14.
「そ、そうなの、ね」
表情が強張る徐妃を無視して、タジは自慢げに説明を続ける。
「味や匂い、色合いなんかの情報を総合した結果。
振る舞われたのは普通のお酒ではない、と判断いたしました」
「へ、へぇ」
「『薬膳酒のようだった』
という意見も多かったので、材料を薬に絞って再現を目指したところ。
できあがったのがこれです」
なみなみ注がれた酒の水面に、徐妃の顔が映る。
その上を細かい粉や、裁断された植物の細長い繊維が浮いている。
それを注視していると、土や香辛料が混ざったような独特の匂いもしてくる。
間違いない。
「麻黄湯、間違いありませんか?」
「……そうね、さすがだわ。私がやったものより、ちょっと入れすぎな感じはするけれど」
「そこはご愛嬌ということで」
当てられてしまったものはしょうがない。
これだけではまだ、自分が悪意を持って鄭妃を陥れようとしたとは決まらないはず。
徐妃は音を立てない深呼吸で、そっと心を落ち着けに掛かる。
「お飲みにならないんですか?」
そこにタジが追撃を仕掛けてくる。
本来ならなんでもない、至極当然の問い掛けだが。
今の徐妃には急所が多い。
なんでも至近弾、致命傷。
「飲むわよ? ただ、『よく分かったなぁ』っていうのが衝撃で」
「なるほど」
「だって、味や匂いで生薬ってところまではたどり着いたとしてもねぇ。
そこから麻黄湯まで特定できるのは、
『何? 普段から薬を味わって飲んでるの?』
みたいな」
「確かにそれは奇特な人だ」
除妃は言葉の量でなんとか制圧を試みる。
饒舌になった時点で怪しい気もするが。
「そもそもなんで、酒に麻黄湯なんか入れたんです?」
「えっ」
そこにまさかの、郭妃からの不意打ちが入る。
これも会話の中で抱く、ごく自然な疑問ではあるだろう。
しかし、
(コイツ、やっぱりタジの……!?)
今回も捜査協力をしているのではないか。
そんな疑念が除妃の中で渦巻く。
重ねて今の彼女は全身火薬庫なのだ。
「それは」
「別においしいものでもないですし。
みんな師匠の百ヶ日なら、普通のお酒飲みたかったんじゃ?」
「の、飲みすぎ対策よ!」
すると郭妃はタジの方を見る。
タジは目を合わせて、露骨に肩をすくめる。
「飲みすぎ対策、ってもねぇ」
「確か宴会の縛りでは、飲む量自分で決められない感じでしたよね?
マズくしたところで、別に自制に繋がるわけでは。
まぁ罰杯としての意味はあるかもしれませんが」
「でも上手に吹いた人も飲まされるんでしょ?」
これはマズい。非常にマズい。
2対1で総攻撃されている。
(こうなったら予定どおり、『不愉快になった』って飛び出そうかしら)
頭では分かっている徐妃だが、なかなかカードを切れない。
相手が侮辱にまではならないギリギリの『疑問』で話を進めている。
早まっては
『私はやましいことがあります』
と自白するようなものである。
ここは、
「そうじゃなくて! 体にいいでしょ? だから」
「別に麻黄湯、飲みすぎに効かないっスよ」
「え、そうなの?」
「むしろ、薬だとなんでもそうですが、麻黄湯は特に。飲みすぎるとかえって危険です」
「そ、そうなのね。知らなかったわ」
たとえ郭妃や、特にタジに半笑いをされて屈辱的であろうと。
無知なフリをして乗り切るしかない。
実際、徐妃が
『麻黄湯をよく知らなかった』
と言い張れれば、確認する方法はない。
つまり
『危険性を認識していた』
『鄭妃を狙って故意に過剰投与した』
という事実が確定しなければセーフなのだ。
もちろん事故でも責任は問われるだろう。
それでも失うものは大きく違う。
「じゃ、じゃあこのお酒も危険なんじゃ?」
それはそれとして、会話の流れを変える努力も怠らない。
「それは大丈夫です。危険な量は入っていません」
「そ、そう」
また、さりげなく
「よかった。じゃあ演奏会で出したお酒はこれより薄いから、もっと安全よね。
今の話を聞いて、
『もしかしてマズいことしてた!?』
と思って」
今後予想される展開にも先回りしておく。
「ご安心ください。そういうことも、飲んで流しましょう」
タジが優しく微笑む。
(あまり飲まずに引っ張っても変に思われるわね)
徐妃は盃に口を付け、なんなら豪快に口の中へ含む。
「んっ」
正直生薬の風味でやたらとマズいが仕方ない。そういう会なのだから。
「おー」
「素晴らしい飲みっぷりです」
(こんなことで空気がよくなるなら、いくらでもやってやるわよ!)
よい子は真似しない。
「ぷはっ、次は」
徐妃が盃を突き出すと、郭妃が目配せをする。
「今日は徐妃さまとタジの仲直りなんだから、タジが先に行きな」
「いいんですか?」
身分の序列で言えば当然、先になるのは郭妃の方。
しかし妃嬪と後娼が回し飲みをするのだ。
その時点でもう無礼講なのだろう。
「では、遠慮なく」
タジが盃を受け取り、一度高く掲げる。
そのまま口を付けようとして、
「あ、タジ」
それをじっと見ていた郭妃が、不意に口を挟む。
「口紅変えた?」
今そこ? と思った徐妃だが。
「はい」
タジも飲むのを取りやめ、会話に乗ってしまう。
なるほど、若干暗めの真紅が彼女の唇を覆っている。
後娼は男の代わりをする仕事。
全員が全員マニッシュに振るわけでもないが。
あまりにフェミニンなファッションや言動は、選ばないのが不文律である。
タジの普段作る口調や雰囲気もそう。
北方民の衣装を着ているのだって。
小鳥には
『異文化フェチ狙い』
みたいなことを言ったが。
騎馬民族のパンツスタイルのボトムスが、朝夏では武官の装いだから。
なので、真っ赤な口紅を選ぶのは珍しいと言える。
(あれ?)
徐妃はここで引っ掛かりを覚えた。
さっき述べた、口紅が赤いことではない。
というか、引っ掛かり以上に
デジャヴ。
それも二重の。
ひとつは、この感覚自体がついさっきもあった気がすること。
ではふたつ目、その感覚とは、
(あの口紅、知ってる。見覚えがある──)
そう、
麻黄湯入りの酒を見たときと同じ感覚。
(まさか!?)
徐妃がひとつの結論にたどり着くと同時、
「これですね」
タジが答え合わせを始める。
「鄭妃とお揃いのものを用意してもらったんです」




