6.
その後、何食わぬ顔でタジは孜然羊肉弁当を、飛燕は牛肉河粉を食べていたが。
そう待つこともないまま、
「おお、いたいた。飛燕!」
「おう白」
「陛下からのお達しだ。
『後宮娼婦のタジとともに、現場を検分しに行け』
と」
「やっぱりね」
「後宮内じゃないんだから、オレである必要ないはずなんだけどな」
予想可能回避不能な命令が下った。
「私も着いてっていい?」
「帰って勉強しなって」
「拒否!」
「聞いた意味だろ」
「皇帝陛下の命により、現場の検分に来ました」
「……ありがとうございます。ようこそいらしてくださいました」
鳳翔殿の入り口。
さっきまで大声で『誰か』と言っていたくせに。
劇団員女性の返事は微妙な感じ。
おいしいけど歯にくっ付く菓子を食べているような。
ひとえに
「なんでしょう?」
「いえ」
謎の北方民族と幼女がいるせい。
彼女もまさか、一番それらしい武官が刑事ドラマで言う
『所轄の調べ』
くらいしかしないとは思わないだろう。
「こちらです」
だが贅沢言ったって鹿撃ち帽子にインバネスコートは現れない。
変臉師みたいな帽子に騎馬民族の衣装である。
せめて帽子が小鳥に取られずいつものであれば、統一感はあったろうが。
普段宮中にいる側が、初めて参内した側に案内される状況も重ねてシュール。
途中の廊下ですれ違う劇団員たちが、怪訝な顔で一行を見る。
「なんか、解決に来たってより犯人として連行されてく気分だな」
「卑屈になると余計にそう見えるよ」
「すいません。みんな悪意はないんです。ただ、動揺していて」
「無理もありません。お気になさらず。
それより先ほどの劇、拝見しました。いやぁ、素晴らしかった」
タジなりの間と空気を保たせる気遣いか。
世間話にシフトする。
「ありがとうございます」
しかし女性は青い顔でいっぱいいっぱい。
受け取る余裕はなさそうだった。
「寝てたじゃねぇかよ」
「静かに。あなたもお出になられてました?」
「いえ、私は午後の部に。さっきは裏方してました」
「そうですかそうですか」
「でもこの分だと、午後の部やれるのかな」
無理もない。
ただ人が死んでいるだけでも大問題なのに。
今、銀屏劇団の面々には、複数の予想だにしないプレッシャーが掛かっている。
しかし雑談は緊張を解かないまでも、時間を飛ばす効力はある。
「こちらです」
なんとか気まずい空気を最小限に留めたまま、現場へ到着する。
「厠か」
「私男子の厠に入るの初めて」
「はいはい、お嬢ちゃんには刺激が強いから外で待っていようね」
「何さ! 所詮厠でしょ!?」
「死体の話ね」
「むう~」
タジに止められ不服そうな小鳥だが、おとなしく入り口で止まる。
好奇心旺盛かつタジや飛燕にくっ付いていたいだけ。
別に死体そのものが見たいわけではない。
というわけで、3人だけで中へ入る。
男子トイレなのに3分の2が女性。
「うおっ」
入った瞬間、飛燕が声を上げる。
まだ死体は見えていない。
が、奥の衝立の陰から、すでに尋常でない量の血が床に広がっている。
「あちらに、死体が」
案内していた女性は足を止め、手で指す。
もう見たくないのだろう。
『勝手に行ってください』
といったところ。至極当然の心理ではある。
タジが表情だけで
『私だって嫌なんだけどな』
と訴えると、飛燕も
『オレだってそうだよ』
と肩をすくめる。
しかし嫌がっていても始まらない。
今回はまた、皇帝からの命令である。進めねばならない。
ふたりしておそるおそる、血溜まりへ近付いていくと、
「わぁ……」
「嫌だなぁ」
「割腹自殺、か」
「劇で観た感じだね」
タジの言うとおり。
実際に腹を切っているかはうつ伏せで分からないが。
姿勢は今朝、薛吉が舞台で演じたシーンと似た形。
ただ、演技ではなく実際にやり遂げたからか。
腕は力ない『気を付け』のように隣でだらりと伸びている。
その近くには小刀。
「蔡盛と申しまして、うちの劇団員です」
遠くから女性の説明が聞こえる。
あくまで近付いてはこない。
「午後の部の主演を張るはずでして。
午前の部の裏方を終えて、予行演習のため楽屋へ着替えに行ったんですが。
それから姿が見えなくなったんです。
それでみんなで探し回って。
団員のひとりがここを探したら、こうなっていました」
「なるほど」
タジは数度頷くと、しゃがみ込んで遺体を見る。
嫌がっている割に、やるとなれば徹底的に検分するようだ。
すると、
「おや」
「どうした」
何かに気付いたらしい。
飛燕も隣にしゃがむ。
「あそこ、何かあるな」
「どこだよ」
「懐」
「うつ伏せになってるからよく見えん」
「いや、血染めで真っ赤な中に、白いのが見えてる」
「どれどれ」
言われて飛燕も目を凝らすと、
確かに赤色でもなく、さりとて衣装の生成り色でもない白がある。
「よく見えたな」
「右目ならね」
「あー、暗いとこでもよく見えるんだっけか」
「それよりなんだろうね、あれ。取ってよ」
「げえっ!?」
「君の方が腕が長い」
「ちえーっ!」
飛燕は血溜まりを踏まないよう精一杯腕を伸ばす。
なんとか白い部分を親指と人差し指で摘むと、引っ張り出す。
「うえぇあ……」
血まみれで出てきたそれを、飛燕が揺らす。
少しでも血を落としたいのが人情というもの。
しかし、
「やめなよ。血が飛ぶ」
立ち上がり距離を取ったタジに睨まれ、動きを止める。
それはさておき、
「なんだこれ、
紙?」
飛燕の手にあるのは直方体で、液体が染み込む材質。
「懐紙かなんかか?」
彼の側からは何も書いていない、ただの紙でしかない。
「でも畳んで重ねてあるな。手紙かなんかか」
血で張り付いているが、どうやらお札見たいな形状ではないらしい。
飛燕がひとつひとつ理解し、推測する一方。
「これはあれだな。表に書いてある」
タジはもう答えを目にしているらしい。
「表」
飛燕が手首を返して逆側を自身へ向けると、
真っ赤に染まった紙面の中央。
同じような暗い色で少し迷うが、確実に違う黒で書かれた文字は、
「『遺書』」




