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タジ 〜後宮娼婦の事件簿〜  作者: 辺理可付加
リビング・メッセージ
70/95

8.

(は?)


 于妃は喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。

 いや、出てもよかったかもしれないが。


 真に飲み込むべきは、ここからである。



(いやいやいやいや、待ってくれ待ってくれ!



 それでは私の計画は!?


『タジが「死者からの伝言」を読み解く』


 という八卦の陣は!?



 これじゃただ捜査をややこしくしただけではないか!


 いや、伝言に食い付くヤツがいなければ、ただのラクガキなんだが!?)



 幸いにして表情筋(以下略)の于妃。

 多量の発汗は死体を見ているせいとでも言えばいいだろう。


 しかし


『じゃあダイイング・メッセージは無視して、一番因縁深い于妃が犯人でいいか』


 となったら、どう言い逃れする?


 残念ながらこの時代、法治国家の


『疑わしきは罰せず』

『証拠主義』


 は確立されていない。

 皇帝が


『うん、ソイツが犯人っぽいね。それで行こう』


 と言ったらそれが大正義巨人軍。

 ネット de 真実どころの話ではない。


 于妃はただ


『バレバレの状況でバレバレの犯行に及んだおバカさん』


 として歴史の露と消えるのである。


 そこは最初から変わらない気もする。



 綿密に考え抜いた(割には、な)策が、まさかのアクシデントで崩壊手前の于妃。

 緊張のあまり、背筋をバキバキに伸ばしていると、



「だから、今回は私たちが事件を解き明かさなければならない!」



「……マジで言ってる?」

「私と郭妃さまで解き明かさなければならない!」

「いや、私の名前が省略されたことに文句言ってんじゃなくてさ」


 小鳥が立ち上がり、ドンと胸を叩く。



(正気か!? こんな小娘が!?)



 于妃の心臓もドキリと跳ねる。



「本当に!? お願いできますか!?」



(正気か!? こんな小ガキに!?)



 なんか救いを得たような欧陽貴妃の顔に、肩まで跳ねる。


「で、できるのか?」


 思わず于妃が口を挟むと、小鳥はドヤ顔で胸を張る。


「もちろん! タジさんの隣でずっと見てきたもん!

 私こそが一番弟子! ホームズにおけるワトソン!」


 そのポジションは探偵ではない。

 いや、確かに時空を超越して本を読めるなら無敵ではあろうが。


 少なくとも于妃にそのネタは伝わらないので、ポカンと黙るしかない。


「でもそのためにもまず、この『死者からの伝言』を解き明かさなければ」


 しかしどうやら小鳥、一応ミスリードには引っ掛かってくれるらしい。

 子どもだからか、あるいは『ゲーム好き』の集まりだからか。


 それならそれでありがたい。

 第一関門はクリア。


 ホッと胸を撫で下ろす于妃だが、



「で、『雀』ってなんだろうね? 飛雀貴妃(お姉ちゃん)のこと?」

「じゃあ祟りじゃん」



「……」



 こんなヤツに任せて大丈夫なのだろうか。

 腹と頭は痛くなってくるのだった。



 皆さまも是非、ガバガバな計画で殺人をするのはご遠慮願いたい。











「これが、今回のお客さま及び使用人の名簿表ですわ。

 もちろん私の名前もこちらに」

「ありがとう」


 場所は変わって食堂。

 欧陽貴妃が小鳥の隣に座り、机の上でリストを滑らせる。


 先に昼食は済まされ、妃嬪たちは部屋へ逃げ帰ってしまった。

 今は厨房に皿洗いをしている侍女が数人いるばかり。

 あとは子守りの郭妃と欧陽貴妃守りの喜二娘、

 トリック守り(?)の于妃が臨席している。


 ちなみに当然の反応として、妃嬪たちから


『もう帰る』

『麻雀や紅葉狩りをする気分じゃない』

『殺人鬼と同じ空間にいられるか! オレは帰らせてもらうぜ!』


 という意見が噴出したが。


『今帰ると、やましいことがあると思われるがよろしいか』


 という欧陽貴妃の脅しで、全員動けなくなってしまった。


 まさかの自主クローズド・サークルである。



 そんな、本来なら劇場版レベルのシチュエーションに挑むのは、


「えーと、『雀』『雀』『雀』……。


 ダメだ、名前に入ってる人はいないね。『墨』も。

 刺青(入れ墨)彫ってる人はいるかな?」

「いたら大問題*だろ」 *近世以前の中華文化圏では、入れ墨は刑罰で入れられる『前科者の刻印』だった。


 リストを読むのに、指で文字をなぞるような小娘である。


「でもまぁ、直接名前は書かないよなぁ。

 あとで犯人に見つかったら消されるだろうし」

「私だったら見覚えないのが書いてある時点で消すよ?」

「違いないや、へっへっへっ」

「えっへっへっ」



(笑っている場合か!!)



 並んでヘラヘラしている小鳥と郭妃に割って入って叫びたい。

 于妃は衝動と必死に格闘している。


 小鳥はともかく、大人の郭妃までIQ溶けていないか。


「雀飼ってる人なんていたかな?」

「金絲雀(カナリア)だったらいたけど、今日来てないな」

「なんか『金絲雀』ってさ、


『金に糸目はつけないぜ!』


 って名前だよね」

「へっへ」


 あるいは、


『皇帝陛下に連絡しろ』


 と言い出したのが彼女である。


 やがて宮中から来る捜査員に、全て任せるつもりかもしれない。

 今は少女の謎解きゲームに付き合っているだけ、みたいな。


「てことはだ。おそらく『雀』や『墨』そのものが答えじゃなくて、


『そこから連想、関連付けられるものを探せ』


 ってことだろうさ」

「『伏籠のうちにこめたりつるものを』……」

「犬飼ってるヤツは来てたかなぁ。犬じゃないけど」


 にしても小鳥、時折教養が垣間(かいま)見える場面はあるのだが。

 それが推理を進める様子はない。


 確かに知識量だけで解決するなら、捜査一課は大学教授だけでよくなってしまうのだが。

 そういえば、そんなミステリもあったか。


「うーん、雀、雀、墨、墨、雀……」


 小鳥は数秒、文字をなぞっていた指でテーブルをトントン叩く。


 一説に、指先に刺激を与えることは脳の活性化を促すとか。

 それがシナプスをナンチャラカンチャラしたかは知らないが、


「雀……、



 麻雀?」



(よしっ!)


 于妃が心の中で喝采する程度には、推理が進んだ。


「あー、確かに麻雀愛好会の集まりだもんな。


『死者からの伝言』って、解き明かせないと意味ないし。


『麻雀に絡めれば誰かしら分かるはず』


 ってのはあるかもな」


 これには郭妃も目を見開く。


「もしくは


『愛好会に関係ない侍女たちではありません』


 とか?」

「それはもうちょっと個人を絞れる伝言を残すもんじゃないのか?」


 だが于妃からすれば、そこはあくまでスタートライン。

『墨』のヒントも後回しにされている。


(これは、あれだな。



 どうやら私が、それとなく寄せていってやらねばならないようだな)



 やれやれと于妃はため息をつく。


 本来なら偽装工作を終えた時点で自分のターンは終了。

 あとはひたすら、タジがゴールまでキャリーしてくれる予定だったのに。

 まさか自分が子どもをキャリーする羽目になるとは。


「うーん」

「むむむ」

「くむぅ」


 結局また行き詰まったふたりと欧陽貴妃に、


「もし」


 于妃は立ち上がって声を掛ける。



「いい考えが思い付かないなら、実際に麻雀を打ってみるのはどうだろう?」











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