3.
芳山は大京の西郊外にある山である。
朝夏でも指折りの紅葉の名所ながら、都のほど近く。
人気の行楽地である。
というわけで、ここには多くの貴族の別荘があり、
皇帝の避暑地としての離宮まである。
まとめると
『近場で宮中直轄の建物があるリゾート』。
以上の条件から芳山は、
『外出、外泊許可が出やすい』
として、妃嬪たちに人気のスポットであった。
彼女らは一度後宮に入ったが最後、
皇帝の行幸に、お供としてお呼ばれするか。
はたまた帝位を継がぬ男子を産み、その子の領地への赴任に着いていくか。
あるいは室となった皇帝が没すれば、望めば引き払うことも可能。
上記以外、基本的に外へ出ることはない。
後者ふたつに至っては『出る』の意味が違う。
それを考えれば、ここ芳山は『聖地』と言えよう。
その山裾の森の中。
見上げれば雄大な緑の山、見下ろせばのどかな村落。
その立地で広い庭を取り、中心に廻廊型の、2階建ての屋敷。
欧陽氏の別荘である。
避暑のシーズンも終わり、本来これから静かになるはずの屋敷だが、
昼まえ。
その門前に20人近い女性の団体が。
ご存知、後宮麻雀愛好会の皆さまである。
テーマが激しいスポーツではないだけに、年齢層は幅広いが(といっても後宮だけあって、腰が曲がった人まではいない)。
そのなかでも取り分け、
『その歳で麻雀の複雑なルールを覚えられるのか?』
と言いたくなる、
『別にインテリ限定の遊びではないが、君には無理じゃないか?』
というほど落ち着きなく騒いでいるのが、
「すごーい! 木ぃばっかり!」
飛小鳥である。
「おや、新鮮かい?」
「はい!」
声を掛けたのは郭妃。
保護者みたいな態度だが保護者ではない。
それにしてもこの女、おそらく後宮にある同好会の9割に籍がある。
「別に私、良家の出身じゃないんで。貴族の別荘地とか初めて!」
「それは兄貴のうだつの上がらなさを見れば分かる」
対して。
本来の保護者であるのに、そうとは思えない冷めた声。
帽子の下の後頭部を、気怠くガリガリ掻いているのが
後宮娼婦のタジである。
ちなみに、今ごろクシャミをしている飛燕だが。
宮中務めの武官ともなれば、平でもエリートである。
タジの罵t……ご指摘には当たらない。
抜擢されたのは飛貴妃のコネゆえなのだが。
やっぱりご指摘には当たる。真摯に受け止めてまいります。
「でも紅葉くらい見たことないか?」
「後宮の庭なんて、整えられてるし、いろんな木が植えてあるし。
こんな『一面雑に同じ木!』みたいなのは初めて」
「雑て」
苦笑いの郭妃だが。
真に引くべきは、一般家庭出身アピールをしながら
『豪華な建物自体には反応しない』
という、後宮に慣れた13歳の価値観バグである。
だがまぁここまでこまっしゃくれた子どもなら、麻雀も打てるだろうて。
当時はまだ珍しいチェスに興じていたこともある。
ゲーム類には強いのだろう。
「ていうか、タジさんも愛好会入ってたんだね。知らなかった」
「普段顔出さないからね。無理矢理入らさせられたようなもんだし」
「でもタジ、相当強いんだぜ?」
しかし、郭妃が言うように。
「そうなの?」
「まぁね。
誰だって欲しい牌が捨てられて残り少なくなったり、
あがり牌に似た図柄が場に出たらさ。
そりゃ反応するだろう?
その僅かに跳ねた肩や開いた瞳孔。
私には見える。
だから危険牌に大体のアタリが付けられるんだ。
麻雀ってのは基本、直撃を浴びなきゃ惨敗はしない」
『鷹の目』こそは、推理や洞察力のゲームに強いらしい。
「えー? それって
『浮かび上がってくる違和感』
っていうほどかな? 右目関係なくない?」
小鳥はちょっと納得いってなさそうだが。
「いや、私は平原の騎馬民族で、女だてらに騎射もやってたから。
逆に左目は視力いいんだって」
「あー」
などと先ほどから。
あえて言おう。
愚にもつかない雑談である。
しかしこれに、熱心に聞き耳を立てている人物がいた。
タジたちから数メートル離れた位置。
「ようこそ、いらっしゃってくださいました!」
「あぁ」
「私のワガママでご足労を、本当に本当に」
「深く御礼申し上げます」
「ちょっと静かに」
頭を下げる欧陽貴妃と喜二娘を手で制している、
于妃である。
彼女はなるだけタジたちが右斜め後ろへ来るように。
視界には入れないよう、意識していると悟られないようにしつつ、
(ふむ。
噂どおりの洞察力ではあるらしい。
期待できそうだ)
心の内で微笑んだ。
別に外にはうまく隠したとかではなく、顔に出ないタイプなだけだが。
そこに、
「あら、久しぶりね」
彼女でなくとも表情を失うような。
声だけで侮蔑を含んだと分かる
いや、『含んだ』ではなく、純度100パーセントの侮蔑が飛んでくる。
ちょうどタジたちの対角線上。
左斜め前から現れたのは、
「最近見掛けなかったから顔も忘れていたけど。
その図体を見たら思い出すわね。
『あぁ。恵まれた体格を、イカサマなんかに使ったヤツだ』
って」
見るまでもなく邱妃である。
声色のわりに表情は硬い。
『痛罵し嘲笑ってやろう』
より、
『なんとかして傷付けてやる』
という必死さが溢れている。
スッと喜二娘が間に入るほど、剥き出しの悪意。
一方、
「……そのようで」
于妃からの応酬は特にない。
もちろん事実は事実なので反論できない面もある。
が、何より、
明らかに欧陽貴妃が、困り果てた様子で慌てている。
(こうなることは目に見えていただろうに)
だったら最初から呼ぶな、と思わなくもないが。
後輩が気を回し、セッティングしてくれた場である。
于妃からは壊さないよう、言い合いを避けているのだ。
「しっかし、また麻雀をしに戻ってきたのね」
邱妃がチラリと于妃に視線を向ける。
『それが何か?』
とか言ってほしくて、そこを痛烈に切り返したかったのだろう。
しかし于妃が何も言わず、
しかもこれは他意もなく、物理的に自然なことだが
じっと無表情で見下ろされるのが、見下されているようでカチンと来たらしい。
邱妃は自分で話を進める。
「あれ以来、はたと顔を出さなくなったから。
『麻雀が好きなんじゃなくて、イカサマで勝つのが好きなだけだったのね』
『また別の何かでイカサマに夢中になっているのかしら』
と思っていたところなのよ。
よかったわ、麻雀自体は好きそうで。
それとも、また別のズルっこでも思い付いた?」
『言ってやったぞ』というふうに、鼻から息を抜く邱妃だが。
「欧陽氏が用意してくれた座だからな。あとで改めて詫びに伺う」
于妃は静かに返す。
声を荒げないので、周囲がヒソヒソとか何か話しているのが聞こえる。
邱妃も内容までは分からないが、明らかに自身へ向けられているのは感じる。
そこに喜二娘が、こちらも静かに、かつ怒りは隠さずに割り込む。
「おそれながら邱妃さま。
この場は于妃さまがおっしゃられますとおり、貴妃手ずから設けた席です。
場所とて欧陽一族の屋敷でございます。
ここでの振る舞いはすなわち、
『貴妃へ向けたものと同義』
とお心得ください」
あえて『何がどう』とまでは触れられなかったが。
『貴妃による和解の場で、あからさまに相手を攻撃し、対立を誘う態度』
『貴妃の意向を踏みにじり面目を潰す。無礼であるぞ』
そういう含意が喉まで出掛かった警告である。
周囲のヒソヒソも
『空気の読めない、迷惑な女』
という空気であることは分かったらしい。
「何アレ、感じ悪ーい」
という少女の声まで聞こえてくる。
イカサマで出ていった相手がアウェーと思っていたら、いつの間にか逆転の構図。
「あぁそう。じゃ」
邱妃は捨てゼリフひとつ、そそくさと去っていった。




