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12.

 薛吉は思わず1歩退がる。

 が、『思わず』なのに下駄を床面から放すのが、妙に重たく感じられた。


「そのうえあなたは、不自然なほど早くに遺体を発見している。



 全ての条件が


『あなたが怪しい』


 と伝えている。



 あなたを犯人に陥れようとした人物がいるんですよ。

 ご丁寧に札まで下げて、第一発見者とその時間を任意にできるようにして」


「おぉ……」


 薛吉が『清掃中』の札を残していったのは、アリバイのためである。


 もし仮に彼が犯行を終えて厠を出た直後、誰かが遺体を発見したら。

 そのとき薛吉はまだ遠くへ逃げられていない可能性がある。


 そのタイミングなら、ついさっきまで楽屋にいた蔡盛を見ていた人がいる。

 彼が厠に行ってすぐ死んだことは明白だろう。


 そのとき現場近くにいたことを見られていたら。


 自身が怪しまれると思ったのだ。



(その札1枚が、ここまで裏目に出るなんて……!)



 自殺として処理される。

 殺人事件には発展せず、近くにいたとしても容疑者にならない。


 そう信じ、札は外して行くべきだった


 だろうか。

 どのみちタジには自殺でないとバレているのだから、せ(・)ん(・)な(・)い(・)ことではある。



 しかし、今はそれ以上に。


「でも、うーん。


 あなたを第一発見者に仕向けるような指示はなかった。

 これは犯人の手掛かりがひとつなくなりましたね。


 正直期待してたんですが、厳しいなぁ」


(すっとぼけやがって。そりゃつまり、



 オレ自身が計画したって言いたいんだろうが……!)



 薛吉は動揺を隠すため、呼吸すら殺さねばならない。

 息が乱れていれば、より怪しいに決まっている。


 酸素不足か、足元がフラフラしてくる。

 こけそうだが、妙に下駄が床に貼り付いた感覚がする。

 指が鼻緒から抜けるかというところで


「薛吉、出番」

「あ、あぁ。おう」


 シーンが終わっては(・)け(・)て(・)きた執政役が、現世に連れ戻してくれる。


「じゃ、じゃあタジさん。オレ、このくらいで」

「はい。がんばってください」


 タジは笑顔で彼を見送るが、


(この状況で、まともにやれるかよ!)


 もし今から殺陣だった場合、確実に舞台から落ちる。

 もう何も見えていない足取りで、彼はシーン開始時の立ち位置へ向かった。











「うーん」


 タジは今、殺害の現場となった厠に来ている。


「まだ何か探すもんがあるのか」

「あるのかを探しているんだよ」

「哲学問答かな?」


 飛燕と小鳥もいる。

 タジが床やら遺体やらジロジロ見ている背中を、数歩退いた位置から見ている。


「それで、やっぱり薛吉さんが怪しいと思うのか」

「『彼が一番の利害関係者』ってだけじゃなく。

『彼でない証拠』も見つからずに潰れていっているからね」


 タジは戸口の方へ。


「じゃああと少しか」

「その少しが埋まらない。

 2尺先に落ちているものを拾うのに、1尺9寸の腕では届かない。一生ね」


 彼女は『清掃中』の札を見ている。

 どこにヒントがあるか分からないので、不自然な点をし(・)ら(・)み(・)潰(・)し(・)にしているのだろう。


 1寸を埋めるためなら、大きなものはいらない。

 が、小さな鍵は見つけにくい。


「ネチネチ追い詰めてたら、心折れて自白したりせんかね?」

「何それ衛尉官にはしてほしくない発想」


 小鳥がドン引きの目で飛燕を見る。

 彼らの職掌はざっくり言って宮中の治安維持なので、拷m、尋問をすることもあろう。


 一方タジは特に動きのない表情。


「難しいんじゃないかな。劇団は公演が終われば宮中を出ていくだろう。

 薛氏からすれば、今日を耐え凌げば終わりなんだ」

「そしたらこっちから出向けばいいじゃん。

 夏妃さまのときは、タジさん画家の家まで行ったんでしょ?」


 小鳥が首を傾げる。タジは左右へ。


「そりゃ夏妃のときはね。


 今回は殺されたのも、おそらく殺したのも宮中の人間じゃない。

 私たちからすれば、現場が宮中だっただけ。なんの損害を受けたわけじゃない」


 タジは掃除用具がしまわれている小部屋も覗く。


「今日だけと(・)り(・)あ(・)え(・)ず(・)捜査、いや、


『状況や事実関係の把握・整理』


 を命じられたけど。

 明日以降、宮中を出てまで追及しろとは陛下も言わないだろう。


 私もしようとは思わない。

 仕事でもなければ、謎解きが好きなわけでもない」


「好きじゃないんだ」

「めっちゃ楽しんでやってると思ってたぞ。割と熱心だし」


 倉庫の中に入っていたタジが、戸から顔だけ出してくる。

 角度的にのけ反っている。


「人の情動に相乗りするような仕事してるからね。

 頼まれごとは大事にしているんだよ」

「嘘だ。まえは


『暇だから』

『慢性的に特別やりたいこともない人生だから』


 って言ってた」

「たまにスッゲー悪い顔してるもんな」


 小鳥の言葉に頷く飛燕の顔の横を、雑巾が通過する。


「うわっ! 汚ねぇ! 危ねぇ!」

「曇った心と眼(まなこ)を掃除するんだな」


 怒(いか)れるタジが倉庫から出てこようとすると、


「おっと」

「あー、失礼失礼」


 3人の男が厠に入ってきた。

 飛燕と同じ格好をしている。


「おぉ、西(シー)か」

「よぉ飛燕。オマエも毎度大変だな」


 同僚であるらしい。


「わぁ、お使いになるなら、外へ出るまでお待ちくださいまし」


 動揺したのか、親しくない相手にはこれがスタンダードなのか。

 小鳥が似合わぬ丁寧な言葉遣いで焦る。


 それを西は手で制する。


「大丈夫大丈夫。オレたち死体(仏さん)運びに来ただけだから」

「あ、なんだ。ご苦労さまです」


 小鳥が道を開けると、男たちは奥の個室へ。


「うわっ」

「嫌だなぁ」

「放置して腐った方が地獄だぞ」

「余計厠が臭くならぁ」

「行くぞ。せー、のっ!」


 重いものを持ち上げる音頭が聞こえる。


「小鳥、見るなよ」

「分かってるって」


 飛燕が小鳥を隠すように前へ立ち、彼女は一歩退がる。


「はいはい、ご協力あんがとねぇ~」

「お疲れ~」


 3人は蔡盛を担架に乗せ、迅速に運び出していった。

 それを見送りつつ、


「よかったのか? 死体に見落としてる証拠があったかもよ?」


 飛燕は倉庫から顔だけ出しているタジに、声を掛ける。

 彼女は軽く首を傾(かし)げる。


「別にいいよ。すぐに埋められるわけじゃないし。気になったら見にいく。

 むしろここで覗き込むより、回収されて台に乗った方が分かる点もあるさ」

「そうか」


 などと話していると、



「ゔぁーっ!!」



 小鳥の絶叫が響く。

 先ほどまでの丁寧な品格はどこにもない。


「どうした。ネズミでもいたか」

「違ぁう!」


 小鳥はピョンと左へ移動する。


「ほら!」


 どうやら飛燕が前に来て退がったとき、


 血溜まりを踏んでしまったらしい。


 乾いた赤いカーペットが、ぼんやり靴底の形に削れている。


「あらら」

「大丈夫だ。もう乾いてるし、それ上履きだろ!?」

「そういう問題じゃないでしょ! 倫理観イカれちまってんのか!」


 小鳥激怒。

 さすがに飛燕の返事も『男だから』『武官だから』の域ではないし仕方ない。


「もういい! 外で待ってる!」


 小鳥は猛ダッシュで厠の外へ。


「最初から『そうしろ』って言ってんだよなぁ」


 その背中を、飛燕は腰に手を当て呆れながら見送る一方。


 爆速で目の前を通過されたタジは、いまだ倉庫から顔だけ出したまま


「……そうか」

「え?」



「そういうことか」



 厠の床を見つめている。










お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

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