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11.

 シーンは変わって、執政の西島が謀略を張り巡らせるところ。

 束の間、薛吉は出番がなくなる。


 舞台袖へ戻ってくると、


「タジさん」

「どうも」


 目立つ北方女が立っている。

 それにしても格好が異色すぎる。


「びっくりした。一瞬


『こんな役いたっけ』


 って思いましたよ」

「それはそれは」

「さっきも客席のあなたを見て、セリフが飛んでしまったくらいだ。

 午前の部のとき、見える位置にいなくて本当によかった」


 口振りではジョークに聞こえる程度に嫌味を込める。


「いや、それは申し訳ありません」


 タジも頭を下げたが、内心はなんとも思っていなさそうだ。

 ズレてもいない帽子の位置をなおす。


「午後の部のときは、着替えていくことにしましょう」

「もっかい見るの?」

「それはもちろん。みなさん事件にもめげず、一生懸命練習に取り組んでらっしゃる。

 そのうえで聴取にも応じてくださってね?

 見届けるのが礼儀というものでしょう」

「お気になさらず」


 というか正直勘弁してほしい。

 視界に入らなくとも、存在だけでミスしそうだ。


 というか、この会話だってすぐにでも打ち切りたい。

 薛吉は壁際に積まれた箱馬の上、置かれた台本を手に取る。


「じゃあもういいですか? 出番の合間はね、台本(本)を頭に入れるもんなんですよ」

「雑談してる方もいらっしゃいますよ?」

「セリフの量が違うでしょ。それに主役は休憩も短い」


 多少どこからともなく敵意の混じった視線を感じるが、薛吉は気にしない。

 悔しかったらメインキャストをつかみ取るのみ。


「午前の部、あんなに完璧にこなしてらっしゃったのに。

 まだ演習に打ち込まれるんですね。熱心だなぁ」

「人間なんて、立った瞬間何しようとしてたか忘れる生き物ですよ。

 読み込んで覚えて足りる、なんてことはない」

「確かに」


 薛吉は台本を丸めると、順番にふたりのメンバーを指す。

 裏方をしている午前のヒロインと、台本を読み込む午後のヒロイン。

 それぞれ離れた位置にいる。


「しかも演者が違いますからね。

 セリフは相手の演技、声や話し方の間合いなんかと合わせて覚えている面もある」

「『こう言われたらこう返す』と」

「だから相手が変われば演技も変わる。知らない台本だと思った方がいい」


 今度は丸めた台本を軽く振りかぶり、


「セリフだけじゃない。

 殺陣なんてより大変だ」


 タジの頭へ振り下ろし、直撃寸前で止める。


「ギリギリでかわしたり寸止めしたり、『ここ』という瞬間で受け止めたり。

 カウンター(受けて返す技)も組み込まれていたりする。


 それが手脚の長さ、踏み込みの広さ。

 間合いが全部変わってしまう。速度もそう。

 稽古でひたすら呼吸を合わせてきたものが、ここにはない」


 薛吉は台本を広げると、そちらに視線を移してしまう。


「そういうわけだから、邪魔しないで」


 しかし薛吉は知るまいが。

 それで『はい分かりました』と言えるなら、タジはタジになってはいない。


「そういうわけだけど、そういうわけにはいかないんです」

「なんスか」


 彼女は薛吉の耳元に顔を寄せ、小声で囁く。


「蔡盛さんを探す際に、


『オレはここを探す』

『オマエはあそこを探せ』


 みたいに仕切っている人、いませんでしたか?」


「はぁ?」


 薛吉から見ても、タジは死体発見の状況が引っ掛かっている様子。

 ということは。


 その疑問は当然、『第一発見者』である自身への至近弾であるはず。


 薛吉の足の指やふ(・)く(・)ら(・)は(・)ぎ(・)に力が入る。

 下駄の二本歯のみが彼を支える。


 なんと答えるべきか。

 一瞬考えた薛吉だが、嘘は他への聴取でバレる。


「いませんでしたけど」


 蔡盛については自殺という完全な偽装がある。

 信じて、余計なボロは重ねないのが吉であろう。


「そうですか」

「それが何か」


 タジの動きや言葉には、いちいちも(・)っ(・)た(・)い(・)ぶ(・)る(・)感じがある。

 彼女は一旦薛吉から顔を逸らし、もう一度目を合わせる。


「いえね? 聴取を進めると、


『薛吉さんが蔡盛さんを見つけたとき、厠にはすでに清掃中の札が掛かっていた』


 ということが判明しまして」

「それが?」

「となると薛吉さんあなた、時間的なことも考えれば


『清掃中の札が掛かっている厠に直行した』


 ことになるじゃないですか。

 普通そんな立ち入り禁止のところに、探し人がいるなんて思わないのに」

「む」


 タジは自ら帽子の位置をズラす。

 相手に当たらないようにだろう。

 それ分だけまた、顔を寄せる。


「だから思ったんです。


『誰かに指示されたんじゃないか』


 って。


『そこを探せ』


 って言われたら、人によっては入ることもあるな、と」


 と思えば離れて、わざとらしくアゴに手を添える。


「しかし、うーん。そういう事実はなかった。

 どうして立ち入り禁止状態の厠に?」

「札に気が付かなかっただけですよ」

「戸の持ち手にぶら下がっていたんですよ?」

「主演がいないと演習が始まらない。遅れると本番までに演習が終わらない。

 焦るに決まっているでしょう」

「うーん」


 タジは帽子の位置をなおすと、また手をアゴに戻す。


「何がそんな気になるんですか」

「ではなぜ蔡盛さんは立ち入り禁止の厠で自殺したのか」

「人に見られたくなかったから、とかじゃないんですか。

 札も自分で掛けたんじゃないかな」

「それはあり得ません」


 タジはアゴから手を離し、人差し指を立てる。

 忙しいことである。


「遺書を読めば、彼が公演への影響を気にしていたことは分かります。


 自身の発見が遅れれば遅れるほど、みなさんの迷惑になる」


「だったらもう分からないな。

 ま、死ぬほどの精神状態だったんだ。ころころ考えが変わっても不思議じゃない。

 そうでしょう?」


 薛吉としては、このあたりを落としどころにしてほしい。

 なんなら理由を付けて途中離脱してやろうか、と考えたところで、


「でも彼、自殺じゃない可能性があるんですよ」


「えっ」


 離れたくても離れられない、衝撃のひと言が飛び出す。

 薛吉は下駄の裏が床に貼り付いた感覚に襲われる。


「ちょっと矛盾点が多すぎてですね?」

「そ、そう、ですか」

「ですからこうしてお聞きしているんです。


 これがもし殺人だった場合、必ず犯人がいます。


 だとするとです」


 タジは周囲を見回す。

 裏方スタッフ。出番待ちや舞台上の役者たち。


「蔡盛さんが亡くなって、一番得をしているのは誰か。


 それは遺書にあった


『陛下の御前で演じられる栄誉』


 を代わりに受けられる人物。

 そう、


 あなたです、薛吉さん」











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