5.
「はぁ~あ、おもしろかった! 午後も見ようかな!」
『任侠映画を観たあとの客は、みんな肩をいからせながら映画館を出てくる』
なんていう話はあるが。
鳳翔殿を出た小鳥は、感動が体内を動き回っているかのようにクネクネしている。
体が柔らかい。
「一度観たヤツもっかい観て楽しいか?」
「お兄ってろうまんすが足りないよね。
しばらく見ねぇうちに擦り切れちまって。いつからそんなシケた男になった」
「外国語分かんねぇよ。誰目線なんだよ」
ロマンスだシケたは知らないが、確かに情緒はない発言はさておき。
「そもそも君らは勉強するために後宮にいるんでしょ。午後までサボっていいの」
「たまにはいーの!」
あのタジですら真面目なことを言い出す。
「最近は言うほどたまにかな?」
「私は顔採用だからアホでもいい」
「言っちゃったよ」
「分かった。君は賢い。悪い意味で」
しかし大人なんて何人いても、子どもの理論(理論言うほど筋通ってるか?)には勝てない。
相手はダンプカー。ペンや電卓では止められないのだ。
「次は15時だって! 待機しておこう」
「まだ3時間もあるぞ!? 昼メシも食ってねぇし」
「先頭で並んどかないと、いい席取れないでしょうが!」
「どうせいい席は陛下夫妻とお付きたちで埋まるよ」
「えぇ~!?」
とにかく小鳥はまだ帰りたくないようだ。
小憎たらしくても年齢相応というか、小憎たらしいのも年齢相応か。
飛燕は軽く息をつくと、妹の頭を撫でる。
「とりあえず、せっかくだから出店で昼飯食うか」
「いいのかい? 昼からは普通に仕事なんだろう?」
「どうにか許してもらうさ」
「はは」
「やったぁー!」
「おいおい、気を付けろよ」
早速走り出した小鳥を、大人ふたりはゆっくり追い掛ける。
出店と言ってもほとんどが弁当売り。
歌舞伎で幕の内を食べるようなもの。
縁日の屋台みたいな、走って見て回るほどのバラエティはない。
宮中なので不審者の心配もないし。
放っといたら戻ってくるだろうと踏んでの歩きである。
「何食べようかな」
「いろいろあるな。お、『当店名物糖醋排骨』だってさ」
「私あれ好きじゃないな」
「そうなの?」
「お菓子ならともかく、食事が甘酸っぱいって嫌じゃない?」
「馬乳酒飲むくせに。じゃあアレは? 腌鮮鱖魚の唐揚げ弁当」
「臭いからヤダ」
「オマエ何なら食えるんだよ」
「臭いのは腐ってるから食べたら危険に決まってるだろ」
「今度は遊牧民らしい考え、なのか?」
もう何を振っても無駄だと考えたのだろう。
飛燕は話題を変えることにした。
「そういや、このまえもまた、なんか解決したんだって? 笛の同好会がどうこう」
「あーあーあー。ま、事件ではないんだけどね」
そもそも何か話さなければならないということもないが。
タジもそう思ったのだろう。
「なんだい? ハブにされて寂しかったかい?」
わざわざ話題に出したことを、ニヤ付きながらからかってくる。
満面の笑みよりよっぽど似合う。
「いや、まったく。むしろ助かったくらいだ」
「なんだ、つれないね」
「あのなぁ。後宮への出向が続いたせいで大変だったんだぞ?
陛下がいちいち許可出すのメンドくさくなってきたみたいで、
『もうオマエ宦官になれ』
って」
「あっはっはっはっ!」
タジは手を叩いて大笑い。
珍しく本当にズレた帽子の位置をなおす。
それくらい笑っている。
「いいじゃないか! 下っ端の衛尉官より、よっぽど出世だろう?」
「嫌に決まってるだろ! アレだぞ!? アレ! ドカッと切り落とされるんだぞ!?」
「あるのがなくなるのって、どういう感覚なんだろうね。
私には決して経験できないことだからね。羨ましいよ」
「本気か!?」
「羨ましくないよ」
羨ましいわけないだろう! とツボに入ったらしいタジ。
何がそんなにおもしろいのか。
昼食はまだまだ先になりそうなところに、
「何? イチャイチャしてるん?」
弁当を買い終わった小鳥が戻ってくる。
「イチャイチャはしてねぇよ」
「ネチャネチャした下ネタを言ってきたんだよ」
「うわお兄グチャグチャになればいいのに」
「言ってねぇよ!」
「それより何買ってきたんだい?」
「腸粉。鮮蝦と牛肉」
「おい! 捜査官が冤罪作って放置するな!」
飛燕が必死に訴えるも、
「別に私本職じゃないし。むしろ宮中の治安維持は君の仕事じゃないか」
タジはこの調子。
飛燕もどうでもよくなってくる。
そもそも小鳥に誤解されたらなんだというのか。
「いいや、じゃ、あとは楽しんでくれ。オレは帰る」
「あーん、怒っちゃやーよぉ」
「怒ってないけど、仕事あるからな」
「怒られても残るんじゃなかったの」
「いや、そこまでせんでもオマエら楽しそうだし、いいかなって」
「奢ってもらおうと思ったのにな」
「たぶんこの場で一番収入低いのオレだぞ」
などと、ゴチャゴチャ話していると、
「誰かーっ!!」
賑やかな鳳翔殿前の広間に、女性の悲鳴が響き渡る。
「な、なんだ!?」
飛燕の声は呟きであって、女性に質問したわけではない。聞こえる距離でもない。
が、
「人がっ! 人が血まみれでっ! 倒れて!!」
即座に答え合わせがなされる。
飛び出してきた女性は、格好からして劇団員だろう。
「なんだって!?」
と叫んだのは飛燕ではない。
誰かが声を上げれば誰かに伝播する。
場がザワザワし始めるなか、
「仕事が」
「寝不足で」
立ち去ろうとするタジと飛燕のあいだに、いつの間にか小鳥が入っている。
彼女は黙って両者の腕に絡み付き、鎹となって逃がさない。
腸粉入りの箱は頭上、帽子の中にしまう器用さ。
ふたりは多少振り解こうとモゾモゾ動くが。
相手が小鳥では、手荒な抵抗はできない。
「誰かっ! 誰かお医者さまを! それと、こういった話はどちらへ持っていけば!?」
「……」
「……」
やがて、お互いの顔をじっと見つめると、
「君の言霊のせいで、本職じゃないことをやらされそうじゃないか、ええ?」
「そうは言うけどな。たぶんオレも巻き込まれるんだよ」
ため息ひとつ、ガックリうなだれた。




