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13.

「結局見に行くんじゃん」

「行かないとは言ってないだろ

「だから、それだったら持っていかないでもらえばさ」

「うるさいな」


 小鳥が厠を出た直後、タジもあとを追ってすぐに飛び出した。

 しかしそれは、少女をひとりにさせるまいとかいう優しさではなく。

 厠の上履きのまま走って追い掛けたのは、


「ちょっと待ってくださーい」


「はーい」


 タジが呼び止めたのは、担架で蔡盛の遺体を運んでいる3人。


「どうした?」

「ちょっとご遺体、見せてもらっていいかな?」

「どうぞどうぞ。一旦下ろそうか?」

「いや、すぐ済むから」


 担架を3人運び。重量には少し余裕がある。

 ひとりが蔡盛を覆う布をめくろうとしたが、


「そのまま」


 タジは手で制する。

 小鳥がいるのを気にしたのもあるだろうが、


「うん、やっぱり」


 彼女が見ているのは、すでに覆いからはみ出している


 足。


 それも数秒見ただけで頷き、


「これ、貰ってっていい?」

「そりゃオレらは構わねぇけど」

「ありがとう」

「でへへ」


「何してたんだ?」

「脅してお金貰ってたの?」

「私をなんだと思っているんだ。

 これを回収してきたの」


 両手で持っているのは、



「「下駄?」」











「で、解決しないのか」

「さっきからうるさいな」

「『時間ない』みたいなこと言ってたの自分だろ?」

「『実は解決する気ない』とも話したはずだな」


 下駄を回収したタジが向かったのは、リハーサル中の舞台。

 シーンはダイナミックな殺陣も終わり、



『その方もサムライであるなら、自ら処すべし』



 加速していくクライマックス。

 お殿さまが善吉に感謝と報恩の裁きを与えているところ。



 その裁判に横から乗り込んでいき、


『これが証拠! キサマは打首獄門じゃ!! バシーン!』


 と下駄で薛吉の横っ面(つら)を叩く


 こともなく。


「まだ腕は2尺にならない感じ?」

「あと1週間くらい爪を伸ばしたらって感じ」

「1週間て、今日中なんだろ?」

「そういう意味じゃなくて」


 タジたち3人は舞台袖にいる。


 舞台を観ているのか、視線が向いているだけで思考は別か。

 タジがじっと動かずに突っ立っていると、


「よぉーし、大道具入れ替え!」


 シーンが終わったらしい。

 裏方たちが慌ただしく動き、役者たちが袖に戻ってくる。


 と、


「待った待った待った!」


 出ていこうとする裏方たちを、お殿さま役の座長が制止する。


「先に1回舞台掃除しよう」


「えっ?」


 袖にいた団員たちが、


『なぜ急に?』

『このタイミングで?』


 という顔になる。


 別に座長も


『我ら舞台役者、常に舞台にリスペクトを持ち、清潔に保つべし』


 とかいうので言い出したのではない。

 思ってはいるだろうが今ではない。


「舞台が砂だらけだ。こんなんで大道具出せん」

「砂?」


 ますます団員たちの表情が困惑に染まる。

 逆に座長は怒(いか)りが滲むか。


「草鞋で外出て、砂を落とさずに入ってきたヤツがいるんだろう。

 今犯人探しはしないけどな。いつも言っているだろう!


『草鞋は繊維に砂が挟まる。砂っぽいところを歩いたら、舞台に上がるまえに確認しろ』


 って!」


 舞台で草鞋を履くのは善吉を除いたサムライの身分の役。

 他の団員たちの視線が、それとなく集まる。

 サムライ役の方もみんな、


『誰だよ迷惑だな』


 という顔でお互いをチラチラ見ている。


 嫌な空気になったところで、座長がパンパンと手を叩く。


「よし、じゃあ取り掛かるぞ! 午後の部までに演習終わらせるんだ。チンタラしてる暇ないぞ!」


 団員たちが箒や雑巾を取りに動き始めるなか、


「手伝う?」


 舞台袖の端で、小鳥が飛燕の袖を引く。


「余計なことせんでいいだろ。

 特に我らがタジさまなんて、皇帝陛下の命令すら渋々やってる女だぞ」


「『陛下の命令なら喜んで! 例え火の中水の中!』


 って方が稀(まれ)じゃない?」

「じゃないことになってんの。みんな命が惜しいから」


 命が惜しい結果が火の中では世話ないが、下々(しもじも)の悲哀は置いておいて。


「なぁ? タジさんよ」


 飛燕が同意を求めてタジの方を向くと、


「ふふふ」

「どうした?」


 彼女はズレてもいない帽子の位置をなおし、


「足りない1週間分の爪は、



 ひと粒の砂で足りそうだよ」



 笑っていた。


「そりゃ幅は一緒だと思うが」

「そういうことじゃないと思うよお兄」











『殿……。殿のおかげで、善吉はサムライとして死ねまする……』



 予行演習もいよいよ大詰め。

 善吉、否、倉田勘解由の切腹シーンへ。


 このあとは、供養塔という名の忠魂碑が建てられるシーンはあるものの。


 薛吉個人の出番としてはここが最後。

 ここで観る者の胸を打てなければ、


 主人公の人生は台無し

 薛吉の演技も水の泡

 皇帝陛下からの印象も最悪


 ここまでの演技全てを超える勢いで、出し切らねばならない。


『ぬっ!』


 あくまで演技。腹は切らない。

 マジックナイフの脇差は薄皮1枚の痛みも与えない。


 そのうえで、命を失う激痛を表現せねばならない。


『く、く……』


 誰だって死んだことはないのだ。

 真の意味でそ(・)れ(・)を表現はできまい。


 が、薛吉はできる。

 脳裏に焼き付いている。


 死に行く蔡盛の苦悶の表情が。


(オマエの分まで、ってかオマエをやった分、オレは役者として成長するぜ)


 薛吉はガックリうなだれながら、その口元は笑っていた。






「お疲れ!」

「すごくよかったわ!」

「『鬼気迫る』っての? マジ感すごかった!」


 出番が終わり、舞台袖に退がって、大道具が入れ替わるまでのあいだ。

 薛吉は団員たちから誉め殺しにあっていた。

 座長も舞台へ向かうすれ違いざま、


「本番もその調子で頼むぞ」


 背中をポンポンと叩いてくれた。


 興奮しているのは周囲の賞賛か、自身の演技に酔ったか。

 激しい動きがあるシーンではなかったが、薛吉は箱馬に座り、手拭いで大汗を拭く。


 すると、


「お疲れさまでした」


「……」


 その余韻に冷や水を掛ける声。


「いや、素晴らしい演技でしたね。午前の部よりさらに進化してらっしゃる。

 1回でも多く積み重ねるのは、こんな目に見えて意味があることなんですね」


 満面の笑みまで作り物に見えるような、朝夏では珍しい嘘っぽい服。

 タジである。


「……えぇ。予行演習の意義が分かったでしょう」

「それはもう」

「だからち(・)ょ(・)こ(・)ま(・)か(・)と、集中を乱さないでほしかったんだよな」

「それはすいません」


 明らかに悪いと思っていない顔、声、近さ。

 薛吉は舌打ちをグッと堪える。


「で、なんですか? 今のでまた気付いたこと、つかんだことがたくさんあるんだ。

 午後の部までに整理したい。用がないなら放っといてくれますか?」


 薛吉ははっきり邪険にする態度で当たる。

 そのまま台本に目を落とし、無視の構えを取るが、


「それなんですがね」


 見ずとも気配で分かる。タジには効いていない。

 どころか、


「午後の部、厳しいと思います」

「はぁ!? なんで!? まさか中止!?」


 薛吉の言葉に、他の団員たちも振り返る。

 するとタジも両手を上げる。


「いえ、それは存じ上げません。

 私が言っているのは薛吉さん、あなた個人のことです」


 効いていないどころか。

 注目が集まった状況下でなお、



「今からご同行願おうと思っていますので」



 それ以上の強度で当たってくる。










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