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タジ 〜後宮娼婦の事件簿〜  作者: 辺理可付加
死人なら口なし
44/93

12.

「ダメだ。


『ここ最近は徐妃に薬を処方してない』


 だって」


 翌日の昼前。

 小鳥はタジの部屋で、カーペットに直接女子座りをしている。


「以前から処方されたものを溜め込んでいたとしたら。

 計画性の割に切っ掛けは


『師匠が死んだら』


 なのが投機的すぎる」


 タジは座卓で、器にお湯を注ぐ。

 小鳥のために生姜湯を作っているのだ。

 後宮の少女たちは、いろんな人から甘いものを貰うので飽きやすい。


「おそらく出入りの商人から買い込んだんだろう。

 彼らは顧客の信用第一だから口が硬い。

 秘密の多い妃嬪相手には特に」


「厨(くりや)で作ってこないの?」

「宿舎の共用で飲食物作ってると、面倒なのにた(・)か(・)ら(・)れ(・)る(・)よ」

「そうなんだ」


 話が逸れているうちに、生姜湯が手渡される。


「にしても、よく御典医が個人情報を話してくれたね」

「私のお(・)ね(・)だ(・)り(・)が効かない人なんていないんだよ?」

「ボケより先に色ボケが来たか。クビにしないとな」

「ウソウソ。


『今度贈り物をしたいんだけど、併用禁忌がある薬を処方してますか』


 ってところから聞き出したの」

「妃嬪より詐欺師になった方がいいよ」


 小鳥の多彩な、悪ガキという面では一貫した気もする才能はさておき。


「それで、どうしようか」


 小鳥の無念そうな呟きに、タジは肩が凝った人のような首の動きをする。

 今は帽子を被っていないので、ズレる心配もない。

 そもそもあまりズレない。


 そのせいということもないだろうが、


「もちろん得はしないけど、特別困りもしないかな」


 タジの反応は淡白だった。

 自分用には生姜を入れず、白湯で器を満たす。


「なんで?」

「酒に薬が入っていたことだけ判明しても、『毒』じゃなくて『薬』だ。

 鄭妃が勘違いしたみたいに


『薬膳酒を振る舞った』


 と言えばそれまで。

 彼女とは飲む量が違ったとはいえ、他の参加者も口にしたわけだしね。


 おそらく酒宴で振る舞われた実物が手に入ったとしても。

 酒だけで摘発できるような仕様にはなっていないと思うよ」


「なぁんだ」


 小鳥は体育座りで尻だけ地面に触れて、セルフ揺り籠になる。


「だから重要なのは演奏会まえに、鄭妃があらかじめ飲まされていた薬なんだ。

 この事実が確定すれば、


『昼夜(ひるよる)とやたらに薬を飲ませている。過剰摂取させる狙いがあった』


 と


『鄭妃個人を狙って薬を盛った』


 ことが一気に証明される」


「うん」


 小鳥の相槌は、理解しているというより


『タジがそう言っているからそうなんだろう』


 という反射に近い。


 だからか、タジの方はタジの方で、


「でもな、演奏会の酒に薬を盛れるのは徐妃周辺しかいない。

 演奏会まえの鄭妃に薬を盛れるのは鄭妃周辺しかいない。


 矛盾……グルか? グルグル……魔法陣……」


 説明というより独り言になっている。薬屋ではない。


「鄭妃が演奏会まえに誰かと会ってお茶してたとかは?」

「ない、らしい」

「それこそ徐妃と打ち合わせとか」

「それは前日の夜に済ませたらしい。当日の食事や茶に盛るのは難しい」

「だったら打ち合わせのときに」

「ひと晩寝たら、併用禁もデトックスする(抜ける)。


 だから朝一番の摂取とかだと演奏会まで薬が保たない。

 摂取する時間を調整できないといけないんだ。


 そういう意味でも、徐妃には難しい」


 タジが白湯片手に窓辺をウロウロしていると、



「おおっ、なんや生姜の匂いがするなぁ」



 窓の外から声がする。


 ちょうど外の庭を、人が歩いていたようだ。


「残念、コイツはただの白湯だ」


 タジが椀を掲げると、声の主である女は窓枠に両肘を乗せる。

 まるでバーカウンター。


「ほな奥の子ぉが飲んどんのが生姜湯やな?」

「面倒なのに見つかったな」

「で、あの子なんなん。新入り?」


 言うや否や女は窓枠を乗り越え、部屋の中に入ってくる。


「おい、やめろ」

「へぇ~、こない小さい子ぉも入れるようなったんや。

 特殊な需要向けかいな」


 口振りや妃嬪ほど上等ではない服からして、彼女も後宮娼婦なのだろう。

 小鳥に近付き顔をジロジロ、品定めする。


「ほーん、ま、カワイー顔はしとるけど。

 化粧がアカンわ。もうちょっとし(・)っ(・)か(・)り(・)しぃ」


 懐からコンパクトを取り出し、勝手にコテコテと塗り始める。


「やめろやめろ。その子は新入りじゃない」

「あ、そうなん?」

「君は『少女』と後娼の見分けも付かないのか。鏡見なよ」

「だって会うことないやん。

 え? ちょい待って? タジのお客さん?」

「んなわけないだろ。友人だよ」


 飛燕なんかは小鳥の後娼との交流にうるさかったが。

 タジ自身も案外、似た考えらしい。

 女を羽交締めにして小鳥から引き離す。


「なんやの。まだ化粧途中やで」

「いらないんだよ。触るな」

「嫌やわ、恋人みたいに大事ぃに守って」

「子どもは守るだろ。それよりお偉いさんの前だ。訛りを直せ」

「『少女』は妃嬪ちゃうやん」


 やはりタジは騎馬民族出身。しかも長身。パワーが違う。

 女を軽く浮かせて、窓の方へ運んでいく。


「ああん! せめて生姜湯飲ましてぇな!」


 女の方は脚をバタ付かせて喚く。


「好きなの? 生姜湯」


 小鳥が椀を持ち上げると、女はニヤリと笑う。


「後娼はみんな仕事柄、生姜さんとは仲良しやで? 喉を消毒してくれるさかい」

「喉が痛くなるの?」

「小鳥は知らなくていいよ」

「ぎゃっ!」


 タジは女を窓の外へ放り出す。

 さすがに窓枠の高さまで持ち上げて下ろすまではできない。

 悪質な引越し業者でもしない投げっ放(ぱな)し。


 流れるように窓を閉める。

 暑くても奇人の隠滅が優先される。


「ああいう人もいるんだね」

「むしろ常識の外れ値(ち)みたいな人間が多いから。私だけ見て判断しないように。

 ここに来るのも、もっと気を付けた方がいい」

「すっごい訛ってた」

「仲間内では訛りを隠さない人も多い」

「ふーん」


 小鳥は生姜湯をひと口。


「逆に普段は隠すんだ」

「出身がバレるからね」


 タジはわずかに窓を開け、外を確認する。

 先ほどの女は立ち去ったようだ。


「田舎や寒村出身者だと分かると、


『そんなヤツが触るな』

『オマエ売られてきた娘だな。実家への仕送り分払うから、危険な性癖に付き合え』


 とかいう人もいて不利になるし」

「大変なんだね。

 タジさんは出身丸出しだけど」

「私は異国趣味相手の隙間産業だから」

「じゃあ私が後娼になったら、同じ隙間産業だ」


 小鳥が笑えないジョークを無邪気にかます。


「化粧のせいで気分まで後娼になったのか? 落としてやる」


 タジは窓を開けると、タンスから布を取り出す。

 小鳥の顔を拭くべく近付くと、


「あぁ、ここをごらん」


 先に生姜湯の椀を指差す。


「なに?」

「淑女の嗜みは教えておこう。

 口紅を塗るとね。食器に口を付けたとき、こうして唇の跡が残る」

「あらホント!」


 タジはお椀の内と外を、親指と人差し指で挟む。


「こういうのは見苦しいので、指でさりげなく拭(ぬぐ)っておくのが作法……」


 と、


 ここまで饒舌に語っていたのが、急に止まる。


「タジさん?」

「そうか、その手があったか」

「タジさーん?」


 タジはし(・)ゃ(・)が(・)み(・)から立ち上がる。

 中途半端に拭ってやめたので、小鳥の顔がメタル系バンドか悪役レスラーになっている。



「だとしたら、あそこになら」



 タジはタオルを小鳥へ投げ渡す。

 悪役レスラーのギブアップではない。


「ちょっと自分で拭いといてくれるかな。

 今から鄭妃のところに行ってくる。確認したいことがあるんだ」


 そのまま部屋を出ようとするタジを、


「待って!」


 小鳥が顔を拭きながら呼び止める。


「何? 一緒に行く?」

「それもだけど、私も確認したいことがあるの」


 タジが首を捻って『どうぞ』と示すと、小鳥は相手の目を真っ直ぐ見つめる。


「タジさんも……



 訛ってたりするの?」

「どうでもい(・)っ(・)し(・)ょ(・)や(・)」










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