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9.

 間違いない。

 こんなことを聞いてくるのは捜査官に決まっている。


「ですよね?」

「え、あぁ、はい」


(落ち着け、大丈夫だ)


 しかし薛吉は取り乱さない。

 自殺に偽装したし、今の問いも


『第一発見者』


 容疑者だなんだと言われているわけではない。

 自分のところに聴取が来るのも当然のこと。

 それは自殺でも変わるまいから、来ない方が焦るべきまである。


「私、捜査に派遣されましたタジと申します。お話伺いたいんですが、今大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫ですよ」


 なので、第一発見者として見たことを話せば、お役御免で終わるはず。

 なんなら与える情報をコントロールすることも可能なのだ。


 むしろ状況は薛吉に有利と言えるだろう。


「ただ、今から予行演習ですから。

 通しで行くんで、主人公の幼少期が終わるまでね」


 彼が少しのドヤ顔を含ませて宣言すると、


「おや」


 タジは目を丸くしている。


「午後の部もお出になる? 確か午前の部で主人公を演じていらっしゃいましたよね?」

「ご覧くださってたんですか。うれしいな」

「午前と午後で役者変わるんじゃなかったっけ?」

「その役者さんが死んじゃったんだから、霊媒師いないと無理でしょ」


 タジの後ろでは飛燕と小鳥が勝手な会話をしている。

 そもそも役目でない小鳥はともかく、飛燕はもう調査する気ゼロである。


「午後の部の演者から代役を立てるわけじゃないんですね」

「そりゃ無理ですよ。主人公のセリフ覚えてるのはオレだけだし。

 みんなこの日のために作り込んできた役がある。今更変えたくない」

「なるほど」


 なんて話をしているうちに、


「じゃ、頭から行きまーす!」


 女性が丸めた台本を振っている。


「邪魔になるといけない。一旦移動してもらっていいかな?」

「承知しました。では舞台袖で」

「楽屋がいいかな。袖はみんな集中したいだろうし、オレも衣装に着替えないといけないから」

「そこはもうお任せいたします」











「すごーい、楽屋ってこうなってるんだぁ」

「ははは、物置きみたいだろう?

 裏方と演者が分かれてる劇団は楽屋も分けたりするけどさ。うちは区別がないから」


 そこら中に積まれた箱。

 散乱している、とまでは言わないが、整理整頓もされていない小道具の山。


 小鳥の純粋なリアクションに、薛吉も機嫌をよくしている。

『何も知らない素人さん』はプロの自尊心を満たしてくれる。


「うわ何これベタベタする!」

「こら小鳥!」

「ははは、松脂(松香)だよ。背景の大道具とか作るとき、接着剤にするんだ」


 小鳥が置いてあるものの蓋を勝手に開けても怒らない。


「じゃあオレは着替えますけど、気にせず質問してください」

「ありがとうございます」

「お見苦しかったら申し訳ない」

「いえいえそんな、こちらこそ押し掛けて申し訳ありません」

「オレは気にしませんよ」


 タジは相手を視界に入れないよう背を向けて、視線の先にある小道具を手に取る。

 ちょんまげのカツラ。


「いやしかし、よくできてますねぇ、これ。実物見たことありませんけど」

「異国のお話ですからね。作るのも大変でしたよ」

「あら、小道具もみなさんでお作りになる」


 タジはカツラを横にいる小鳥に渡す。

 小鳥はそれをまじまじ見たあと、隅っこの椅子に座っている飛燕に被せた。


「うろちょろするな」

「いやーん!」


 そんなイタズラ娘を、兄は膝の上にホールドする。

 普通、思春期の妹にやったら1ヶ月は口を利いてもらえない行為だが。

 普段会えないからか、多少距離感がバグっている。


「稽古の合間にそんなことまで。激務ですねぇ。

 でもそこまで情熱を注ぐから、あんなに素晴らしい舞台になるのかも。

 午前の部を拝見したんですが、あなたの演技も最高だった」

「うれしいけど、観たなら幼少期そんな長くないの知ってますよね?

 早く話すこと話した方がいいと思うよ」

「そうでしたそうでした。すいません」


 タジは模造刀を鞘に戻す。


「それで? 蔡盛を見つけたときのことを、順を追って話せばいいのかな?」

「話すのもお辛いでしょうが、お願いできますか?

 それともお辛くない? 思ったよりお元気そうだ」

「……そりゃ辛いですよ。

 平気そうに見えるかもしれないけどね。そりゃみんなを盛り上げるためだ。

 主演にはそういう使命もある」

「分かります」


(危ない危ない)


 確かに薛吉は主演を奪えたことで浮かれすぎていた。

 いくら自殺に偽装したとはいえ、このことで得をしているのは彼なのだ。

 目を付けられそうな態度は避けるべきである。


 しかも本当はすでに


『ただの自殺ではない』


 とバレているのだから。


「といっても、大して聞くべきこともないと思うな。


 午前の部が終わったんで一旦引き上げて、昼メシ食って。

 で、今みたいに楽屋で着替えて


『さぁ、予行演習だ!』


 ってなったときに


『そういえば蔡盛いないぞ』

『どこ行った?』


 って。


 で、待ってても全然帰ってこない。

 みんなで探しに行って、オレが厠で見つけました」


「なるほど」

「見つけたときの状況、ってのは、もう現場見に行かれました?」

「はい」

「じゃあ見たまんまですよ。オレ、何も触ってないし」

「なるほどなるほど」


 話しているうちに着替え終わったので、薛吉は逃げ切りに掛かる。


「何か参考になったらいいけど。じゃあもう行きます」


 ナチュラルに聴取も打ち切ろうとして、


「あぁ、最後にひとつだけ」


 予備の下駄を手に取っていたタジが振り返る。


「なんでしょう」



「あの『清掃中』の札は、あなたが掛けたんですか?」



「えっ」


 薛吉は心臓が止まるかと思った。


(嘘だろ……? もう、バレて……?)


 足元にフラッと来る。

 下駄で倒れず踏ん張れたことに、自分でも驚くほどである。

 履き慣れていなければ確実に膝をついていただろう。


「い、いやぁ、違いますよ?」

「では誰が掛けたとか聞いてます?


『中で蔡盛さんが死んでいるから、人が入らないようにしておこう』


 とかで」

「いやぁ~」


 袴は腰紐を締める以外はゆったりした服装。

 一方この時代の庶民である薛吉は、普段股引(ももひ)きみたいな服装をしている。

 脚を流れ落ちる汗の滴を、詳細に感じ取っていると、


「そうですか」


 タジはにっこり笑い、


「ちょっと他の方にも聞いてみます」


 存外あっさりと見逃してくれた。

 そのまま楽屋の出口へ向かう。


「そ、それがどうかしたんですか?」


 今度は逆に薛吉が呼び止めるも、タジは、


「ま、そんなに重要でもないですよ。ちょっと気になるだけです」


 明確には答えず、部屋を出てしまった。


「お、おい」

「待って~」


 終始いただけの兄妹も慌てて追い掛けていくなか、


「……」


 薛吉だけが、下駄の底が床に貼り付いたように動けないでいた。










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