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タジ 〜後宮娼婦の事件簿〜  作者: 辺理可付加
リビング・メッセージ
68/94

6.

 12時を少しまわったころ。


「あーあ。タジさんもツイてないねぇ」


 食堂にて。

 小鳥は10人以上で掛けるような長テーブルに、頬杖をついている。

 脚は椅子で床から離れてプラプラ、手元にはレモン水の入ったグラスが置かれている。


「まさか、せっかくの外出で寝込むたぁねぇ」


 向かいに座る郭妃には、リンゴそのものがサーブされている。


「あとで持っていってやるか」

「タジさん、麻雀教えてくれるって約束してたのに」


 どうやら小鳥は麻雀初心者のご様子。

 なんでも身近な大人の真似をしたがるのは、珍しく年相応な部分だろう。


「じゃあ私が教えてやるさ」

「ちゃんと強いの?」

「小娘……!」


 いや、いつも年齢相応に生意気な気がする。

 ついには幼児性丸出しで、バンザイの姿勢でテーブルに胸まで倒れ込む。


「あー! それよりお腹減ったよう! お昼ご飯まだかな!」

「人数分作るのは時間が掛かるだろうさ。リンゴ齧って待ってな」

「おううー!」

「レモン齧ってる……」


 しかし小鳥はさておき。

 他の客人たちも空腹を覚えたらしい。


『準備ができたら銅鑼を鳴らす』


 と言われていたにも関わらず、かわるがわる食堂に現れては、


「何か摘めるものはない?」


 などと侍女たちに話し掛けている。


 あまりに続いて、侍女たちも面倒になったのだろう。



「もし。いただいた紅茶を飲んだので、返却に来たんだが」


 于妃が井戸でこっそり血を洗った茶器を返却に来ると、


「まだ全部はできてないけど、もう出し始めましょうか」

「そうね、順次卓へ運んでいけば」

「そもそも食事のあと、紅葉狩りや麻雀大会で酒の席になるんでしょう?

 今たっぷり食べる必要もないし、なんならそのときの肴に供すればいいのよ」

「確かに!」


 コースメニューのいくつかを切り上げ、昼食を始める運びとなっていた。


「もし」

「あら、于妃さま!」

「これは失礼を!」

「いや、それは構わないが。立て込んでいるなら茶器はあとで」

「いえいえ、お引き取りいたします!

 わざわざ持ってきてくださりまして、恐縮ですわ」


 他愛のない、人の良さそうな会話の一方で。


「じゃあ私、銅鑼鳴らしてくるわね」

「お願い」


 昼食に人を集めるべく、ひとりの侍女が于妃の横を通りすぎる。


 于妃はそれを一瞬だけ横目で追うと、



(そろそろ、アレが発見されることになるな)



 事件が露見する緊張か。

 それとも自身の仕掛けた罠が世に出る期待か。


 彼女は無表情のまま、

 盆の上の茶器がカチャリと鳴った。


 あるいは、侍女へ受け渡す際の振動でしかなかったかもしれない。






「で、まだなのぉ?」


 また小鳥がブツクサ文句を溢している。

 同じく食堂のテーブルだが、今度は手を膝の上にはしている。

 他の妃嬪たちも集まっているからだ。


「まぁまぁ、お行儀よくしてな」


 郭妃は向かいから彼女の左隣へ席を移している。

 もう準備は万端

 なのだが、


 いつまで経っても食事が運ばれてこない。

 厨房とホールの境目あたりで、侍女たちが集まっている。


「ちょっとー? あまりお待たせしないで」


 ホストたる欧陽貴妃が、席から声を掛ける。


「も、申し訳ございません」

「どうしたの。皿ごとひっくり返してなくなった?」

「いえ、そういうわけでは」


 すると喜二娘が歩み出て、欧陽貴妃に耳打ちする。


「あら、邱妃が」

「はい」

「そう。もしかしたらお部屋で寝てらっしゃるのかもしれないわね」

「おおいにあるかと」


 欧陽貴妃の方はコソコソ話さないので、大体の内容が周囲にも察せられる。

 どうやら邱妃が来ていないので、始めていいか侍女たちが判断できないらしい。


 それはもちろん、于妃にも聞こえている。

 彼女は他の妃嬪同様、顔を向けて聞き耳を立てているフリをしつつ、


(おぉ。酔芙蓉に色が着き出した)


 なんとなく、視線は卓上の花瓶へズラす。


 その間に、アゴに手を当てムムと考えていた欧陽貴妃。

 ホストとして判断を下す。


「そう、ね。邱妃さまには悪いけれど、先に始めておしまいなさい」

「はい」

「給仕は他に任せて、あなたは邱妃さまのお部屋を伺って」

「かしこまりました」


 欧陽貴妃は客の方を向いて立ち上がり、胸の前で両手を合わせる。


「さぁ、皆さま! 大変長らくお待たせいたしました! 昼食を開始いたしますわ!」


「やったぁ!」

「長かった」

「もうお腹ペコペコ」


 待ち望んだ宣言に、妃嬪たちの目が厨房へ集まるなか、



「……すぐに運ばれてくるかな」



 于妃は喜二娘の背中をチラリと目で追った。











 それから10分もしない。


「きゃあああああ!?」



 喜二娘の悲鳴が聞こえてきたのは。


「何事っ!?」


 欧陽貴妃の箸が、小ぶりなエビ焼売をつかみ損ねる。


 同時に他の妃嬪たちもざわつく。


「何、今の?」

「喜二娘の声よね?」

「山だし、虫でも出た?」


 的外れに呑気な予想をするものもいれば、


「いや、貴妃の侍女筆頭よ? 虫くらいで騒がないよう教育されているはずだわ」

「じゃあ何が?」

「……あの娘(こ)、邱妃を迎えにいったんだよね?」

「それも、邱妃がお見えにならないからですわ」

「え? じゃあ、もしかして……」

「嘘でしょ?」


 鋭い推理を見せる者もいる。


「皆さま、落ち着いてください!


 何分(なにぶん)あの客室でございますから!

 きっと壺か何かを落としたのでしょう!


 松(ソン)! 様子を見てらっしゃい!」


「かしこまりました」


 なんにせよ、ホストとしていいか悪いかで言ったらよくはない。

 事態を大きく見せずに収拾を図る欧陽貴妃だが、






「エヤアアアア!!」



「また!?」


 火に油を注いだだけのようだ。


 絶叫が続いたということは、


『花瓶がひとつ割れた』


 などでないのは明白。

 妃嬪たちもいよいよ、た(・)だ(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)空気を感じ始める。


「あぁもう!」


 欧陽貴妃も困惑を隠せなくなる。


 その一方で。



(そろそろ話を進めてほしいんだが)



 地味に焦れている人物がいる。


 于妃である。


 さっさと喜二娘が戻って報告してくれれば済むのだが。

 腰でも抜かしたのか、その気配はない。


 もはや待っていてもしょうがない。



(殺人までしたんだ。自分で動いた方がいい)



 于妃は椅子から立ち上がる。


「私が見に行こう。天井に蜘蛛でもいるなら、6尺*近いこの身が役に立つかもしれない」 *約180センチ


 こう言えば、


「そんな! お客さまにそのようなご足労を!

 どうぞゆっくりお食事をなさってください!」


 欧陽貴妃の性格的に、こう答えるのは見えている。


「そうか。では、欧陽氏も同行してくれるか?」

「あ、はい!」


 となればもう、妃嬪は群れる生き物である。


「じゃあもう、みんなで行ったらいいんじゃない?」


 誰かがつぶやく。


「そうよそうよ」

「待っていても気になって食事が喉を通りませんわ」

「行きましょう」

「そうしましょう」


 予想どおりの展開に、于妃はニヤリと微笑む。


(これで話が進む。望外にギャラリーも増えたしな。

 増える意味があったかは知らんが)


 殺しただけ、ダイイング・メッセージを書いただけで終わりではない。



 発見されてからこそが、于妃の計画の本番なのだ。











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