4.
その背中が見えなくなると、
「于妃さま! 誠に申し訳ありません! 私がお誘いしたせいで、あのような」
「今回の席、差配いたしましたは私でございます。
であれば、起きましたることは全て私の責任。問題は全て私の手落ち。
深謝申し上げます」
「喜! 企画したのは私だわ!」
「しかし」
「それに、侍女の手落ちであればそれは主人の不徳! 申し訳ありません、于妃さま」
ホストチームが何回も、90度近く頭を下げる。
もはや1周まわって責任の奪い合いになっている。
誰に向けて謝罪をしているのやら。
「そういうのは、おやめいただこう」
于妃が手で制する。
「何を言われても身から出た錆、受け入れられるが。
そうまでされてはな。いよいよ困る羽目になる」
「于妃さま」
「何も言うな。楽しい会にしよう」
「……はい!」
欧陽貴妃も気を取り直したらしい。
于妃もひと安心である。
(あまり欧陽氏を困らせてはいけない)
こんなに健気で人のいい後輩なのだし、何より、
于妃は邱妃が去っていった方向をチラリと見る。
何より、
(今だけは、な)
このあと、より痛烈に場をぶち壊してしまうのだから。
「では皆さま。お部屋をご用意してあります。侍女の案内に着いていってください」
喜二娘の号令により、ついに庭園鑑賞という名の待機時間が終了する。
「わぁい、やっとだぁ」
「お、やっぱお屋敷も気になるよねぇ?」
はしゃぐ小鳥に、郭妃は年齢相応の情緒を求めるが、
「いや、やっと荷物置けるなぁって」
「チョー!」
なんだか悪い意味で子どもらしい理由。
思わず変なリアクションが出る。
『あちゃー』とでも言いたかったのか。
そんな感じで、品性なく騒いでいるのを警戒されたか。
「わたくし、喜二娘と申します。ご案内いたします」
3人は欧陽家侍女筆頭による、直々の案内となった。
外装は後宮と比べればもちろん、せいぜいが別荘でしかない。
小鳥の反応も淡白ではあった。
が。
良家出身で立派な妃嬪たる郭妃はともかく。
小鳥は一般家庭出身で、住まいも『少女』の寮という後宮比で質素な部屋。
「3名さま同室で、と承っておりますが」
「間違いないね」
「うん」
「ではこちらのお部屋をお使いくださいまし」
「うわぁ、すっごい!」
貴族が力を注いだ別荘の客室ともなれば、さすがに驚きが勝るようだ。
2階。喜二娘がドアを開けた先は、
「何ここ、宝物庫?」
まず目に付くのは、入ってすぐ右側の角に収まった大きなタンス。
2メートルはゆうに超えている。
上から50センチほどが観音開きのガラスキャビネットになっており、
「あそこ何入ってるんだろう」
「どれどれ?」
「台座をお持ちいたしましょうか?」
「あぁ、いや、大丈夫」
郭妃が首を伸ばすと、
「なんか、『宝石が実った枝の盆栽』って感じの美術品だね」
ようやく中身が見える。
すると喜二娘が目録を捲り、
「こちらのお部屋は『深山』ですので、そちらは
『高*代の思想家、袁微平が蓬良山伝説に出てくる宝を再現した』
作品になります」 *かつて朝夏にあった王朝
「『高』っていったら、数百年はまえの骨董品かぁ」
「『深山』だから、ってことは、全部の部屋に、別々のこういうのがあるの?」
「はい」
「やっぱり宝物庫じゃん」
ようやく詳細が明らかになる。
が当然、それだけでは趣味のよい調度品がある程度の話。
『宝物庫』と称されるほどではあるまい。
問題は、問題でもないが、
そのタンスを始めとして、
壁際にズラリとサイドボードが並び、壺やら像やら剥製やら、いろいろ並んでいる。
「先々代が大変な蒐集家であらせられまして。
元々この屋敷も別荘が欲しかったのではなく、
保管庫兼『人を招いて集めたものを自慢する』
目的でお建てになられたのです」
もはや経緯が、日本の個人所有物博物館で聞く流れである。
それゆえだろうか。
「……にしても」
「うん」
「宝物庫、だね」
逆に家具の類いは、人数分のベッドと化粧台がひとつ。
『この立派な絨毯を見ろ』
とでもいうように、壁際のサイドボードより質素な丸テーブルと椅子がひと組。
2、3人詰めるのが限界の、ビアホールの立ち飲み席みたいなサイズ感。
以上。
小鳥の反応が示すとおり、悪い意味でも『倉庫』である。
「どう思う?」
小鳥が小声でタジに囁く。
実はタジ、案内が始まってからここまで、ひと言もしゃべっていない。
平原の遊牧育ちで妓楼住みだが、仕事上あちこちの妃嬪の部屋には入る。
だから目が肥えていて、呆れて声も出ないのか
と思われたが。
「タジさん?」
タジは返事すらせず、ベッドの方へ吸い寄せられていく。
その足取りが、明らかに重たい。
足幅を大きく取ったら、ブレて真っ直ぐ歩けない。
そんな感じ。
「どうしたのさタジ」
仲のいい小鳥はともかく、妃嬪である郭妃の問いにすら答えない。
そのまま一番手前のベッドへ、顔面から突っ込むように横たわると、
「タジさーん?」
「寝不足かー?」
数秒死体のように動かない。
しつこく位置を気にする帽子が吹っ飛んだのも無視。
「あのー」
「もしかして、アレか?」
郭妃が何かに思い当たったところで、タジもようやく、うつ伏せのまま頷く。
それからゆっくり仰向けになると、天井を眺めながらポツリ。
「なんか、急に具合悪い。熱っぽい」
一方そのころ。
2階の並びにある1室、『花橋』では。
「すごいな。どの部屋もこうなのか?」
「先々代が蒐集家でして。成果を自慢するために建てたお屋敷でもあるのです」
ひとり部屋に通された妃嬪が唸っている。
于妃である。
しかしこの侍女は学芸員の真似事をしてくれる気はないらしい。
「昼食の時間になりましたら銅鑼を鳴らします。先ほどご案内いたしました食堂へお越しください」
「ありがとう」
ちゃっちゃと連絡事項だけ伝えて立ち去る気満々である。
「他にも何か御用がございましたら、なんなりとお申し付けください。
食堂の、階段とは反対側のふたつ隣の部屋が侍女の詰め所です。
22時までなら、必ず誰かが詰めておりますので。
それ以降は、1階の客室『山端』から『浮堂』までのあいだが侍女の寝室です。
どちらへでもお声掛けください」
「助かるよ」
「では、ごゆっくり」
「あぁ、そうだ」
侍女がお辞儀をして立ち去ろうとするのを、于妃は呼び止める。
「なんでしょう」
「早速で悪いんだが、紅茶を淹れてきてもらえないだろうか。喉が渇いて」
「かしこまりました」
「そうだな、いっそ水差しもくれるとうれしい」
「たっぷり?」
「たっぷり」
『于妃さま、お紅茶をお持ちいたしました』
「ありがとう」
程なくして、ドアの向こうから声がした。
于妃がドアを開けると、頼んだのとは別の侍女が立っている。
手には盆。上にティーカップとポット。
気を利かせてお茶請けに杏仁酥まで添えてある。
それと水差し。
「以上でよろしかったでしょうか」
「完璧だよ。君が用意してくれたのかな?」
「はい」
「忙しいところ、ありがとう」
于妃は侍女に、杏仁酥1枚と小遣いを握らせて帰した。
さて、侍女が去ったあとで。
「なんだか申し訳ないな」
思わず于妃はつぶやいた。
せっかく手の込んだもてなしをしてくれたところ悪いが。
彼女は本当に紅茶が飲みたいわけではないのだから。
于妃は熱々の紅茶をカップに注ぐと、そこに水差しの水を足す。
いい感じにぬるくなったら一気飲み。
これをポットが空になるまで繰り返す。
「ふう」
ものの数分、されど数分。
いや、数分でそこそこの量の水分を飲み干す方がキツい。
ようやく紅茶を片付けた于妃は、
「さて、
邱氏が私をお待ちかねだ」
空のポット片手に、自身の部屋をあとにした。
邱妃の部屋は
『まず1対1の謝罪をしたい』
という口実で、欧陽貴妃に教えてもらっている。




