7.
「うわぁ」
「いやぁ」
「これは……」
2階の一室、『清淵』。
男子生徒がよく言う、
『女子はトイレにも大人数で行くよな』
を地で行くノリで、大挙してやってきた妃嬪たちだったが。
当然、死体を見て絶叫、逃走。
しかも入り口はドア1枚分。
2桁からの人数が一度に入室し、全員同時に見られたわけではない。
なのでしばらくのあいだ、
『入っては悲鳴を上げて逃げ出し、また次の妃嬪が入って叫ぶ』
というバカみたいな光景が繰り広げられた。
持ち時間数秒のアイドル握手会じゃないのだから。
その結果、現場に残ったのは
「なんということ……」
ホストとしてなんとか踏みとどまった欧陽貴妃を始めとする10名。
全体の半分にも満たない。
しかしその内訳も、あとは
「あああぁ」
「ひいい」
すでに腰を抜かした喜二娘ともうひとり、先行した侍女でふたり。
あるいは彼女たちも集団で見に来ていれば、精神が保ったかもしれないが。
もうひとり侍女がいるものの、こちらも精神がどこへやらな顔をしている。
他には、
「見るな」
両手で背後から子どもの目を隠す、冷静な郭妃はさておき。
「平気だよ? もっとヤバいの見たことある」
「大人としては、平気になってほしくなかったんだよ」
その子どもでしかない小鳥がいるくらい。
他3名の妃嬪は、侍女と同じく使い物にならない。
これで9名
10人目、最後のひとりに至っては犯人である。
「誰が、どうして、こんなこと……」
欧陽貴妃は気丈に振る舞おうとしているが。
やはりどうしても精神が追い付いていない。
無理からんことである。
「欧陽貴妃。まずは急ぎ宮中へ使いをやって、陛下にご報告しよう」
「え、えぇ、はい」
おそらく郭妃が冷静なのは、
『子守りをしているので取り乱すわけにはいかない』
という心の支えがあるからだろう。
そんな彼女の姿を、
「ねーねー。手ぇどけてよ。鶏じゃないんだから」
当の子ども以上に頼もしく見ている人物がいる。
(よかった。話のできる人間がいなければ、何も始まらないからな。
それでは私の計画も進まない)
于妃である。
なぜなら、
「どうして、どうして」
「細かいことはあとで考えるとして。
順当に考えて、
『邱妃に恨みがあるヤツの犯行』
ってとこかな」
「じゃあさじゃあさ!」
「おっと」
郭妃の言葉に、小鳥の背筋がピンと伸びる。
動物だったら耳や尻尾まで動いたことだろう。
目隠しの手が驚きで放れる。
「ここじゃ人数限られてるんだし、犯人見つかるのなんてすぐじゃん!」
そう。
普通であれば、いとも簡単に真相へたどり着けてしまう。
「どうかしら。邱妃さまはちょっと、なんというか」
「最大限ボカすと、『押しが強い』っていうか、敵作る性格だったな」
「それボカせてなくない?」
「じゃあ『攻撃的で何かと突っ掛かってくる、なんか余裕ないヤツ』」
「めちゃボカしてたわ」
「……」
どうやら于妃が思ったより事情は複雑なようだが。
それでも今朝からの邱妃大暴れを皆が見ている。
自身が容疑者最右翼であることに疑いはない。
だからこそ、仕掛けたのだ。
「おや?」
「おぉ、于妃」
「どうかされましたか?」
「ここ。
これ、文字じゃないか?」
「「「ええっ!?」」」
「ほら、邱妃の右脇腹のあたりの床に」
「ホントだぁ!!」
「あっ、こら」
小鳥が声を上げるや否や、四つん這いになって顔を寄せる。
郭妃が止める隙もない早業である。
「えーと、
『雀』……」
「『雀』ぇ?」
于妃はニヤリと上がりそうな口角を必死に抑える。
幸いにして生来朴訥、表情筋は乏しい方なので苦労はない。
「ねぇ郭妃さま。これってさ」
于妃の仕掛け、計画がうまく運ぼうとしている。
その内容こそ、
「『ダイイング・メッセージ』ってヤツじゃない?」
『別の証拠を用意し、犯人をミスリードする』
というものである。
ただし。
お察しの方もいらっしゃるだろうが、
この作戦、大いに不自然である。
もし犯人をミスリードしたいのであれば。
わざわざダイイング・メッセージにする必要がない。
もっと直接的に『犯人』を示せる遺留品とか、
なんなら名前を書いてしまえば、それで1発のはずである。
逆の話をすれば、誰もダイイング・メッセージを解けなければ台無しである。
どころか、
『よく分からないし、もう一番怪しいヤツが犯人でいいでしょ』
となりかねない。
それではむしろ、墓穴を掘っただけになってしまう。
ではなぜ于妃はこんな真似をしたのか。
その理由こそ、
「あとなんか、墨、かな?」
「墨?」
「うん。字ぃ書くとき用のヤツ。それを握ってる」
「墨ねぇ」
「あれ、これで書いたのかな。墨に血が着いてる」
小鳥が立ち上がって、膝を払う。
「タジさんなら何か分かるのかな?」
この女の存在である。
于妃の脳裏に、北方民族の帽子を被る、切長の目をした後宮娼婦が浮かぶ。
彼女とて後宮の人間、話は聞いている。
なんでもここ最近、
後宮で立て続けに殺人事件が発生しており、
それを解決したのがタジなのだという。
犯人たちは毎度あれこれと偽装工作を施すのだが、
彼女の前にはことごとく見破られるのだとか。
『鷹の目』なる評判は、伊達ではないらしい。
その相手がなんと、後宮麻雀愛好会のメンバーであり、
于妃が久しぶりに邱妃と顔を合わせる日
千載一遇の好機に居合わせるのだ。
そこで于妃は考える。
(おそらく、
ちゃんとした捜査撹乱では、その推理力をもって看破されてしまうだろう)
と同時に。
『相手を読む』のは麻雀打ちの得意技である。
(だが彼女は、ただ頭が回るとか観察眼に優れているとかではなく、
やはり推理好きなんだろうな。
でなければこうもポンポンと数をこなせない)
于妃が
『タジは皇帝に捜査を強制されている』
事実を知らないのはご愛嬌。
しかし彼女なら、それを差し引いても『マニア』と判断しただろう。
(であれば、だ。
もし『死者からの伝言』なる甘美な謎があれば、思わず飛び付くに違いない!
そして、普通に用意した証拠の偽造と同じく!
あやまたず
『血で書かれた雀』
の意味を解き明かし、用意された犯人へたどり着くことだろう!)
于妃が無意識に拳を握ると、指の隙間に水分が染み出す。
おそらくこの手汗は、緊張ではなく興奮であろう。
(内容の、偽りの犯人への誘導が罠じゃない。
この書き置き、それ自体が獲物を引き寄せる罠だ!)
それはいいのだが。
「なら早速タジに見てもらおう。
来てはいるんだろう? 今朝も見掛けた」
現状その計画の主演が不在である。
早く役者を揃え有利に進めるべく、小鳥と郭妃に声を掛ける于妃だが、
「呼んできてもらえまいか。ここにも、食堂にも来ていないようだが」
「あのね」
「ん?」
「タジさん、熱出て動けないの」
「……は?」




