14.
「は」
薛吉は
「はははははは」
笑った。
もちろん何がおもしろかったのでもない。
虚勢とか防衛本能の類いだろう。
「なんですか?
あぁ、主演を務めましたからね。
オレの談話が聞きたいって人でもいるんですか? 陛下とか?」
薛吉が眉を八の字にして口角を上げ、肩をすくめて両手のひらを上に向けると、
「さぁて」
タジも同じ表情、同じ動きをする。
「誰とお会いになるかは知りません。
私の役目は捕まえることであって、裁くことではない」
「は、ははは」
またも笑う薛吉だが、今度はより声が掠れている。
「正気ですか?」
「よく疑われますが正気です。普段どおり」
「じゃ、普段からどこか違っているんだ」
「よく言われます」
「なら改善した方がいい」
団員たちの緊張した視線が突き刺さる。
タジはウザいことこのうえないが、できるかぎり逆上したくない。
みんなが気を遣ったり距離を取ったりして、午後の部に支障が出る。
「いや、逆にウチの劇団に入ったらどうだろう。
常人には及びも付かない独特な発想力。
そんなことを大真面目にやれる神経。
君は絶対に素晴らしい演技をする。
最高の役者になるだろう。
何より顔がいい。
あぁ、あの一緒にいる男と女の子も呼ぶといいよ。
あの人らも美形だし、女の子の方は好奇心が強かった。
いろんなことを吸収して、演技の幅が広い役者になる」
長めの挑発にも、タジはにっこり笑う。
「私はともかく、あのふたりは後宮いちの美姫の弟妹方ですからね。
それはもちろん、顔がいい」
「そうかい。座長も喜ぶよ。
ただでさえ人手不足なんだ。蔡盛もいなくなったし」
「あなたも、ね」
タジの挑発返しに、ついに薛吉の顔から作り笑いが消える。
「そこまで言うからには、あるんでしょうね。証拠が」
だがこの状況、薛吉にとってチャンスと言えなくもない。
周りはみんな、絆深き銀屏劇団の仲間たち。
場所こそ宮中だが、この場においては彼のホームなのだ。
そのど真ん中で薛吉に喧嘩を売ったタジ。
ここを乗り切れば、みんなで叩き出すことができるはず。
ゆえの大勝負に出た彼に対し、タジは
「ございます」
ニヤリと笑う。
自信たっぷり、不敵な様子に薛吉が目を逸らすと、
今更ながら気付く。
彼女の隣、壁際に積まれた箱馬の上に、
違う箱が置いてある。
「こちらです」
タジはその箱の蓋を開けて、中身を取り出す。
差し出すように見せられるそれは、
「……下駄?」
「正確には、
『蔡盛さんの遺体が履いていた下駄』
です」
「!」
薛吉の心臓が跳ねる。
心当たりがあるからだ。
遺書やナイフは自殺と見せかけるための
『必要で残した遺留物』
しかしこの下駄のみは、理由があって
『残して行かざるを得なかったもの』
「ご説明、いただきましょうか」
薛吉は虚勢を張るしかない。
それに、推理はてんで的外れな可能性もあるのだ。
希望はあるし、まだ何を取り立てて反論する段階にもない。
そんな薛吉の思惑は
「はい」
タジがくるりと手首を返した瞬間、打ち砕かれる。
まだ何も言ってはいない。
が、露わになる下駄の裏側。
「ひっ」
血染めの歯に、誰か女性の声が上がる。
団員のほぼ全員が注視していると見ていいだろう。
「こちら、下駄の歯に血が付いています」
「そうですね」
「これは明らかにおかしい」
「何が」
逃れられないなら仕掛けるしかない。
薛吉は先制で反論を展開する。
「アイツは切腹して死んだ! 現場は血溜まりだった!
履いてた下駄に血が着くのなんて、当たりまえじゃないか!」
するとタジは否定するでもなく、
「では薛吉さん。あなた、ちょうど今、下駄を履いていらっしゃる。
ちょっと真似でいいので、切腹してみてください」
「はぁ!?」
実演を提案してくる。
(嫌な女だ!)
ただこの言い合いを周囲に聞かれるだけでも苦痛なのに。
なんなら視覚に見せ付けようとしている。
彼のホームを、公開処刑場にしようというのだ。
だがここで拒んでは怪しいに決まっている。
処刑場どころかアウェイになりかねない。
「いいでしょう……!」
薛吉はその場で正座になる。
それから衣装である死装束の前を開けようとして、
「そこまでで結構です」
案外早く、タジに止められる。
「これで何が分かるって言うんです」
薛吉の言葉にタジは答えず、先に背後へ回り込む。
「足、どうなってますか?」
「足」
薛吉からは見えない。
代わりに周囲の団員たちがざわめく。
「歯が」
「足の裏が」
そのつぶやきで、薛吉も何が起きているのか察する。
それを、
「はい、もうお分かりですね?」
嬲るように説明するのはタジである。
「正座をしているとき、足はつま先立ちか甲が床につきます。
親指だけを重ねて甲を床につけるのが正しい作法らしい、というのはさておき。
足の裏は床につかない、
下駄の歯に血は着かないんです。
つまり」
タジは下駄を入れていた箱を手に取り、床に置く。
その上に下駄を立てた。
「これは蔡盛さんの下駄ではない。
別の誰かが履いていて、彼が殺されたあとに血溜まりの上を歩いたものなんです」
薛吉が正座を始めてまだ1分ほど。
なのにもう脚が痺れそうな感覚がある。
「薛吉さん。あなたは自身の下駄が汚れたことに、足跡を見て気付いた。
現場には足跡がありませんでしたからね。
最初からなかったはずはありません。
うちの小鳥が、すでに乾いた血溜まりを踏んだんですが。
それだけでも靴底に着いて、歩いたあとに赤黒いのがポロポロ落ちていましたからね。
あなたが消したんでしょう?
上履きや、よくある靴底の跡ならともかく。
下駄の足跡なら個人が特定できてしまうから。
下駄を履いているのは、死んだ蔡盛さんを除けば、あなたしかいないから」
ずっと正座をしていると、タジは立っている分上から声が来る。
威圧感が段違いである。
何より本当に脚が痺れてしまう。
薛吉はさっさと立ち上がることにした。
「それは分からないでしょう!
こんなふうに、立って切腹したかもしれない!
足跡だってそうだ!
アンタ、蔡盛が他殺って前提で話してるけど!
自殺で犯人なんていなけりゃ、そもそも足跡なんかつかない!」
しかし反論に『効いていない』とでも言うように、タジは首を左右へ振る。
「でも薛吉さんも見たでしょう? 蔡盛さんは正座で死んでいた。
正座せずに立って切腹して、あとからする理由はなんですか?
そもそもそんな丁寧な動きができるんですか? 切腹したあとで」
人並み外れた根性があれば可能かもしれない。
が、できない場合がほとんどだろう。
タジは帽子の位置をなおす。
首を振ったが、特に大きくズレてはいない。
「犯人が、いえ。
薛吉さん、あなたがいたかどうかは、これから証明いたします」
「……アンタ、その動き好きだな」
「右目が光に弱くてですね。帽子の角度が重要なんですよ」
「機会があったら演技に活かすよ」
「使用料はいりませんよ。
活かす機会ないから」
それは『条件が特殊すぎるから』という意味か、
それとも。
「ではどうやって薛吉さんが犯人であると証明するのか。
遺体の履いていた下駄が、犯人が交換したものだった場合。
犯人は代わりに蔡盛さんの履き物で立ち去った、と見るのが妥当です」
「それが、証明できるって?」
「はい」
タジは深く頷くと、
薛吉へ手を伸ばしてくる。
「その下駄、お貸しいただけませんか?」




