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8.

 一方、団員のひとりがタジたちの案内に行っていたころ。


「どうするんだ? そもそもやれるのか?」

「むしろ宮中の方から何か言われてないのか?」

「どっちにしろ私無理よ! この状況で演じろっていうの!? 笑えっていうの!?」

「とりあえず描き割りどうする? 出す? 一旦しまう?」

「テメェこんなときに予行演習たぁ、人の心はねぇのか!?」


 鳳翔殿の舞台の上は喧々諤々、混乱の極みとなっていた。

 騒ぐ者、泣く者、呆然とする者、行ったり来たりする者、座り込む者。

 およそ統制の取れた集団には見えない。


 今回は車座ではないし、もちろん前衛的な舞台劇の演習でもない。

 生のパニックである。


「座長。これ、もう」

「あぁ。これではできるものもできん。宮中の担当者に連絡して、中止できるか……」


 劇団に終了の空気が満ち始めたそのとき、



「おおい! みんな! 聞いてくれ!!」



 ホール中を反響する声が、混み合う感情を快刀乱麻で切り抜ける。


 全員が顔を向けたのは客席。

 そこにいたのは、


「この状況、蔡盛が見たらどう思う!」


 薛吉である。

 一旦離れた位置から注目を集めた彼は、ひらりと壇上へ上がる。


「アイツが何を思って腹切ったかは分からん!


 が、舞台をメチャクチャにするためだと思うか!?」


 返事がないのは話している内容より、誰も展開に着いていけていないからだろう。

 だがそれを利用する。


「そうだ! 誰も思っちゃいない!


 みんな知ってるからだ!

 アイツが主役として、誰よりこの舞台に命を賭けてきたって!」


 全員の目付きが『唖然』から、少しずつ力あるものに変わる。


「今回の陛下の御前での公演は、劇団の未来を大きく変えるチャンスだ!

 全てはその成否に掛かっている!


 だったら、誰より劇団を愛していた蔡盛は、死んでも成功しか見ちゃいない!

 そうは思わねぇか!」


 薛吉の身振り手振りもヒートアップしていく。


「みんなだって、この日のために少なくない時間を、人生を注いできただろ!?

 それはこういうときに揺らいで演じられなくなる程度のモンだったのか!?

 毎日死ぬ気で稽古してたアイツに、そんくらいの情熱で向かってたのか!?」


 追悼を理由に舞台を降りて、あの日のオレらや蔡盛は報われるのか!?」


 その言葉に、座り込んでいた面々も、ひとり、またひとりと立ち上がる。

 もちろん怒ったのではない。


 薛吉は勢いよく振り返る。

 目線の先にいるのは座長。


「座長! やりましょう! やらせてください!

『海組』のみんなも、この日のために命削ってきたんだ!

 善吉役ならオレが埋めます!


 どうか!!」


 薛吉は地面と平行に頭を下げる。

 ここまでされたら。


「むむ……」

「お願いします!」


「お願いします!」

「お願いします!」


「蔡盛のために!」

「劇団の夢のために!」


 薛吉だけでなく、黙っていた団員たちまで声を上げる。


 だがそもそも、言われるまでもなく座長だってやりたいのだ。



「分かった。やろう。

 向こうから中止を打診されても、なんとかやらせてもらおう」


「「「「「おおおおおおおお!!」」」」」



 歓声がホールを揺らす。

 薛吉が拳を突き上げる。


「そうと決まったら、早速演習だ!

 最高の舞台にすっぞぉ!!」


 もしかしたら、読者のみなさまのなかには


『ドラマや漫画で散々見た』

『手垢まみれの、安っぽい展開だよね』

『ショック受けてたくせに、簡単に説得されるじゃん』


 と思われた方もいるかもしれない。


 だが、彼らは役者なのだ。

 ロマンチストな一面がある。


 みんな、もちろん蔡盛の死を心の底から悲しんでもいたが。



 欲しがってもいたのだ。

 こういう展開を。


 待っていたのだ

 誰かが熱い言葉でドラマにしてくれるのを。



 小鳥が飛燕を『ない』となじったろ(・)う(・)ま(・)ん(・)す(・)がここにある。

 茶番と言ってはいけない。


 かくして『海組』が立ち上がり、『空組』が舞台袖へ走るなか、



(『しめしめ』ってのは、こういうときに使う言葉なんだな。


 全てが予定どおりだ)



 ものの見事に、誰の反発も買わず御前公演の主役に収まった薛吉。

 先ほどの熱血も嘘ではないが。

 心の内では真逆のニヤニヤ笑いを浮かべていると、



「舞台袖ってこんなふうになっているんですねぇ。

 いやぁ、初めて見た」



 聞き馴染みのない声が聞こえてくる。


 毎日顔を突き合わせて稽古している仲だ。

 団員の声は全員知っている。


 だから他人の声は確実に分かる。



 が、それ以上に。


 薛吉が声のした方へ目を向けると、そこには



 長身の武官と妃嬪にしては幼い少女、


 明らかに異民族の格好をした男、いや、女。



 もちろん芝居の衣装ではない。

 遠目にも明らかに、劇団員ではない連中が紛れ込んでいる。


 そんな連中がキョロキョロしながら、舞台の方へ歩いてくる。


「あぁちょっとそこの人たち! 今から午後の部の演習やるから! どいてどいて!」


 薛吉が大声を張るも、遠くて聞こえていないのか。

 はたまた自分たちのこととは思っていないのか知らないが。

 連中は止まらずこちらへ歩いてくる。


「おーい、そこの帽子被ってる女子ふたりと武官さん!」


 もう一度呼び掛けると。

 背が高い方の女が、隣にいた劇団員へ話し掛ける。


 彼女は数回頷くと、


 薛吉へ手を振ってくる。

 止まる様子はない。


「あー、もう!」


 こうなっては仕方ない。

 彼の方から、小走りで相手の方へ向かう。


「あの! 今から本番の予行演習なんで! 悪いけど部外者の方は!」

「あなたが薛吉さんですね?」

「はぁ?」


 どうやら聞こえていなかったのではなく、聞こえたうえで無視していたらしい。

 それはそれで迷惑な話だが。


「なんですか。追っ掛け自体はいいけど、舞台の上まで来られたらねぇ」


 いわゆる厄介ファンか。

 うれしくなくもないが、節度というものはある。


 さっさと追い出そうとしたところで、


 ふと彼女の隣に立つメンバーに気付く。


 蔡盛の死体を発見してから、外へ人を呼びに行った劇団員だ。

 戻ってこないのは、


『宮中から捜査の人が派遣されてきたから、そのまま案内する』


 と聞いていた。


 つまり。


 薛吉の背中をひと筋の汗が伝うまえに。

 北方女の方から答え合わせがなされる。



「第一発見者の」










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