1.
後宮は祥鳳閣。
「このごろは涼しくなってきましたね」
「そのようで」
2階バルコニーで、午後のティータイムに興じる妃嬪がふたり。
「暑い日もありますが、綱引きは秋が優勢でしょうか」
「そのようで」
ポツリポツリと季節を感じ、庭へ視線を投げる方。
向かいの相手より年若いが、着ている着物はこちらが豪華。
彼女は欧陽貴妃と呼ばれている。
「今年の青葉を見られるのも、あと少し」
「そのようで」
対して、先ほどから定型文しか返さない方。
いわゆるアラサーのあたりに見える
ということは、美人揃いたる妃嬪の常を差し引いて(足して?)、三十路の中ごろか。
彼女は于妃である。
念のため言っておくが、彼女とて何も
『壊れたファービー人形みたいに、同じワードしか話せない』
というわけではない。この時代にそんなハイテクはない。
かといって、
「父が芳山に構えた別荘も、じきに燃えるような見栄えになるわ」
「そのようで」
別段、欧陽貴妃と仲が悪いわけでもない。
ただ物静かで、
今はちょっと事情があるだけなのだ。
それを知ってか知らずか、
「そうですわ!」
いや、欧陽貴妃もおっとりした人物である。
このテンションは、知っていて無理に盛り上げようとしているのだろう。
「陛下と父にお願いして、夏の名残りの青紅葉狩りといきましょう!」
欧陽貴妃は机に手をつき立ち上がる。
「はぁ」
対する于妃はこの返事。
「楽しんでいらっしゃるといい」
目も合わせず、紅茶のカップを口へ運ぶ。
態度が悪いと言われれば反論できないが、
「え? 于妃さまは来てくださらないのですか?」
「せっかくのところ恐縮だが、遠慮しておこう」
それ以上に、
『ここは喜ばない方がいい』
そう感じたのだ。
「うう……」
欧陽貴妃は両手で太ももあたりの生地を握ってしまう。
(ちょっと意地悪だったか)
さすがに于妃の目にも、かわいそうに映る。
欧陽貴妃はつい先ごろ貴妃に上がったばかり。
それまでは于妃と同格であり、むしろ長幼の序で下手に出る側だった。
それが急遽入れ替わったのでは、まだ遠慮が抜けないころだろう。
「紅茶をお注ぎいたします」
そこに彼女の侍女頭である、喜二娘が割って入る。
ちなみに本名ではなく、この国の女性によく使われる通称である。
意味は『喜家の次女さん』あたりか。
それはさておき、欧陽貴妃の茶はたいして減っていない。
主人のために間合いを取ったのだろう。
また、
「……」
「……」
客人への
『よく考えて、空気を読んでくれ』
というサインでもある。
「何か、私を誘いたい理由でもおありか?」
ここは上長の余裕を見せるべき場面だろう。
于妃が水を向けてやると、欧陽貴妃の顔が明るくなる。
「そうなんです! 実は!」
かと思えば、
「……」
「……何か?」
すんと真顔になる。非常に分かりやすい百面相である。
そういうところが愛嬌であり、このたび貴妃に昇格したのかもしれない。
後宮もまた政治。側室の頂点ともなれば、いつか陛下の子を産むかもしれない。
絶大な権力を持ち、国家が割れる火種にすらなり得る存在。
美人であると同時に
『面倒な性格をしていない』
ことも重要なのだから。
何より、
「あなたたち。少し下がっていなさい」
欧陽貴妃の人払いで侍女たちが立ち去る。
喜二娘だけは残る。
貴妃はそのまま、ギャラリーが姿を消すまでじっと目で追っていた。
この間ずっと立ったまま。
もはや『威厳や品格ある振る舞い』もへったくれもない。
給仕らが見えなくなって、さらに数秒待ってから彼女は視線を戻す。
「理由というのは、
邱妃とのことです」
配慮を超えて警戒レベルの振る舞いを見せる欧陽貴妃。
于妃にはそこまでされる心当たりがある。
が、
「邱氏がいかがされた」
于妃はあえてすっとぼけた。
「その、あなたと邱妃は、このごろ仲違いをしているでしょう?」
欧陽貴妃がどの程度事態を把握しているか、引き出すためである。
「前々回の守庚申の麻雀で、ふたりが、その」
「その?」
「諍いになった、と聞いております」
含みのある言い回し。
何より、顔に出る欧陽貴妃の態度。
「それ以来、まだ仲直りしていない、と」
「そのようで」
彼女は遠慮したか、口には出さなかったが。
この分なら諍いの原因も知っていることだろう。
まず『守庚申』とは、言うなれば風習のイベントである。
『端午の節句には武者人形を飾る』
『土用の丑には名前に「う」の付くものを食べる』
みたいなもので、
『庚申の日は寝てはならない』
というものがある。
そこで人々は眠ってしまわないよう、集まって夜通しドンチャン騒ぎをする。
この宴席が『守庚申』や『庚申待』と呼ばれている。
で、于妃たちが守庚申でよく興じているのが、
麻雀である。
『徹麻とか昭和の大学生かよ』と言うなかれ。
于妃や欧陽貴妃を始めとする彼女らは、れっきとした
『後宮麻雀愛好会』
のメンバーなのである!
だからなんだよ。
それはさておき。
そのメンバーのなかでも、于妃は相当な『雀鬼』で通っていた。
そのスタイルは
『ガンガン攻めて、ガンガンあがる』
守備型が多いとされる麻雀の上手たちには、やや珍しいタイプであった。
何しろ麻雀は牌を引いて役を揃える、ドローポーカー系統の遊戯。
なおかつ他人が捨てた牌であがることもできる、という競技である。
ゆえに『自分が上がる』は運要素が強く、
『他人の捨て牌から待ちを察知し、振り込まない』は実力で安定化できる。
なので、『三振かホームランか』みたいな枠ならともかく。
攻めでコンスタンスに結果を出す于妃は、まさしく
『麻雀の神に愛された』
とでも言うような存在だったのだが、
これには裏があった。
于妃は
『牌を捨てる際、一度頭上へ高々と振りかぶる』
というアクションを加えていた。
ただのパフォーマンスではない。
長身かつ腕も長い彼女が振りかぶれば、なかなかの高さが出る。
他のプレイヤーは常に他者の捨て牌を気にしている。
なのでつい、反射的に目を奪われるわけだが、
その場合もやはり、なかなかの高さを見上げることになる。
これが于妃の狙いであった。
彼女ら妃嬪が着ているのは、当然漢服である。
これらは和服の振袖のように袖口が広く、また指先近くまで丈がある。
于妃はその袖の内側になんと、
ポケットを仕込み、いくつかの牌を忍ばせていたのだ。
あとはもうお察しのとおり。
場の注目が上を向き、誰も卓上を見ていない今がチャンス。
逆の手で手牌と仕込みを素早く入れ替え、
『手牌を聴牌(あと1枚必要な牌がくればあがれる状態)に揃える』
とか
『より点数が高い役になるよう組み替える』
などしていたのである。
そう、イカサマだ。
こうして于妃は、強者の名声をほしいままにしていたのだが、
さる6月の守庚申。
その技を見破ったのが、件の邱妃であった。
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