10.
その後タジたちは宣言どおり、『清掃中』の札について聞いてまわった。
薛吉の
『舞台袖はみんなピリピリしているから』
という忠告は無視されたわけだが。
彼女らにとって意外だったのは
『出ている演者の方がピリピリ集中しているだろう』
『だから裏方の方を中心に聞いていこう』
と考えていたら、
『しばらく出番が空く演者の方が小声で雑談とかしている』
『裏方は舞台装置の操作や小道具の回収で、常に役目があるので集中している』
ということだった。
幸運だったのは、いつかのダイジェストのとおり。
ほぼ出ずっぱりのメインが
『善吉』
『お殿さま』
ダイジェストでは端折られたが
『ヒロイン』
の3名ほどであったこと。
裏方全員を聴取するほどではないが、そこそこの人数に話が聞けた。
その結果、
「タジさんタジさん」
タジが爺や役の人に話を聞いていると、小鳥が小声で話し掛けてくる。
「どうした」
「あそこのお兄さんがね?
『まだ蔡盛さんの行方不明が言われるまえに、現場の厠へ行った』
『清掃中の札が掛かっていた』
って」
「でかした」
その会話を耳に挟んだ飛燕も、タジの方へ寄ってくる。
「それで何か分かるのか」
「全てではないけど、結構話が変わってくることは」
「あの主役の人が掛けたのか、ってのも気にしてたな。
いったいどういう話なんだ?」
タジは先に爺や役へ頭を下げると、ズレてもいない帽子の位置をなおす。
「それは、一旦客席の方へ行こうか。ここは邪魔になる」
客席の、それも声がリハーサルの邪魔にならないよう中段くらいの列。
3人は腰を下ろした。
「で、何がそんな重要なんだ?」
「そうだね」
タジは数秒頭を整理する時間を取ると、
「まず思い出してみようか」
人差し指を立てる。
「何を?」
「鳳翔殿の庭に、劇団員さんが『誰かーっ』って出てきたところ」
「「そこから!?」」
飛燕だけでなく小鳥も目を丸くしている。
が、タジはいたって大真面目。
「いいかい? まず
『舞台が終わる』
それから
『幕が閉じて退場案内』
『混み合って時間が掛かりつつ、劇場を出る』
『庭に出て、しばらくプラプラして、屋台を物色』
『小鳥が昼ごはんを買う』」
「そしたら女の人が飛び出して叫んでたよね」
「そう」
小鳥の合いの手に、タジは優しく微笑み頷く。
しかし飛燕の首は斜め。
「それで?」
「次に劇団視点で考えてみよう」
「劇団」
「『舞台が終わる』
『楽屋へ撤収する』
『昼ごはん』
『着替える』
『蔡盛さんがいないことに気付く』
『しばらく待つ』
『探す』
『発見される』
何か気付かないかい?」
「うーん?」
「ふーん?」
兄妹が首を傾げて見つめ合うと、タジはシンキングタイムなしで進む。
「正確に、いつから蔡盛さんがいなくなったかは分からない。
でも確実にいた劇終から死体発見が報告されるまで、経過時間は40分とかじゃないかな?」
「そうなる、か」
「で、そのあいだに劇団側はこれだけの行動をしている。
『いないことに気付いて、しばらく待つ』
っていうのが入ったことも考えるとだ。
実質の捜索時間って、20分もないと思う」
タジの声だけが続き、遠くからリハーサルのセリフが被ってくる。
「その状況で薛吉さんは厠に行き、死体を発見した」
「『勘がよすぎる』ってか?」
「でもそれ、
『帰ってこないのはお腹痛くて唸ってるからじゃないか』
って考える人もいると思うよ?」
ようやく飛燕と小鳥がそれらしいことを言うが、タジは首を左右へ振る。
「でも小鳥が聞いたんだろう?
『捜索が始まるまえから、厠には清掃中の札が掛かっていた』
探している対象が清掃員ならともかく。
普通そこに蔡盛さんがいるとは思わないだろう?
厠読みでも、もうひとつ遠いところに行ったとか考えるはずだ。
しかし時間関係から考えて、
彼は初手から、立ち入り禁止状態の厠に入っていった。
『方々探しまわっても見つからない』
『もう未探索はここくらいしか残っていない』
とかならともかくね」
「それってつまり」
「しかも薛吉さんが話した、『死体を発見したときの流れ』。
これにも
『入っていいか迷った』
くだりもなければ、
『清掃員さんに入っていいか確認した』
とか
『札は出ているのに、清掃員さんがいなくておかしいなと思った』
って話もない。まるで、
『そこに遺体があることを知っていて』
『清掃中でないことも分かっていた』
みたいに」
「そこは端折っただけかもよ?」
「かもね。でも」
タジは視線を舞台へ向ける。
そこでは薛吉が主人公を演じている最中。
「やっぱり彼の供述は、矛盾に満ちていることが分かった」
舞台の上、薛吉はヒロイン役と向き合っている。
『善吉さま』
『満姫さま。私は偶然殿にお取り立ていただいただけの、非才でしがない百姓です。
そのような呼び方は』
彼の忠義の物語の裏で展開される恋模様。
その中でも重要なシーンである。
『いえ! 身分など関係ありません! 私の、ひとりの人間の心として! 善吉さまを尊きお方と!』
『私は敬意を払われるような人間ではありません』
『違います!』
ここで善吉はわずかに視線を客席へ外す。
脚本には明記されておらず、役者の解釈で分かれるところだが。
彼はこのシーンを
『いかに純朴な善吉といえど、分かってすっとぼけている』
『自分も満姫が好きなので、
「そんなうまい話はないぞ!」
と自身に言い聞かせるに違いない』
と捉え、目を逸らす演技を入れている。
ちなみに蔡盛とは解釈違いだった。
彼は
『善吉には殿への恩義のために全てを捨てられる純粋さがある』
『それはもはや、人間味より自己犠牲の神話・叙事詩の域にある』
『そこに人間くさい計算を入れたくない』
とのことだった。
(そうだよな。オマエはいつもシュッとしてて、人間離れした美形だったよな。
だから演技もお高くまとまって、
『人を演じる』
んじゃなくて
『芸術を表現する』
感じだった。
正直好きじゃなかったぜ)
薛吉の脳裏に、殺した男の生前の顔が浮かぶ。
すると、
それが呼び寄せた、なんてことはあるまいが。
『私は男女として、善吉さまをお慕い申し上げています!』
『み……
!?」
客席に目立つ格好の女がいるのを見つけてしまった。
もちろんタジたち、捜査官メンバーである。
別にリハーサルを観客として楽しんでいる様子はない。
何かを熱心に話し込んでいる。
(まさか、何か気付いたのか? いや、そんなバカな)
「善吉さま?」
(現場に忘れものでもしたか?
いや、していない。残してきたのは必要なものだけだ)
「おーい」
(じゃあ、なんだ? 小刀に何か痕跡が?
それとも遺書の方か?
筆跡は似せられた自信がある。
昔アイツに譲ってもらった台本の書き込みを見て真似たんだ。
そっくりのはず。
あれでも、分かるヤツには分かるのか?
だとしても、連中は蔡盛の字なんか知らないだろ。
血まみれの遺書を、団員に見せてまわったってのか?)
「薛吉!」
「はっ」
薛吉はヒロイン役に怒鳴られ、ようやく思考が戻ってくる。
「ちょっと! 乙女の告白を無視しないでくださる!?」
彼女は腰に手を当て、オーバーに怒ったフリ。
ガハハと舞台袖から笑い声が怒る。
「どうした、客席に釘付けで。そんなにタジさんが気になるのか?」
座長からもからかわれ、
「それとも小っちゃい子の方かー!?」
「だったらヒロイン役変わってもらえー!」
「いいぞー! 美人だしなぁ!」
他の団員からのヤジも飛ぶ。
「屈辱だわ!」
さらにヒロイン役が悪ノリするが、
(屈辱なのはオレだよ!)
リハーサルとかいえ大ミス。
薛吉はギュッと拳を握って、タジたちから目を逸らした。




