3.
『寒い……このまま自分は凍えて死ぬんだろうか……飢えて死ぬのとどっちが楽だろう……』
『む』
『いかがされました、殿』
『あそこにいる童は、なぜ斯様に雪積もりたる日にも裸足でいるのか』
『おそらくは唐突に身寄りをなくし、草鞋を見繕う術もないのでしょう』
『ふむ』
『殿! どちらへ行かれまする!』
『童よ』
『と、殿さま……』
『行く宛てもないか』
『はい……』
『忠義を尽くすと誓うか』
『はい?』
『よく学び、よく鍛え、余のために力を尽くすと誓うか』
『殿!』
『爺、静かにせい。誓うか』
『はい!』
『よかろう。では城まで着いてまいれたなら、余の臣下に加えてやる』
『はい!』
『しかしこの雪に裸足ではな。できるものもできまい。
この下駄をくれてやろう。
童の足には大きかろうが、雪は凌げる』
『殿!』
『よい。余はこのように、馬に乗っている。雪には触れぬ。
むしろ鐙を踏みづらかったところよ。
それとも爺。余は下駄の一足を惜しまねばならぬ身か』
『いえ、滅相も』
『では問答無用! 話しているうちに、みな凍えてしまうわ! 帰るぞ!』
(お殿さま、このご恩は一生忘れません──)
『殿! お呼びでございまするか!』
『うむ、善吉。おぬし、今年で幾つになる』
『雪の日にお拾いいただいてより5年、15になりましてございます』
『そうかそうか。む、
まだその下駄を履いておるのか』
『殿よりいただきました、御恩の下駄にござりますれば』
『5年も履けば、鼻緒は切れるし歯も擦り減って、ただの板であろう。新しいものに換えよ』
『ようやく足の大きさも追い付いてまいりましたのに』
『斯様な足元で余のために尽くせるか。新しいのをくれてやる』
『誠にござりまするか!?
それで、いかなる御用でございましょう!
下駄をいただくのです、なんなりとお申し付けください!』
『また下駄にするのか。草鞋の方が動きやすかろう』
『下駄がようございます』
『ふむ、まぁよい。
オマエも大きくなった。
立派に育ち、教養を身に付け、剣術の腕も家中随一である。
よって近々、おぬしをサムライに取り立てようと思う。
以降は「倉田勘解由」と名乗るがよい』
『なんと!? もったいなきことでございまする! なんと畏れ多い!』
『なるのか、ならんのか』
『ははーっ! 倉田勘解由、より一層の粉骨砕身、殿の御前にて死にまする!』
『気が早い。まだ善吉であるぞ』
『ははーっ!』
『なに? 家老の西島が、余の廃立を画策しておる、と?』
『ははっ』
『おのれ西島、一度は賄賂の罪を許してやったものを……!』
『ゆえにでございましょう。より安全に、専横するためにと』
『許せぬ! この手で西島を裁いてくれる!』
『なりませぬ!』
『善吉、いたのか』
『廊下にて聞き耳を立てておりました。お許しください』
『それはよい。
しかし、余が悪臣を罰するに、なんの不都合があろうか』
『はい。このごろは公方方が力を集めようと、守護家の取り潰しに躍起でございます。
もし家中に乱あれば、絶好の口実とされるでしょう』
『むむ、しかし放っておいてはどのみち』
『殿。
倉田勘解由の名をいただき、サムライに取り立てていただきます儀。
固辞させていただきます』
『まさか!?』
『はい。
ただの百姓であれば、
家中の争いでなければよいのです』
『何ヤツ! お、おぬしは!』
『奸臣西島美作! 覚悟!!』
『ぐああぁ!!』
『はぁ、はぁ、はぁ』
『逃げたぞ! 追えーっ!』
『こう暗くては何も見えん! 灯を持ってこい!』
『いや、待て! 向こうから下駄の足音がする! 誰かいるぞ!』
『下駄なら速く走れんはずだ!』
『くそっ!』
『いたぞーっ!』
『こうなったら、やるしか……!』
『敵ながら忠告させてもらうがな。下駄は脱いだ方がいいぞ』
『そうはいかん。気持ちだけ受け取っておこう』
『後悔するなよ! 掛かれっ!』
『ゼェ、ゼェ……ハァ、ハッ……!』
『信じられん。下駄履きでひとり、よきサムライを次々と』
『古今無双の剣豪であるぞ』
『だがさすがに人の子よ! 疲弊しておる!
今ぞっ、仕留めよ!!』
『おおおおお!』
『来いっ! たああぁぁ!!
うっ!
しまった!』
『下駄で足元を崩しおったぞ!』
『生け捕りだ! 生け捕りにせい!』
『殿の元へ連れて行き、手引きせし者を吐かせるのだ!』
『くそっ!
くそおおおおお!!』
『善……』
『お殿さま。このような地下牢にまで。いけませぬぞ』
『よいか、余が必ず……!』
『お殿さま。
私はしがない百姓でございます。
お斬りくださいませ』
『なにっ!』
『切り捨てて、お家になんの損失もございません。
むしろ家老を斬りし者を処断できぬとあっては、それもまた危機にございましょう。
この首ひとつで丸く収まるのです。
こんなによろしいことはありません』
『善……』
『お殿さま』
『……あい分かった。明日、正式に沙汰する』
『そなたは一世の烈士である。特別に、何か言い置くことはあるか』
『さすればただ、例え骸は野辺に投げ棄てられ、朽ちようとも。
この下駄だけは、分かたず墓標に添えていただけますよう。
さる方よりいただいた、大切なものなのです』
『……健気なことである。その方は切腹とする』
『! それは!』
『つべこべ言うでない。
その方もサムライであるなら、自ら処すべし』
『あ……、ありがたき、幸せ……!』
『畳へ上がられよ』
『ははっ』
『待てぃ。下駄は脱いで……』
『死にゆく身なれど後生でござる。履いたままにて』
『……あい分かった』
(殿……。
殿のおかげで、善吉はサムライとして死ねまする……)
『殿、完成いたしましてございまする』
『うむ』
『しかし、本当によろしいのですか?』
『何がだ』
『家老を斬りし不届きな百姓に、わざわざ墓を建ててやるなど』
『構わん。供養塔は誰にでも必要ぞ。祟られては敵わんゆえな』
『御意』
『そうだそうだ。底面に文字は入れたか』
『はっ。仰せのとおりに。立てるまえにご覧になられますか?』
『うむ』
『こちらに』
『よし、しっかと刻んであるな』
『しかし殿』
『なんだ』
『この
「倉田勘解由」
とは?
人の名と思われまするが、何者で?』
『勘解由はな。
かつてこの国に忠義を尽くし、救った男の名なのだ。
これを刻んでおけば、祟ることもあるまいて。
必ず、勘解由が我らを守ってくれよう──』
というのが、今回の公演のダイジェストなのだが。
「うるうるうるうる……!」
「どのみち死ぬのに、切腹の何がありがたいんだ?」
「静かに」
「あぁ、劇の最中だもんな。すまん」
「私が寝れない」
「おい」
「ふたりとも私の感動を邪魔しないでよー!」
劇がクライマックス、主人公が主家のために切腹を申し付けられるシーンのころ。
このありさま。
感極まっているのは小鳥だけ。
誤解がないよう言っておくが。
いくら2軍であろうと、そもそもが宮中での公演にお声が掛かる劇団。
相手が粗探しして観る批評家でもなければ、じゅうぶん楽しめるクオリティである。
小鳥以外がこの態度なのは、
単に飛燕に異国の物語の文脈を理解する学がなかったり、
単にタジが寝不足でところどころ意識と話が飛んでいるせいである。
決して演者が悪いのではない。




