↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/97

4.

「お疲れさま!」

「いや~、お疲れ!」


 舞台袖。

 引き上げてきた『空組』の役者たちが、互いの健闘を称え合う。


 あれだけ午前の部はなんだオレたち私たちは2軍だと騒いでいた彼らだが。

 この瞬間だけは全てを忘れて、ただひたすら達成感に満たされている。


 それが、


「すごかったぞ! みんな!」

「私、感動したわ!」

「あの拍手聞いたか!?」


 どうしても、『海組』と顔を合わせた瞬間に覚めてしまう。


「おう」

「お疲れ」

「午後の部がんばってね」


 彼らが悪いわけではない。

 むしろ『空組』の態度がお(・)と(・)な(・)げ(・)な(・)い(・)と言えるだろう。


 だが『海組』からそれを咎めることはない。

 彼らとて、文字どおり人生を舞台に捧げている者たち。


『自分たちだって同じ立ち場になったら、受け入れられない。一生』


 気持ちが分かるからである。


 一流の役者ゆえ共感力が高いのか。

 あるいは


『ここであっさり悔しさを忘れられるようなら、役者として死んでいる』


 という方が常識なのか。


 とにかく『海組』の面々は、上手な返しを持っていなかった。


 だからこそ、こういうときにできるのは


「お疲れ、薛吉」

「蔡盛」

「どう? やっぱり滑る?」


 事務的な会話に終始することである。


 本来優しい労(ねぎら)いや同情すら相手を刺すのなら。

 一切の感情を向けなければいいのだ。


「あぁ、正直とんでもなく滑るな。

 オマエも軽く試して分かってるだろうが、床材が磨かれている。


 殺陣(たて)なんかは転ぶ場面のまえにや(・)ら(・)れ(・)ち(・)ま(・)う(・)かと思ったぞ。

 あと庭で前進後退の素振りをする場面も、練習より歩幅は小さくした方がいい」

「そうか、ありがとう」


 となると、相手もやはり役者なのだ。


 知識知見を披露する欲、とでも言おうか。

 いわゆるゴルフの教え魔おじさん的な。

 とにかく感情を忘れて、スラスラ語ってくれるものである。


「じゃあ準備してくる。演じきってお疲れだろうけど、午後もよろしく頼むよ」

「おう」


 完璧なコミュニケーション。

 蔡盛は必要な話のみを完了し、さっさと楽屋へ向かっていった。


「……あぁ。



 午後もオレに任せてくれよな」



 薛吉が冷静だったのは、他に要因があるとも知らずに。











 楽屋へ戻っても両組に会話はない。

 男女でしか楽屋が分かれていないので、裏方の小道具も積まれた室内。

 雑然とした空間は落ち着かない気分そのもののよう。


 まずは着替えて昼食、というところだが。


「ちょっと外で食べてくるわ」

「オレも」

「じゃあオレも」

「せっかくの宮中だし、外の景色見ないとな」


『空組』の面々は着替えもせず、白々しい言葉とともに弁当を引っつかむ。


「あ、あぁ」


『海組』としては、先ほどの薛吉と蔡盛のように意見交換をしてほしい。

 それを見越した『空組』からの対話拒否である。


 しかし『海組』から指摘してもイチャモンにしかならない。

 彼らには、


「衣装、汚すなよ」


 それくらいしか言えることはない。


 本来銀屏劇団は仲がいいチームだった。

 しかし、下手をすればもう長くないかもしれない。

 劇団の未来を拓くはずだった御前公演が、こんなことになるとは。


(これはよくないな)


 いくら『空組』贔屓の薛吉とて、これは看過できない。



(だったら、みんながひとつになれる、事件やドラマが必要だよな?)



 彼も弁当を手に取ると、楽屋を出ていく『空組』の波に続いた。



 しかし、彼が向かったのはピクニックにご機嫌な芝生だとかではなく、











 楽屋から一番近い厠(トイレ)。


 掃除用具を入れる物置部屋に、薛吉は身を潜めている。

 しかも裸。

 衣装は脱いで、近くにあった籠へ押し込んでいる。


 この人に見られたらマズい状態で、昼食も摂らず、かれこれ10分以上はこうしている。


 なぜかというと。



 遠くからカラコロと下駄の歩く音がする。



「来た」



 薛吉の体に力が入る。


 現れたのは、


「ふー、この袴ってのは、用を足しやすいんだか足しにくいんだか」


 衣装に着替えた蔡盛である。


 これからリハーサルなのだ。

 薛吉には分かる、というか誰だってそうだとは思うが。


 長丁場が控えているのなら、トイレは先に済ませておくに決まっている。


 なら着替えるまえに行った方がいいとも思えるが。


『早くリハーサルしたいんですけど』

『あぁごめん、まだ着替えてないっス』


 は怒られるので、先に済ませがち。

 特に今回は『空組』がカリカリしているのだから。


 それはさておき。


 下駄の音が止む。

 蔡盛が上履きに履き替え、入ってきたようだ。


 薛吉は履き替えていない。

 もし蔡盛とは別の人間が先に来たとき、入り口に下駄があるのを見られたら。

 彼がいたことがバレて、命取りになるかもしれないからだ。


 履き替えて下駄は隠すのも考えたが。

 来るのが劇団員だけとは限らない。


 宮中の人間に


『上履きがひと組足りないぞ?』


 と思われたくもない。

 警戒しすぎか。



 それはさておき。


 蔡盛が奥へ行ってから、薛吉は入れ違いに外へ。

 建物の戸のドアノブに


『清掃中』


 の札を掛けておく。

 これでもう誰も入ってくることはない。


「ふいーっ」


 薛吉が戻ってくると、蔡盛は用を足し終わったところのようだ。


「蔡盛」


 声を掛けると振り返る。


「お、なんだ、薛吉か。


 え!? その格好、どうし」


 何を引っ掛けられる心配もない。

 あとはもう実行するだけ。


「かっ……」


 薛吉はいつの間にか手に握っていたナイフを



 蔡盛の喉に突き立てる。



 それから少し待って、動かなくなった蔡盛を一番奥。

 複数ある大便器を個室化するための、衝立(ついたて)の陰に押し込んだ。


 次に衣装の前を開くと、


「ほら、切腹は名誉ある死に方だぞ」


 首のナイフを抜き、腹に突き立て、真一文字に切り裂く。

 その後ナイフは抜いて、その辺に落としておく。

 

 最後に懐へ畳んだ紙を忍ばせると、切腹の作法どおり正座でうつ伏せにさせる。


「こんなとこか」


 ひととおり作業を終えた薛吉は、桶の水で体を洗う。

 すぐ近くの手洗い用の井戸で、あらかじめ汲んでおいたものだ。


 それから服を着る。

 多少湿るのは公演による汗で言い訳が効くだろう。


 彼は立ち去るまえに、もう一度蔡盛を見下ろす。


「ま、そういうことだから。あとはオレに任せてくれよな」


 返事はない。

 あったところで拒否されるだけだろうから、聞く耳は持たない。


 薛吉は今度こそ現場を立ち去ろうとして、



「……」



 桶に残った水を床に撒く。

 それから自身の下駄を脱ぎ、蔡盛が履いている厠用の上履きと入れ替える。


 そして厠を出ようとして、



『えー!? 清掃中!?』

『マジかよー!』



「!」


 札を出しておいてよかった。紙一重で目撃者と鉢合わせるのを回避し、


「……いなくなったな」


 声が立ち去ったのを確認すると、


「今度こそ、あばよ」


 上履きを蔡盛が履いてきた下駄に履き替え、小走りで場をあとにした。










お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。