろそろ休ませてやれ」
「むーん……」
「明日には陛下が派遣した捜査員も来るさ」
「どうせお兄とかでしょ? 役に立たないよ」
「おう、辛辣……」
だが、兄には厳しいがタジには一定の敬意と配慮があるらしい。
小鳥は素直に部屋の出口へ向かう。
「じゃあ今日はもう帰るね。また何か分かったら来るよ。
おやすみ」
タジも背を向けたまま腕を天井へ伸ばし、ヒラヒラ振る。
「私も元気になったら一度、現場を見に行ってみるよ。
おやすみ」
その言葉を合図に、小鳥が敷居を跨いだそのとき、
「まぁ、でも」
タジがポツリと付け加える。
小鳥がグルッと振り向き、あまりの勢いに郭妃も
「おおっ」
と驚く。
タジは背を向けたまま続ける。
「『書きもの用の墨』
と
『血で書いた雀』
だったんだろう?」
「うんうんうん!」
小鳥の首を振る速度がバーテンダーのシェイク。
「だったら、
むしろ両者は関係ない、
それこそが関係しているかもしれない」
「へあ?」
しかしタジの言葉は期待より全然分かりにくい。
縦振りだった首が横倒しへ。
それを見ていたわけではあるまいが、
「さっきの小鳥の推理は見事だったけど。
それで行き詰まっているなら、違う角度で考える必要がある」
タジはより噛み砕いてくれるようだ。
「もし
『墨と雀の組み合わせ』
が犯人を示す鍵になるとして、手元に墨があったなら。
血なんか使わないで、そのまま墨で書いたらいいんだよ。
その方がより確実に、発見されたとき『墨と雀』をひとつとして考えてもらえる」
小鳥と郭妃が顔を向き合わせる。
タジは背を向けたままなので合わない。
「もちろん水で磨っていない墨じゃろくに字は書けないけどさ。
案外簡単に指や爪の隙間に付着するものでもある。
下が繊維質の絨毯なら、黒い跡くらいは付くだろうさ。
何より頭を殴られて瀕死、朦朧とした状況下で
『指に血を付ける』
より優先して
『字を書けるもの』
をつかんだんだ。
冷静に血を付ける手間なんか挟まず、墨だけで書こうとするんじゃないかな」
ここでタジは軽くモゾモゾ。居住まいならぬ寝住まいをただす。
「でももし。
『わざわざ墨に血を着けて書く』
のが
『磨っていない墨では書けないので血を使った』
じゃなくて、君の言った
『指で書けばいいのにわざわざ墨を使った』
と同じく、
『墨が手元にありながら、あえて血で書きたい理由があった』
という意味だったとしたら」
「『血で書きたい理由』……」
「言い換えれば、
『血でなければならない理由』
『墨と血の違い』」
タジはそこまで言い切ると、
「あぁー、落ち着いていた熱がぶり返したかも」
棒読みで付け加え、それ以降何も言わなかった。




